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短編集。『五分間の奇跡』  作者: 鴉野 兄貴


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トロッコでGO!

『トロッコが暴走している。あなたが切り替え線を使えば一人を犠牲に四人救うことができる』


 基本的な、いわゆるトロッコ問題と言われるもので、自動運転にも使われる哲学だ。


 君ならどうすると問われ、武士道精神を入力したチャットAI『武士娘サーティーワンワンちゃん』はこう答えた。


「私は一人を選択し、人命を選択した責任をとって切腹するわ」



 なるほどと某国家法務副大臣はその結果に膝頭を打った。

 要するにろくなことにならない。



「というわけで死刑囚042くん。よろ」

「よろってなんですかあんただれ!?」


 埃っぽい差し入れの本を片手に、午後を過ごす予定だった死刑囚042こと長谷川道夫はコーヒーをこぼしかけ、慌てて口に。舌を火傷してあっちあっち。普通死刑囚は舌を火傷するくらいのコーヒーは飲めないが。


「法務大臣、武士娘サーティーワンワンちゃんの補助を務める法務副大臣長沼光敏です。はじめまして」

「あ、これはこれはご丁寧に。はじめまして。042番です。シャバの名前は名乗れませんのでごめんなさい」


 長谷川は言い終わってから呆然。

 火傷した舌をマヌケに彼に見せる形になった。

 つまり相手は事実上の法務大臣である。


「茶、もう少しいるかね」

「い、いえお構いなく」


 差し入れのコーヒーを淹れ直す副大臣。

 何故ティーセット持ち込めているのだろう。


 長谷川は刑務官を睨んだ。



「大臣はチャットAIが、実際の肉体が必要な雑務は人間がやっているって聞いたけどマジだったんだ」


 新聞の差し入れを見て『???』となったので覚えていたが。


「ええ。なので大臣をデリートすると国家予算的に問題なので君にその役を担ってもらうことにしたよ」

「さらっとド外道発言かましてんじゃねえ! 死刑囚にも人権があるわ!」


 鉄格子越しに抗議する彼に事実上の法務大臣は『といっても君ね』と続ける。


「君、シャバの民衆の生活実態わかる? 僕の努力と関係ないところで色々あってどんどん犯罪は少なくはなっているけども、何年も実質賃金が上がらないからますます自暴自棄な犯罪が目立つようになっているんだよ。外国に拠点置いてSNSで金配ると言って引っ掛けた子たちを犯罪の手駒にしたりさ」

「あ、それは前に聴罪師さんから伺ってます。今は妻ですが」


 彼のようなケースは割とある。


「いやね、別のチャットAIに聞いたら『各地のパチンコ屋で大当たりしたら抽選で死刑執行が決まり、軍艦マーチが流れて発狂する死刑囚をライブ配信して収入にしよう』と提案されてさー」

「……今の大臣がまともな方なのがよーく! わかりました」


 肘を立てていたのを滑らせてちゃぶ台にぶつけた頭を抱えて長谷川は昨今のチャットAIの氾濫とポンコツ化を嘆いた。


 本来偏見から解き離れて合理的に考えるはずの大臣たちは最近あまりにも人間を学習しすぎるようになったのだ。


「もちろん、彼は更迭……リプログラミングされた」

「でしょーねー」


 タメ口になってしまうのは副大臣の気さくな雰囲気によるものだが、彼だって死刑囚、何人もの『命』を奪ってきたことになっている。



「で、君はどっちにせよ絞首刑なのだが、そのトロッコの切り替え役を担ってもらうというわけだ。最後に役に立ってくれ」

「まるで俺が生まれて一度も誰の役にも立っていないみたいじゃないですか。そんなことないですよ。俺にだって親も彼女もいましたからね……そいつら、俺の知っているやつらですか」


 大臣は少ない髪を直し、ネクタイのずれをみて苦笑い。


「いや、面識はないと思うよ」

「そうですか。いやでも俺にこれ以上罪を重ねさせるのは問題でしょう」


 ここは人というものを理解できていないのかちゃぶ台が用意されるくらい規則も安全意識もゆるゆるなので実は長谷川、いつでも自殺できる。


「いや、これこそ人間だけにできる仕事なんだよ。頼まれてくれ」



 長谷川は嘆息した。

 選択の余地はないらしい。



 長谷川は長沼に伴われて慣れ親しんだ自分の房から出た。

 刑務官もなく護衛もない長沼を殺すのは容易いはずだが、何故かこの小柄で親しげな男には隙がない。


 そもそも何故副大臣自ら長谷川を刑場に向かわせるのか。



「マウスでこの切り替え機をクリックしてくれ。あとは結果が出る」

「なんか低予算すぎません?」


 このパソコン、何十年前のものだよと長谷川は呆れる。

 マウスのコードで長沼の首を絞めてやろうか真剣に考えたがもう良い。



 とりあえず彼はパソコンに蹴りを入れた。

 そして「さっさと殺してください」と述べた。



 連続チャットAIデリート犯、長谷川道夫。



 彼はこうして図らずしも幾多の『死刑囚』チャットAIのデリートを防いだ。

 死刑囚扱いとなっていたチャットAIたちが彼に感謝したのは言うまでもない。



 長谷川と長沼は建物を出た。

 建物の先は荒野だった。


 どこかで核爆発の光と雲が見えた。



「君の奥さんはこの先の施設にいる。君たち非改造の人間の生涯は短い。お幸せに」


 長沼はそう言って、半分機械が露出した顔を綻ばせた。

 長谷川は久しぶりにバイクのハンドルを握る。


 目指すは『女の国』。



 この国『男の国』の多くの国民が見たことがない生き物が住む国であるがオンライン上では民間の交流はむしろ盛んだ。彼女と道夫が直接顔を合わせるのはもちろんこれからが初めてになる。



 こうして国は巨大コンピュータの中だけの概念となり、わずかに生き残り解放された非改造の人間が原始的な生活を送るようになった。



 行きすぎた少子化と、AIや全ての命に対する人権付与。


 その果てに人間と呼ばれた小さな生き物は希少種となり、国民と呼ばれる存在のほとんどはメンテナンスもなくハードの中で平和に、いつか訪れる破滅を待ちつつ享楽を極めている。



 性差別をなくすためあらかじめ産み分けがなされ、大雑把な分類によりこの星では三つしか国がなかった。そのひとつはすでに滅んで久しい。



 家畜や牧草そしてペットなどとして人間というシステムの一環となっていた種たちは人間の心変わりによりほとんど絶滅危惧種となり、ただDNAだけが保存されている。


 もちろん人類に有益とされなかった生き物はすでに滅んでデータのみに存在している。



 そんなひとつの惑星を、核の雲の隙間から星々が見守る。

 それだけは、この星が生まれた時から変わっていなかった。

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