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 結論から言おう。

 この1カ月で出来た友達はゼロである。むしろ知り合いと言える人物すら居ない。

 関わる機会がそこそこあったはずのクラスメイトとは一言二言、業務連絡のような話をして終わりである。

 言い訳をするならば、私が遅刻したのは例の一コマだけであり、その他の授業は目立つことなく過ごしたつもりだった。…………視線は相変わらず痛いほどだし、実験ではハブられるけれども。

 

 それなのに王子ときたら、私とは正反対にもうすっかりピソタリアに馴染んでいらっしゃる。

 基本的に休みが重なった時や登校前、放課後は私の側にベッタリとついて離れない王子ではあるが、その他は普通にこの国の方々とも交流しているようだ。

 1人寂しく屋上でサンドイッチを食しながら見下ろす先の校庭でも。彼は何人もの人に囲まれて笑みを浮かべているほどだ。


 こんな時、なぜ12歳の時の私は視力矯正の薬なんてものを開発し、さらには飲んでしまったのだろうと過去の自分が忌々しく思える。両目1.5もあるから見たくもない好奇の視線が突き刺さるのである。

 

「はぁ……」

 口の中はサンドイッチばかりを延々と食べているせいでボソボソと乾いている。それでもやはりぼっち飯をしけ込むにはサンドイッチは場所を多くは取らない最高の食事なのだ。

 シルファニアにいた時から、実験の合間に片手で食べられるサンドイッチを重宝していた。そしてこの国に来てから1週間もしないうちに私はサンドイッチの素晴らしさを再確認したのである。


 サンドイッチ、万歳!


 ピソタリアに来てから何かおかしくないか?と王子に指摘されしまうような私ではあるが、ため息の原因と1カ月の成果はただそれだけではない。

 

 王子の運命の相手を数日前に見つけたのだ。

 見つけたというか、彼女の痛いくらいの視線に気がついたというか……。


 見飽きるほどにシルファニア王国で見てきたピンク色の髪を2つに括り、そして可愛らしいその瞳で私を射抜くほどに見つめる彼女は、気づけばいつだって私の後方にいらっしゃるので、今までの中で一番熱心な方であると言える。だがその方には決定的に他の方とは違うところがあった。


 その方の隣にはいつだって背の高い男性がいるのである。

 初めは彼女に付き添う使用人かと思いもしたが、この数日間の2人を見ていただけで判断を下すとすればその可能性は低いといえよう。

 そもそも今までのヒロインさんたちは男性を連れ添っていないことはもちろんだが、ご友人がいる方さえも少数で、単独行動が目立つ方々であった。

 

 彼女をひとまず私の脳内にある王子の運命の相手候補リストに入れ、他の人を探すことにしたのだが、残念ながら彼女以外に特徴が合致する生徒は未だに見つけられていない。


 もちろん私が該当生徒との交流がないだけで、王子の前には現れているのではないかと王子に「誰か気になる方はいらっしゃらないのですか?」と探りを入れてみたり、こうして空き時間に王子を目で追ってはいるものの、見つからないのだ。

 むしろその行動で王子の機嫌が悪くなった。


「いいか? お前は、私の、婚約者なんだからな?」

 そう何度も念を押し、最終的にはよほど私が信用ならないのか、日に日に密着度が増していっているような気さえする。

 それを眺めるヒロインさん候補の方はギリギリとハンカチを歯で割いていた。

 

 おもわず健康な歯を持っているのだなぁと感心して見入ってしまったほどに割けたハンカチの線には歪みがなかった。

 



「はぁ……」

 指先のパンくずを払い、そして重い腰を上げる。


 そろそろ魔の休み時間が始まってしまう。


 ここ1カ月で私の信用を失いつつある王子は休み時間となるやいなや私を探しに来るし、彼から逃げるために見つけ出した安息の場所は人で満ちると学んだ。


 そんな時間は校内を転々としながら時間を潰すしか他にない。


 お気に入りは植物園だったのだが、すでに分け与えてもらって植物を育てている区画は王子に知られており、今では登校前と放課後に2人で通うのが日課となってしまっている。そして私の姿が見えないとなれば王子がまず初めに探すのもその場である。


 そろそろまじめに運命の相手を探し始めて欲しいのだが、シルファニアに居た頃よりもベッタリとなった彼の様子から察するに私が相手を探し出して、ちょうどいいところで身をくらますしか方法はないようだ。

 

 落下防止のために設置してある柵に手をかけ、すでに校庭に王子の姿がないことを確認してから本日の安息の地、図書館へと向かう。

 膨大な所蔵量を誇る図書館で見つかるはずはないだろうとタカをくくっていた。


 …………実際に王子に見つかることはなかった。

 見つかったのはピンク色の頭髪の彼女と、彼女について回る長身の男性である。

 

「なぜ、なぜいつまで待ってもこの私に話しかけてこないんですの!」


 初めに口を開いたのは女性の方だった。図書館は私語厳禁であることもお構いなしに甲高い声を上げながら私へと詰め寄ってくる。

 その姿はもうこの数年で慣れたもので、やはり彼女こそが運命の相手かと断定してもいいのではないかと私の頭の中で冷静な部分が語りかけてくる。

 

「え、ああ、王子が……ですか?」

 だからとりあえず揺さぶりをかけることにした。揺さぶりって言ってもいいのかすらわからないが、定型文みたいなものなので見逃してほしい。

 だが目の前の相手はそんな定型文では許してはくれなかった。

 

「王子? ああそういえばあなたのおまけでシルファニアの王子も来ていたような、そうでなかったような? ってそんなことい・ま・は・どうだっていいのよ!」

「お嬢、失礼ですよ。クルス王子はシルフィー様の婚約者なんですから」

「ああ、そうね。それは失礼したわ。ごめんなさい。……それでなぜあなたは私に話しかけてこないの? この桃色の髪を持つ、この私、ツイッタ=ピソタリアに! さぞ興味がおありでしょう? あなたの視線、何度もこの身で感じていてよ」


 王子を『おまけ』と言い張る方は今までにお会いしたことはなかった。

 しかも彼女、ツイッタ様の目的は私だという。

 確かに桃色の髪を持つ彼女に興味はあったが、彼女が迫る理由と私の興味はなにかが違うような気がする。

 

 私の思考が急速に冷却されていく中、彼女とその隣の男性のやり取りはヒートアップしていく。


「それはお嬢が何度も熱い視線を送るからじゃないかって、再三言っているじゃないですか」

「だまらっしゃい! 私はシルフィー様に聞いていてよ」

「はいはいはいはい」

「あなたはいつもそうやって私を馬鹿にして……。お父様に言ってあなたとの婚約を破棄してもらうこともできるのよ!」

「はいはい。お嬢、俺がいないと何もできないでしょう? 今日だって一人で行くのは不安だからついてきてほしいって、泣きながら俺の部屋に来たじゃないですか」

「あれは、あれは! 二カ月も前から様々なパターンで脳内シミュレーションを繰り返して、準備万端にして待っていたのに、中々話しかけてこないシルフィー様が悪いのよ! 」

「はぁ、シルフィー様とお友達になりたいのはお嬢なんだから自分から言いに行けばいいのに……。お嬢って昔から無駄にプライド高いですよね……」

「えっと……」


 私はどこから己の疑問を紐解けばいいのだろう?


 お嬢と呼ばれる、王子の運命の相手と外見的特徴が合致するツイッタ様にはすでに婚約者がいたらしいことを確認すればいいのか。

 

 それとも彼らの話の内容から察するに、まるで彼女が私と友達になりたいような会話をやり取りしているところを事実かどうか確認すればいいのか。

 

 いや、そもそも私を置いて2人で話しているのなら私は別の場所に移って読書を再開してもいいのかと確認を取るべきなのか。

 

 ポンポンと湧いて出てくる疑問のどれから処理したらいいか考えあぐねていると男性の方はぐるりと身体を回す。

 

「ああ、すいませんね。シルフィー様。うちのお嬢がうるさくて……」

「な!? あなただって十分うるさいじゃないのよ! 何ちゃっかり自分の株だけ上げようと……」

「はいはい。ほらお嬢、言いたいことあるなら早く言って下さい。シルフィー様が目の前にいる今が、脳内シミュレーションの成果を発揮する絶好のチャンスですよ」

「え!?」

「はい、じゅーう、きゅーう、はーち」

「え、えっと……」

「なーな、ろーく、ごー」

「シルフィー=ロクサーヌ! 私と友人になりなさい!」

「は、はぁ……」

 

 これがツィッタ=ピソタリア様とその婚約者、フィリップ=クラウドマン様との出会いだった。


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