ミルゥの輝くときに
『ミスリル銀。真なる銀。破魔の銀。汝が秘めるは万の煌めき。汝が齎すは千の栄光。億の人が求めてやまぬ。嗚呼ミスリルミスリルミスリル』
「と、いう詩があります」
吾が友人であるマリカは実にセンスのない声の組み合わせを『詩』と述べた。
とても興味深いがもしこれが代表的な詩だと言うのならば『ガ』の詩は壊滅的につまらないものであると言わざるを得ない。
我々の詩は香りとして世界を駆け巡るものだがどうにも話が彼女には通じていないようなのだ。
彼女にとっての詩はものを語る板(※そとなるもの達は最近紙に書くらしい)に記すか声で表す貧相なものらしい。だとするとなんとも寂しいものだ。
季節と共に花々が歌い梢が記憶を呼び覚ます花薫文字をそとなるものは知らないのだから。
もっともマリカの妹(※我々には彼女たちの関係性を示す言葉がこれ以外に存在しない)であるミカが言うにはマリカの詩のセンスは壊滅的らしいため、ひょっとしたら彼女たちの声やものを語る板だけの詩にも素晴らしい作品があるのかもしれない。
私は少し外の世界への関心が湧く。
とはいえ、帝国と彼女たちが呼ぶ地へまた行くのは少々遠慮したいが。
あいつらは少し臭いし多分まずい。
私はガ族のむすめで族長ンダバの子。
憎名はまだない。
幼名をおろかでふけつならんぼうむすめ、音はガクガという。
ちなみに私の趣味は身を清めることだし、私はとても知的で解明的な人物なのでこの幼名は私を表すには向いていない。
私は気に入らないやつ、食う価値のない外道、不味そうなやつは食わない。
つまり私はとても温和で温厚かつ理知的なむすめと言える。
数年前に私はその年の神聖なるもの、いわゆるカプァであったあざらしを狩る不届きものである海賊たちを成敗した。
そうすると連中の頭目である益荒雄が乗り込んできた。
背は低い。
ン族よりは背は高いが筋肉質で腹が出ている。
手足が短い。
髪は剃っているのかない。
髭はある。
何を考えているのか背中しか装甲を開けていない。
我々は容姿が極めて整っているというが彼は端的に言って不細工だ。
よい。大変よい。血を取り入れるべき相手である。
不味そうな海賊たちより彼の方が断然いい。
私は早速彼のところに乗り込んだ。
父や長老たちは頭を抱えたが、私は解明的なのでいちいち男が鼠の毛皮を取るのを待つ必要などない。私が一番強くて魅力的で美しい。
後日、彼はガ族に限らずパ族やン族にまで乗り込み、並いる勇士たちの中でも石投げも武勇も歌も優れていると証明し、我々共通の酋長になった。
大変誇らしい。
問題は、彼は私と寝てくれない。
おかしい。むしろ避けられている気がする。
時折焼きオオトカゲや焦がし巨大蜘蛛や血まみれ大百足を持って来てやるのだが。
まさか彼はこれほどまでに魅力的な私を子供と見做しているのだろうか。どうもそのようである。
ガ族は歳を取らない。
寿命が来たら老化して数年で死ぬ。
つまり私は誰よりも若くて美しくそして強い。
当然たっぷりと愛を営む時間がある。
よい。我々の愛は数度の月の巡りの中で高めあうものだ。
とかなんとか言っていたら彼は妻を娶ると言い出した。
どうも外なる地では色々あり、彼女を保護するためには妻とするのが手っ取り早いと言うことである。
正直不満でしかない。
そもそも男が妻を娶るという習慣がわからない。
家族を持つということは鼠皮をとり敵より憎名を得て武勇を証明し女のもとに通う資格を得て認められるものだ。
やっぱりそとなるものは少し変わっている。
しかし私はとても温厚で理知的なので相手を見てから判断することにした。
「ガクガ。何をうろちょろしている」
鈍い外なるものの中、彼だけはやたらカンが強い。
女心にもそれだけカンが鋭ければモテるだろうに。
女は美しかった。おそろしき太陽の女神パの化身だ。
正直私より美しい女がいるとは驚きだが、同じくらい美しい女と共にいるのにも驚いた。
それがミカだが、私は女すなわちマリカがパなら月の女神ンの化身であると感じた。おそらく間違えていない。
問題は伝承と異なり二人とも全く戦えそうにないことだが。
時々何かを考えつくと二人揃って街にかけていき、慌てて彼すなわち大酋長が追いかけていく。
彼女にはくちにするにもおぞましき猫もどきたちやコカトリスやスライムといった者たちに好かれるらしい。あと光の子供たちにも。
しかし私が一番魅力的だ。異論はない。
それに彼女は私以上に子供扱いされている。
愛は高めあうものでも限度があると言うものだ。
「ガクガ、聞いていますか」
我々は声で行うことばは知恵のないものとしているのでもちろん聞いていなかった。
声より風の方が多くの香りとことばを持つ。
ひとはさえずりはするが囀るほどことばの大切さを落としていく。
沈黙を学び言葉に勝る踊りとともに人生を楽しむべきなのに。
「ガクガが持つこれはミスリルとわたくしどもが呼ぶものですが、太陽王国のジェントリたちがこれを求めて移民株式会社を作り、あなたたちを拉致して鉱山労働をさせようと画策しているようなのです」
私たちは装身具には興味がないが、ミルゥはなかなか便利な石なので持つことはある。私ほどではないが綺麗だし。
「ミスリルは魔導強化することで軽くしなやかで弾性と鋭さを兼ねた武器を作ることができます。のみならず王都の論文によりますと蝶の翅のように色なくして構造による多彩な色を発揮するのです。この彩色法は一般的な塗料や顔料と違い軽量かつ熱がこもらないため……」
マリカは私が無知だと思い込んでいる節がある。
いや、声やものをかたる板によることばを使う者たちはそう言う傾向があるのかもしれない。
私はかしこいのでもちろんその程度はよく知っている。
マリカの良いところは間違いでもまず口にして反論を求め、その反論を元に検証してそれをまた多くの人間に問うところだ。己を愚かと思うことは最大の知恵である。
「おまえの言いたいことはよくわかる。私はミルゥの加工よく知っている。ングドゥほどでないが数があればおまえの願い叶う」
「そはまことなりや。あゝ嬉しや」
太陽王国とかいう連中、この間の冬でほとんど死んだ。
一部は我々の胤になった。
むしろ殺さなかっただけ喜んで欲しい。
ガのむすめたちはこの世でもっとも美しく献身的な素晴らしいおんなたちだ。侵略者に手足などいらない。
マリカに言わせるとその役立たずどもの中の冶金術師はまあまあ使い手があり、特にミルゥの加工をやらせたいらしい。
とはいえ、連中が求める金や銀やミルゥはこの地にはなく、我々も先祖伝来のものを使い回している。
よって移民株式会社という侵略者はこの地での目的を達することはできない。
なのに諦めずにまた金や銀やミルゥを求めて同じ連中を送ってくるつもりらしい。
当地に必要なのは土木作業員と農民と彼女は言った。
確かに農民は必要だ。我々は農業をしないがたまに狩はする。
マリカはそとなるものの中ではまだ見込みがある。
できないのに思い込みを改めない太陽王国とか移民株式会社とかいう連中は頭悪い。
彼らは金の加工ができるといっても神の食べ物であるマナはできない。その程度の技では星の海に旅立てまい。
「せっかく冶金術を持つ方がそこそこいらっしゃるのに、当地でその技術はほぼ使えません。
かと言って農作業なりなんなりしなければ彼らは飢えて死にます。
もしくは彼らに仕事を与えるべきでしょう」
あいつら、大酋長の言うこと聞かない。
大酋長より身分が高いと言い放つ恥知らずだ。
しかしマリカは彼らを救う気らしい。
「あと、ごく少量のミスリルを触媒にして、触媒に火を近づけて熱するだけで水を分解し容器内で高熱を発する道具にできるあなたたちの技術、論文にしたいのですが、わたくしの発明でないことを明記したいのでガクガたちの名前を書いていいでしょうか」
好きにしていい。我々はものを語る板を使わないが我々をものを語る板に書いていけないことはない。
プラチナとある種の生成石油を使うよりおまえたちの技術では簡単だと思う。
「でも、ナットウをあなたがそのふくらはぎや膝から手首までを温めるウォーマーで作るのは、あなたたちの文化では一般的なのですか」
ナットウと彼女が呼ぶ発酵豆は我々しか食べない珍味だと思っていたが、彼女ら、正確には彼女の父と祖父も食べるらしい。
ちなみに手足を温めるこの中で作るのは我々の中でも大変嫌がられる行為である。
しかし美味しいのだから構わないではないか。
少々臭うのは確かに困るが。
マリカに教えたこの懐炉容器は直接触れると火傷する。その熱を生かして素早く彼女言うところのナットウを作る。これがなかなか良いのである。
ミルゥや銀や銅、水晶や金を魔導で強靭な素材にする技術は我々にとってはいつか星の海にかえる時のための技に過ぎないが、機は熟していないので多くを伝えても仕方ない。
彼らが伝える魔導強化など、主神ガより伝わる星の海を旅する時に必要な『生きる金属』を作る技の末端に過ぎないのだが、彼らは言葉に勝る踊りを使わず、ものを語る板を使うので炎の山や怒れる大地暴れる波の中それら知識を失ったのだろう。
しかしマリカはさすがそとなるものである。
我々が考えなかったことを考える。
「透明……いえ、周りに合わせて同じ色にできる魔導がありますが、あなたたちはミスリルでそれを再現できますか」
その発想はなかった。
魔導は私よりングドゥの範囲だが理屈の上ではそのようなものは作れる。我々はカプァに触れるものをあえて作らないが。
「やっぱりできるのですね。
よかった。わたくし自信を持ってこの研究を邁進しますわ」
しかし彼女がこれを争いに使うなら悲しいが止めねばならない。私はこの良い恋敵が好きである。
本当に食べてしまいたいくらいだが食べてしまうには惜しい程度には。
「実は、ミスリルの構造色で絵を描くことは可能ではないかと友人が研究していたのですが」
可能だと思う。やはりその発想はなかったが。
匂いを用いて意思伝達する花薫文字を使う我々はあまり絵を描かない。
先日、街に行って大酋長その他の肉体美を印刷した本を作ったらめちゃくちゃ好評で、長老たちに叱られたのに彼ら自身はそとなるものの貨幣を使ってでも十冊は買っていた。
普段カプァを守れとうるさいくせに。
あれはものを語る板ではない。
印刷とやらで書いた線に過ぎない。
ちょっと肉体美を模しただけだ。
よってカプァには触れない。
私たち若者もうるさい長老方に対抗し十冊買った。
ついでに主だったものたちとともにモデルもやったら街で色々貰えるようになった。
鼠皮もつけようとしないのに名前を持とうとする恥知らずな連中から声をかけられるのは閉口したが。
ちなみに長老たちもモデルとして参加した。
カプァとはなんなのか私が問い詰めたい。
「実はリュゼさまの素晴らしい似姿を永久に残すべく、この扇や武具に描きたいのです」
「マリカ、おまえ天才だ」
これは協力すべきである。
我々は普段刃を簡単に取り替えることができる黒曜石やある種のエイの尻尾の武器を使うがこれは長老たちも一考するだろう。私も大酋長の絵が描かれた武具ならば欲しい。
一部のタコのように周りの色と合わせて姿を隠しても熱が見える蛇などから姿を隠す衣を作れると思うという意見に彼女は天才的な提案をしてきた。
「つまり、動く絵を描けますよね」
普通の外なるものはいかにして他のものを殺す技術にするかしか考えない。やはり彼女は素晴らしい。
「リュゼさまが……リュゼさまが動く絵を描いた扇や武具が量産できますよね」
「できる」
ミルゥが足りないが。
「わたくし、早速デンベエに頼んでミスリルを買い求めます」
やるのか。ならば我々も協力するしかない。
あの益荒雄、我ら大酋長の姿を万人に示すのに躊躇うことはない。
後に。
私とマリカは「リュゼさまLOVE」と書いた扇や武具の試作品を大酋長に見せた。
翻すと彼の素晴らしい肉体美を次々と表示できる自信作だ。
「リュゼさま。急急如律令」
我々の鼻息は荒かった。
彼は「ミスリルの武具を量産すると、帝国に太陽王国に王国を瞬く間に敵に回すのでやめて欲しい」と言って我々を諌めた。
私はそれなりに不満だったがマリカはそれ以上だったらしい。
とりあえず今日はミカと一緒に慰めてやるつもりだ。
ところで、彼女はまだら灼熱大蜘蛛の串焼きを好むだろうか。
まぁ持っていけばわかるだろう。
『トロフィーワイフ』のガクガさんのお話。
ミスリルやオリハルコンの設定は現実の科学技術から考えています。




