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御伽噺と神様


 白夜はあのまま帰ってこず、この場に来たのはひなつくんだけだった。どうやら私の言葉の通り暇を潰してきているようだが、ひなつくんはそれに不満そうだ。まあ、初対面の態度を思うあたり、私に仕えるのが嫌なんだろう。なんでアイツ一人で抜け出してきてんだ、みたいな。なら俺もバックれてえな、みたいな。あははははは、可哀想に。私に目をつけられたばかりに、傍にいなければならないなんて。あははははは! まあ、そんな嫌がらせをしている本人が私なんだけどね。


 そんな感じで、少し不機嫌なひなつくんと昼食タイム。快適な公民館の一階には、カフェテリアもあるのだ。勿論本は持ち出し禁止なため、そこで読むことはできないが。少し残念だが、それも予定通り。考えていた通りに、顔と目に惹かれた人間たちに、リリス・サイナーの話を聞くことにした。


 全て聞き終わって、聞いた半分以上の人間が、どれだけリリス・サイナーが素晴らしいかを語っているだけだったと気付いた時は、流石にうんざりした。

 その中で一つだけ普通では知られていないものがあった。それを教えてくれたのははやり老人で、内容は神の中には元人間が混じっている、とのこと。



「ほう、人間が」

「そのころは有名な話だったのですよ。狂信者は嘘だと喚き、〝反女王派〟が流したものだと思われておりました。勿論、初めは私も嘘だと思いましたとも。――ですが、心当たりがあったのです。そうではないか、と思うような話でして」

「心当たり?」

「はい。私の父から聞いた、小さな御伽噺にございます」



 金目に反応した、恐らく狂信者の一人であろうその男は、多嶋たじまと名乗った。手に金目のものを身に着けていると言うことは、それなりに富豪の家のものなのだろう。もし結構な金持ちだったら、名前は聞いているはずだから、【五陀】には敵わないだろうけど。いや、敵ってもおかしいんだけどさ。……だが、そんな金持ちの男が御伽噺、と。昔のことは分からんが、胡散臭いにもほどがある。今では、親が子供に優しくすることさえ珍しいというのに。目で訴えてみるが、その男は聞いてもらえるのだと勘違いして、続きを話し始めた。



『とある村に金目を持った少女がいました』

『その少女は何よりも神を信じ、正義に生きていました』

『その少女の名前は――と言い、――と呼ばれていました』

『ある日、――は少年と出会いました』

『少年の名は××と言い、――と××は出会った瞬間から恋に落ちたのです』

『――は神に感謝しました。運命なる出会いだと、信じて』

『ですが、運命は悲しきかな。××は神の反逆者だと言われ、処刑が間近だったのです』

『××は、神の反逆者ではありませんでした』

『日々を噛みしめ、神を信仰しているところを、――は知っていたのです』

『助けよう。――はそう決心して、処刑の日、××を連れて早朝に逃げました』

『だがその途中に見つかり、××は矢を放たれ死亡しました』

『――は、今までとは違い、神を憎みました』

『どうして、助けてくれなかったのだと。傍観者め、復讐してやる』

『そう叫び、――はその場から消えました』

『そして、次に――が村に顔を出した時、――は赤い目を輝かせていたと』

『――は。そう。神を憎み、力を手に入れ、〝反女王派〟を作ったのです』



 語り終えた多嶋は、反応を見ずに立ち去ってしまった。どうやら知り合いを待たせていたようで、連絡が入ったとのこと。今の時代に携帯はないが、頭の中で通信ができるようになっている。軽く礼を言い、その背を見送った。胡散臭いと思っていたが、中々に面白い話だった。だが、本当にこれは、御伽噺なのだろうか。


 話の中で――と呼ばれた少女が赤目になったのは、〝反女王派〟に入ったのが理由。だが、〝反女王派〟に入ると赤目になるのは、神と契約した時のみだ。話を聞く限り、――は神を恨んでいる。なのに、契約したのか? 疑問が残る。

 それに、これは最初、神が元人間だったと言われる話だったはず。神の中に、元〝反女王派〟の人間がいるということか……?


 いや、まずおかしくないか?

 あの身なりや態度を見る限り、多嶋はリリス・サイナーの信者のはず。なのに、神自体を侮辱となる、人間説をわざわざ、どうして語った?

 しかも、御伽噺にしては詳しすぎる。名前まで伝わっている話など。

 それにして、××か……。気になるね、これは。



「ひなつくん」

「何でしょう?」



 自分の従者に声をかければ、女に囲まれ顔を顰めていたひなつくんが短く返事する。いつの間にやらハーレム。まあ、顔が綺麗だからね。声をかけたくなるのも分かる。

 自身の頭を人差し指でコンコンと叩く。脳内携帯を示した。



「白夜を呼びたまえ。移動しよう」

「了解しました」



 囲んでいるハーレムから抜けて私の隣に立つと、その立った彼の足元から黒いノイズが現れる。これはサイナーとは別の超能力、性質の〝磁石〟である。異空間を持ち、その異空間にいろんなものを入れられるとか。これは四家全てが持っている性質である。その中に足を突っ込んでいるということは、きっと白夜に連絡しているところだろう。脳内連絡は体の一部を使ってやるものだからね。


 そして、連絡した三十分後に、やっと白夜がカフェテリアに来た。

 隣にオマケという名サプライズまで連れてきて。

 黒フードをかぶっていて女か男か分からないが、僕より背が小さくて尋常じゃないほど震えているとなると、どうも放っておけない。



「アハハハハ! 白夜、君の趣味にどうこう言うつもりはないけれども、いくら何でも私の【五陀】が誘拐というのは……」

「違う。お前は俺をなんだと思ってるんだよ……」

「目的のためなら手段を選ばない、完璧な私の【五陀】だね」

「前半が悪意に満ちすぎてるだろ」

「さあて、何のことやら」



 でも白夜。意見は変わらないよ。拾ってきたところに戻してきなさい。家では飼いません。勿論、それは人でも猫でも犬でも変わらないよ。ほれ、拾ってくださいダンボールもちゃんと用意してやろうじゃないか。



「既に俺がさらってきたと確定か。信用ないな、女王?」

「アハハハハ! ――そう呼ぶなと、言っているだろう?」



 声を低くして内緒話をするようにそっと言ってみた。それと同時に力を解放してみる。何かを攻撃するわけでもなく、ただ威圧感を増しただけ。

 雪月の二人はすぐに気付いた。黒フードの子が、白夜を盾に後ろへまわった。その様子に、白夜は少し不満そうに後ろに引っ付いたその子を、再度元の場所に立たせる。



「おい、あんま怖がらすなよ」

「おやおや。私は君たちを怖がらせるくらいに力を使ったんだけどねえ。なんだか怖がっていないようで残念だよ」



 でも、流石に雪月と言うべきか。これだけ威圧感があってもまったく動じないとは。隣の黒フードは国の宝である〝二つの槍〟を思わず盾にしてしまうほど、びびったと言うのに。

 張り付けた笑みに、困惑したように顔を見てくるひなつくん。白夜は片眉をピクッとあげただけだった。なんだ、つまらない。



「それで話を戻すけど。その子はうちの家では飼えませんよ、次男」

「長男はひなつか? ――別に飼おうとしてるわけじゃねえよ。俺に人を買う趣味はねえ。ただ、こいつがリリス・サイナーについて調べてるみてえだから、連れて来てやったんだよ。俺、優しいだろ? 本人に聞いたらいろいろ学べるんじゃないかってな」

「ほうほう。その子が、ねえ?」



 視線を黒フードに移す。

 学んでいたから、ね。【五陀】の中に、そんな理由で主君に人を近づける者がいるとは思えないけど。まあ別に暇だったし。さっきから一言も発していないひなつくんは、またハーレムになりそうなことだし。まあ、話ぐらい、いいか。

 隣の席を指で示す。



「なら、そちらへどうぞ。話そうじゃないか」



 そう言うと、白夜が笑った。いつものニヤリ、という笑みではなく、フッという感じ。微かに嘲笑うような表情は、どうも〝藤堂白夜〟らしくないな、と思った。だが気にする必要もないので、何も言わないでおいた。気のせいだよ、気のせい。

 下がっていいよ、と白夜に言って、黒フードの子と二人になる。



「さて、取り敢えず名前から伺おうか、君?」



 黒フードが顔を上げた。顔の半分だけ見えるようになる。顔の丸さから見て、多分女だろうと推測する。

 そして――口を開いた。



「――覚えているか、サクラ(・・・)?」



 サクラ――慣れたように発せられたそれは、前世の名前。ニュアンスからして、それは花の名前ではない。昔呼ばれていた、忘れられない自分の呼び名。


 そいつは黒フードを取って、顔を晒す。

 少々ツリぎみの黒の猫目。青いリボンに括られた黒髪のツインテール。真っ直ぐで澄んだ視線に、思わず口角が歪む。歪だが無意識に笑ったのはいつぶりだっただろうか。


 目の前の、人物は。

 忘れられない

 忘れてはいけない人。

 そして――――――――親友(・・)



「やあ、チルハ」



 白夜が連れてきた少女は、探していたゲームの対象。

 前世の親友であり、もう一人の転生者。


 名を、赤尾(アカオ)散葉(チルハ)という。



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