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「フィリップ、お茶」

「はいはい。シルフィー様もどうぞ」

「ありがとうございます」


 あれからピソタリア王国での友人第1号と第2号に名乗りを上げてくれた彼らとは一日の大半を共に過ごすようになった。


 本来ならば違うクラスだったのをフィリップ様曰く、王族権限とやらを使って無理矢理ねじ込んだらしい。

 冗談だろうと聞き流していたものの、後から「成績上位者権限よ!」とツィッタ様が訂正したところから察するにどちらにしても無理矢理クラス替えを受け入れさせたことには変わりはないようだった。

 

 あれからすぐに明かされた、ツィッタ様がピソタリア王国第2姫であるという事実は数日が経った今ではさほど気にならないほどに私の中に浸透していた。


 ピソタリア王族といえば新緑の髪色に木を彷彿とさせるような茶の瞳が特徴的である。そんな中で異質と思えるツィッタ様はどうやら元々は緑の髪だったらしい。というよりも今も地毛は変わらずに緑なのだそう。


 ではなぜそこからかけ離れたピンク色の髪をしているのかというと、私からしたら呆れてしまうような理由だった。

 

 

 数日ほど前、なぜ他のピソタリア王族と髪の色が違うのかと問うてみるとツィッタ様は良くぞ聞いてくれたとばかりに体積の大きな胸を誇張するように張り上げて、その胸に手を置いた。


  「やっと聞いてくれたわね。この髪こそ私の研究結果よ! シルフィー様、稀代の天才と言われたあなたでも発明できなかったこの技術を「できなかったじゃなくてしなかった、ですよ。シルフィー様とお嬢じゃ同じ植物科でも研究内容は全然違うんだから」

「ふ、ふん。いいのよ。私の研究なんだから!」

「で、その研究とは……」

「髪を染める薬品の作成に成功したの!」

「染める? 髪を……ですか?」


 植物などから摂りだした色素を使い、衣服などに用いる糸を染めるのは一般的であるが、髪を染めるなどという話は耳にしたことがない。

 長らく研究というものを続けていて、研究と聞いて心が踊らないはずがない。

 もう桃色の髪とかは半分ほどどうでもよくて、私の意識の大半はツィッタ様の研究へと釘付けだ。

 身体を前のめりにしながら、これから明かされることに興味津々となった私に気を良くしたのか、ツイッタ様は研究の成果でもある髪を揺らす。


「あなたがこの国に留学してくるってお父様から聞いたの。だから私はこの髪にしたのよ!」

「え?」

 

「植物の染色繊維を取り出して物を染色する、という技術を応用して洗髪材を作ったのよ! 血筋に応じて決まるこの世界で自由に髪色が変えられる。そんな研究よ! どう? すごいでしょう」

 すごいなんてものじゃない。

 この技術があれば今までのヒロインさん達の髪色の変化についての見解が大きく変わることとなる。

 

「きっかけがシルフィー嬢と同じ髪色になりたいとかいうふざけた理由じゃなければ……ですけどね」

「私と……同じ?」

「……ええ、そうよ。悪い? 私を含め、この国の者だったら誰もがあなたを知っているわ。このピソタリアでもあなたの実績を耳にするんですもの。実際にあなたの留学してきた日、あなたを見にたくさんの人が駆け付けたでしょう? あなたは隣国に居ながらも国内指折りの研究者と並ぶほどの有名人よ! そんなあなたに研究者なら誰だって憧れないはずないじゃない……」

「……そんな」

「それでお嬢はその誰にも染まらない、闇夜を連想させるような髪に染めたくて研究してたらその色以外は全部完成しちゃったんですよね」

「……」

「それでも今では特許を取得して、王族や貴族の間じゃお忍びの必須アイテムですもんね」

「別に新緑の色が嫌いなんじゃないのよ? でもそれ以上にあなたに少しでも近づきたいの。…………本当は、あなたと同じ髪色を仕上げて驚かせたかったのだけど、闇夜に紛れるほどの漆黒は……作れなかったの」


 悔しそうに唇に歯を突き立てて震えるツイッタ様だが、すぐにバッと明るい顔をあげて詰め寄った。


「あなたはこういう髪の子に優しいんでしょ? 私、調べたんだから!」

「正確に言うと調べたのはお嬢に頼み込まれた俺ですけどね」

「黙りなさい」

「はいはい」

 そこでツィッタ様は私が積極的に話しにいくという少女たちの外見を真似てみたのであった。

 幸い黒以外であればどんな色にでも染められる染色技術を持っていたツィッタ様はその技術を使って擬態してみせたらしい。

 

「いや、別にそういうわけじゃ……」

 別に優しくしていたわけではない。

 ただ彼女達とは運命の相手候補と仮初めの婚約者として関わらざるを得なかっただけで。

 

  「なのに、何? 王子と仲良くしてください? 私はあなたと仲良くしたいのよ! わかる? 王子となんて仲良くしてる暇なんてないの!」

「ツィッタ様……」


 どうやら彼女は私が数日前にポロっと口からこぼした『王子と仲良くしてくれれば』という淡い期待に心を痛めてしまったらしい。

 そんな彼女はことごとく王子をおまけとして扱うところからして、王子の運命の相手候補から外してしまってもいいのかもしれないとさえ思ってしまう。


 ……だがこの国に来てから始めて出来た友人がここまで歓迎してくれているらしいことに心がじんわりと温まるのを感じる。


 この国で友人なんて半ば諦めていたからだ。


「あなたの頼みなら仕方なく王子と仲良くしてやってもいいわ。その代わりあなたは今まで以上に私と仲良くするのよ! 休み時間にはサロンで一緒にお茶飲むのよ」


 ――とこんな出来事があった私達は今、お茶会としけこんでいる。

 

 

 そしてお茶会をしていると多くの人から挨拶程度ではあるが話しかけてもらえるようになった。

 その度にツィッタ様は誇らしげに笑うのだ。


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