111話「目端の利くバランサー」
「準備は?」
剣士の爺さんが地面の砂を手に馴染ませながら聞いてきた。
「できてます。酒場は入口からしか入れないし出れませんので、急に出る時は罠を焼いてください。村長の家は向こうです。足りなければ徴収していいかと思います」
「了解」
「あんたたちは村の周囲で逃げ出そうとする奴がいたら捕まえておいて」
門下生も魔法使いの婆さんの指示を受けて動き出した。
「犯人はたぶんカウンターで飲んでいる男です」
「ああ、居場所さえわかれば大丈夫さ。衛兵が馬で逃げる姿を見ていたそうだから。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
元冒険者の夫婦は衛兵を連れて酒場に入っていった。
酒場はすごく静かだった。僅かに魔法使いの婆さんが喋っているが、ほとんど物音も会話も聞こえてこない。
「こんな静かに金を徴収できるか?」
「ただ魔力がちょっとはみ出て来てるぞ」
「本当だなぁ。戻った。うわぁ、ぴったり建物の形に魔力を留めてるんだ」
「そんなことできるのか? 何のために?」
「魔力に殺気を混ぜて、幻惑でも見せてるんじゃないか」
俺とロサリオは殺気と魔力で人の身体を拘束できるのか考えた。
「俺たちだったら、もう酒場ごと壊れてるよな?」
「窓ガラスも割れてないなんて、どうやって魔力の調節してるんだ?」
「斬撃で距離測ってるのかな?」
酒場のドアが開き、左右の靴紐が足の間で結ばれている男が出てきた。歩幅が短く走ることもできない。後ろから衛兵と一緒に元冒険者夫婦が出てきた。
「もう罠は解いていいよ。村長から金を巻き上げて終わりだ」
「了解です」
俺たちは言われるがまま、罠を解除していった。
犯人たちは村長の家に行き、すぐに大声が聞こえてきた。「お前はなんてことをしてくれたんだ!?」などと村長らしき人物の声まで聞こえてくる。
「あっちの方はわかりやすそうだな」
「こっちはまだ静かだ。誰も動けないんだろうな。解除しておくか?」
「いや、いいだろう。ほら煙突から煙と一緒に魔力が漏れてる。そのうち魔法は解けるだろ。催眠術の一種かな?」
「今度聞いてみるか」
村長宅から元冒険者夫婦が出てきた。衛兵と犯人はそのままらしい。
「ちゃんと法に則って徴収してきたぞ。修理費込みだ」
「よかった」
「帰ろう。古い魔法を使ったらくたびれた」
「衛兵はいいんですか?」
「ああ。衛兵は教会の回し者だった。村長も買収されてる。犯人と通じているみたいだから打ち合わせでもあるんじゃないかな」
大丈夫なのか。
「教会の計画が台無しだな。あいつら全員、教会から見捨てられるだろう」
「でも、だんだんエスカレートしていってますよ」
「どうするかなぁ……」
剣士の爺さんは伸びをしていた。
「ああ、言っておくけど、私ら二、三日使い物にならないから、もし何かあったらコタローたちで対処しておくれよ」
「え? あんなに上手くお金は徴収できないですよ」
「レベルでどうにかゴリ押せ」
「無理ですよ。俺たちは五感と魔力の能力しかスキル持ってないんですから」
「上手く呪具を使えばいいだろう」
「浄化呪具でも万能ではないんですよ」
「困ったねぇ」
「門下生たちはまだ育ちませんか?」
「筍じゃないんだからそんなにすぐ伸びないんだよ」
「そこそこ強くて、能力もあって、目端が利くバランサーはいないのか?」
剣士の爺さんが伸ばし過ぎた背中を擦りながら聞いてきた。
「あ、いますね」
「あ、本当だね。彼女に頼めばいい。うちの門下生を呼んでくれ。仕事は終わりだよ」
全員で町へ帰った。ゴーレムの金物店に徴収したお金を返し、俺はエルフの薬屋へアラクネさんとターウを迎えに行った。
「金物店が襲われたって?」
アラクネさんは耳聡い。
「うん。元冒険者夫婦と一緒に犯人から壊した品物の代金を徴収しに行ったんだ」
「それでかな。今日珍しく教会が夕方の鐘を鳴らし忘れていたよ」
「へぇ。動揺してるのかもね……。いや、何か仕掛けて来てるのかもしれない」
「……それはありうるかもしれない。カラスが増えてる」
教会の敷地内の木にはカラスが止まっていた。以前はいなかったので、急に繁殖したのか、それとも使役スキルで集めたのか。
「ちょっと様子を見ておこうか。二、三日、元冒険者夫婦は寝てるってさ」
「わかった。相変わらず、教会は今日も夜更かしのようね」
教会の窓から明かりが漏れて人影が動いているのが見える。
まだ終わってはいないのだろう。
「アラクネさん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「なに? 改まって。これでも私はアラクネ商会の魔物よ。業務ならやるわ」
「この町では、たぶんアラクネさんにしかできないことなんだ」
「優秀な人間も魔物も幾らでもいるよ」
「情報局作らないか?」
俺は大渓谷の情報局を思い浮かべていた。
元冒険者夫婦は冒険者ギルドが闘技会で忙しくなり依頼を受け付けられなくなってきたから、依頼を頼む場所がもう一つあるといいと思っていたのだろう。
「あれは私一人じゃ……。ああ、まとめろってこと?」
「そういうこと」
「んーっとねぇ。かなり面倒くさいけどできなくはない。鳥小屋作らないといけないけど……」
「たぶん、ブラウニーたちなら作れるよね」
「後は使役スキルを持っているアラクネか……、人間でもいいのかぁ……」
鳥さえ使役できる者なら、メモ書きを飛ばして鳥小屋へ向かわせることができる。
「うわぁーん! どうしてコタローは思いつくのよ!」
不思議な怒り方をしていた。
「目端の利くバランサーがいないかって爺さんに聞かれて、俺と婆さんが思い当たったのがアラクネさんなんだよ」
「んー、でも情報局なんて作ったら倉庫を運営してられないわよ」
「どうでもいい情報は捨てていい。アラクネさんが気になる情報だけピックアップしてくれればさ。その判断ができるのも、魔物と人間の事情が分かっているアラクネさんなんじゃないかな」
「でも、もぐりの情報局みたいにしかならないと思うよ」
「それで十分。今回はたまたま俺たちがゴーレムの金物屋に通りかかったからよかったけど、もっと増えたら対応できなくなる。しかも衛兵に裏切り者まで混じっているからさ」
「じゃあ、ターウとツボッカに使役スキルを取らせてみましょう。本当言うと人間でも誰か雇った方がいいと思うんだけどね」
「道場で聞いてみようか……」
「うん、いるかなぁ」
アラクネ商会の鳥小屋は倉庫がある山の上に設置することが決まり、翌日隣のブラウニーたちに見積もりを出してもらう。特に住むわけではなく、鳥が出入りが楽で、選別作業ができればいいくらいだと伝えたが、納得しなかった。
「君には品がないのかい? 使う者の身にもなってごらんよ。糞の掃除もしやすくなくちゃ異臭騒ぎになるだろう?」
「ちゃんと倉庫に繋げる穴も必要だろう? アラクネさんならば壁も天井も登れるんだから取っ手を取り付ければいいな」
「火事対策でバケツに水も必要だ」
「鳥の糞はいい肥料になるから周りをハーブ園にしよう。あまり人には見つかりたくはないんだろう?」
「そうですね」
「これは結構かかるぞ」
「まぁ、頑張ります」
それなりに経費は掛かるようだが、俺たちも浄化呪具のレンタルや保管料でそれなりに稼いではいるが、やはりちょっと足りない。おもちゃの剣やゴーレムたちのボールでも利益を上げているものの、教会対策だと思って制作者たちに還元してしまっている。
「お金が回らないね」
「焦げ付いて火が出る前に稼がないとなぁ」
町の道場へ向かい、寝ている元冒険者夫婦を訪ねた。
大渓谷の情報局について説明し、アラクネさんが初代局長になるという計画を話した。
「規模は小さいですけど、見過ごしてはいけない情報が入ってくるんじゃないかと思うんですよ。でも魔物ばかりで固まってもしょうがないじゃないですか」
「そうだな。ん~、前にロベルトって教官がシーフのスキルを教えている奴がいるって言ってたなぁ」
腰に薬草を張り付けている剣士の爺さんが記憶を辿ろうとしている。
「それいつのことです。夏前くらいか」
「それは俺ですね」
「アラクネ商会はなんでも自分たちでやり過ぎなのよ。他の魔物たちの話を聞いても出てくるしさ。あ、でも、いるよ。この前、あんたのところの道場に来ていた子がいたろ?」
「ああ! いや、でも……」
「いるなら紹介してくださいよ。うちの会社、年寄りの人間しか知り合い少ないんですから」
「それがな……。商人ギルドの受付の娘なんだ」
「商人ギルドかぁ……」
言ってしまえばアラクネ商会のライバル企業で、この町では最大手。もしかしたら教会の教義を信仰しているかもしれない。
「紹介はできるぞ」
「会ってみますか……」




