タヌキの社長から聞いた話
若いころタヌキに化かされたことがある。
ふと漏らした失言を僕は取り繕い、先程であったばかりの社長さんの話を促すも、彼は茶目っ気たっぷりにほほ笑んでくれた。
「実はわたしもタヌキでして」
苦笑した僕は否応なく若い頃僕自身が体験した自転車旅行の話をすることになった。
フェリーに乗って本州に向かうべく自転車をこいでいたところ、『〇〇神社』の案内看板をみつけた。神社めぐりが好きな僕だが『また今度訪れよう』と通り過ぎる。もちろん『今度』は自分への言い訳だ。しかし進んでも進んでも一本道にも関わらず同じ看板を見かける。ほとほと疲れた僕はかの神社にて一泊せんと看板の表示に従い、道の脇にあった階段に歩を進めたのである。
視界が開けるとそこは神社というより祠に近く、人が住んでいないことは明白だった。
祠に近づき、神様に挨拶をせんとした僕の目に映ったのはタヌキタヌキタヌキ。大量のタヌキの立像。
驚き呆れやがて恵心した。僕はタヌキに化かされたのだと。ならばと非礼を詫び旅の無事を祈って神社を後にしたら、無事フェリーに乗ることができたという、口にするだけならば簡単な話である。
「なるほどなるほど。芝右衛門殿の系譜の方にご縁あったわけですな」
社長さんは真面目に受け取ったらしい。
「ええ。しばうえもんさんでしたっけ? 由来を見ると淡路島から大阪に芝居見物に来たタヌキさんを祀っていたらしいのですが当時の僕の知識にはなかったので、変な夢ではないはずです。ただ、この話をすると皆が馬鹿にするので最近誰にも話していませんでした」
その神社はいくらインターネットを探しても見つけられず、存在しているのか、日々に追われる僕には確かめようもない。
僕はしがない会社員だ。友人のシングルマザーが週末に精一杯のおしゃれをして子供を母親に預けてから、森珈琲に行くように、僕と彼女が人と違うことはこうやって精一杯カッコをつけ週末の午後を市内有数の高級ホテル等で過ごすことくらい。
もちろん宿泊やランチなど薄給の僕らにできるはずがない。僕らは珈琲を一杯だけ隣に座った人に奢って彼ら彼女らから何か話を10分ほど聞くことにしている。
これは彼女から聞いた『遊び』だ。この日に出会ったのがこの社長さんだった。
もっとも、何の社長さんかはよくわからない。
彼の生業が染物屋で本当に狸ならば金長狸合戦の当時者かもしれない。
かの合戦に参加したか否かを冗談めかしつつ伺ったところ。
「いえ、金長狸合戦のときは生まれておりません。でも、そう忘れもしない1945年です。
空襲で何もかも焼けましてね。今の若い方にはわからんでしょうな。煙で紫色に染まった太陽を」
彼の見た目は50過ぎにも見えない。にも拘らずなかなかリアリティのある放言である。
「当時の私は中央公園の近くに居を構えておりました。
でもあなた。酷いものでしたよ。
私も逃げ道がなくて池に飛び込みました」
人間の世界なんて狸には関係ない。
その日までの認識を彼は改めたらしい。
「人間が勝手に戦争などで好き放題すると狸も迷惑します。
これは人間の変なところですが、安全なところで古い者や放っておけばすぐ死ぬ連中が権力を握り、未来ある子供たちが死ぬのを煽るのですよ。
私どもが狸の本分にかまけてほうっておいたら広島や長崎みたいになって、人間は自分たちのついでに狸まで滅ぼすでしょうな」
彼はそういって旨そうにコーヒーを啜るが、犬の仲間である狸が珈琲を呑んで良いのだろうか。
自らの熱弁に気づいた彼は『失礼』と述べてからマスクをつけ直して改めて話し出した。
「私、その時まだ若くて血気盛んでして、人間のみならず狸や獣や木々に危害を加える奴らに一矢報いてやろうとしたのですが。
いや、相手の神は強かったです。
従軍して負傷された御柱もいらしたらしいですが、せいぜい私ができたことは子ダヌキの頃遊ばせていただいた春日の社さんをお守りするくらいでした。
それでも灯篭は欠けてしまいましたが」
彼は啜ったコーヒーをしげしげと眺め、ドパドパと砂糖とガムシロップを入れミルクを加える。
そしてまた一口。
なんとも不味そうな顔をしつつ続けてくれる。
「問題はそのあとです。狸の食い物すらないのに、人間を嫌いになれなかった私は食べものを人間の子供に配ったりしていました。
まあ、饅頭にする馬糞もありませんから、普通のはんごろしとかでしたけど」
思わず失笑する僕に彼は微笑み返す。
「ところで話は変わりますが、あなたはサンパウロをご存じですか」
「徳島県と友好関係にありますね。戦前戦後に移民が渡った縁らしいですが」
彼は「おや、よくご存じで」とほほ笑むと「娘の一人が戦後に花嫁として応募しまして、その縁で一度行ったことがあるのですが、阿波踊りのようで楽しくて。そういえば阿波踊りがコロナで中止になったのはつらかったです」とつづけてから、「そろそろ10分経ちますね」と結ぶ。
彼はその身体の中、唯一狸を思わせる特徴である腹をさすりつつ立ち上がる。
彼は中年になってなお精気あふれ、足取り軽い。
「そういうわけで、狸も人間も幸せにしたいので、今もなお私は会社をやっているのです。
人間のえらい人に任せているとろくなことがありません。
狸が生きる為には狸としての本分を全うするのみではなく、人間としても生き、えらくないといけないわけです。
幸い私はまだまだ長生きしますので狸と人間の二重生活を送っても問題ないわけです」
県内に住まうものならば誰もが知るだろうが、徳島県は綿や発光ダイオードや塩など狸が面白がりそうな産業の出荷額全国一位だ。
変わったところでは宗教用具も一位である。
「ご馳走様でした。私のような古狸の話は何かの参考になりましたか」
「はい、お恥ずかしながら何処までが本当でどこまでが嘘かわからないくらい、興味深く聞かせていただきました」
僕のこたえに彼はにこりと笑って「あなたは人間にしては正直でよろしい」とほめてくれた。
その様子に僕は既視感を得た。
幼いぼくに『正直に生きなさい』と教えてくれたのは誰だったろうか。両親? いや違う。
まだこちらに引っ越してきたばかりの頃、方言が上手く話せなくていじめられていたとき。
「わるい怪獣になってみんな踏み潰してやりたい」
その頃の僕はそう思っていたのだ。そうして嘘ばかりついて、悪質な悪戯ばかりしていた。
テレビのヒーローはいつも必ず勝つ。
そしてあいつらはヒーローごっこで僕を怪獣にしててひどく殴りつけ悪口を言う。
僕はいつも泣いていた。
誰もいなくなった公園でブランコを揺らして涙がおさまるまで空を見上げ、化学工場に勤める父を待っていた時、隣には常にあのおじさんがいた。
彼は僕によく効く薬と絆創膏をいつもくれた。
何も言わずに僕の辛さを聴いてくれていた。
「ところで、君は怪獣が好きと言ったね」
「うん。ヒーローはいじめっ子でしょ。あいつらはみんなでぐるになって僕一人を虐める」
そのおじさんはそうかそうかと僕を認めてくれていた。
「でもね。おじさんはヒーローなんだ。
怪獣と同じくらい、好きになってくれないかな」
「うっそだぁ。それなら今すぐ大きくなってみせてよ」
あれは夢だったと思う。夜でも昼でもない。
赤と黒と黄色と青と星と太陽の狭間に。
雲を突き抜けてほほ笑む銀色の巨人がいたことを。
巨人がいるのに、マンションで布団たたきを操るおじさんおばさんも、遊んでいる子供たちも、近くで岐路を急ぐ高校生のお姉さんたちも気にせずに通っていることを。
「ほら、私の手に乗りなさい」
その銀色の手に乗ると、徳島市が一望できた。
眉山に通じるロープウェイ。動物園のライオン。城跡。小鳴門橋。わちゃわちゃ動く人、電車、自動車。みんな忙しそうで、それなのにつまらなさそうな人も汗かき一所懸命。
「悲しいことがあったら、だれかにそれを受け継がせないことが、反省で、勇気なのだと私は思う。暴力はそんなに重要じゃない」
巨人が呟く。
「君が望むなら、この人たちを皆叩き潰してあげよう。どうだい」
その日。僕は沈みゆく夕陽を背にして、彼に誓ったのだ。正直に、自分の悲しみを自ら断つべく生きる事を。
「そんな壮大な目標は良くない。ふだんできることでいいんだ」
僕がいくら辛いからって無関係な人たちにひどい目に遭ってほしいなんて思わない事。
普段できることこそ、継続することは難しいのだと彼はいった。
だから、完璧を求めず、他人に強要せず、少しだけ掃除して次の日にさらに掃除するようなことでいいのだと。
何もしないより、誰かがしてくれたことを無駄なことをしてと怒って苛立つようなことをしないこと。のんびり寝て生きてなにかしてを繰り返していけるようにすればいいだけだと。
僕は、その日、あのヒーローに誓ったのだ。
「ぼくのほうが色々教えていただきました」
「縁があったら、また」
カフェコーナーから去って行こうとする社長を見送りつつぼくは独り言ちた。
「どうせなら、珈琲じゃなくて松葉のサイダーがよかったかもしれませんね」
僕の失言に彼は『おやッ』と楽しそうな笑みを向ける。
「子供の頃のヒーローさんにお礼をしていませんでしたね。えっと松葉の根元の苦いのを取り除いて砂糖水につけると発酵してサイダーになるのです。
さらに発酵するとお酒になります。葉っぱに縁ある狸にはおすすめです」
「ヒーローさん? よくわからないことにしておきましょう。
そしてそれは良いですね。今度試してみましょうよ」
彼が茶目っ気たっぷりにほほ笑むと。
『ポン』
不思議な太鼓の音がした。
気づくと僕は地元石井の居酒屋にいた。
どうやら呑んだくれて夢を見ていたらしい。
大将が暖簾を仕舞い、無言で勘定を促してくる。
僕は愛想笑いを浮かべて勘定を払おうとして、自らの財布にたくさんの木の葉が入っている事に気付いた。へんなの。
「お客さん。ラストオーダー入りました」
「暖簾を仕舞うってことは帰れってことでは」
大将はにこりと笑って言う。
「いえいえ。こちら自家製でサービスですわ」
彼は松葉酒を入れてくれた。
心なしか、大将が夢の中の社長さんに似ている。
僕は松葉の酒を煽って、また夢の中に。
目が覚めると見知った子供の顔。そうだ。僕はあの知人の女の子と結婚したのだ。
彼女の息子はぼくによくなついてくれた。
そして彼はもうすぐお兄ちゃんになる。
「また、社長さんから例の松葉のサイダーが届いたわよ」
彼女はそういってほほ笑む。僕も微笑んだ。
マンションのベランダに出て、子供用プールに水を入れ、脚を冷やしつつ冷たい松葉のサイダーを煽る。
子供がホースで悪戯してくるので一緒になって水の掛け合いを始める。
あの記憶の中の居酒屋やホテルは、いつぞやの神社ともどもどこを探してもいまだ見つかっていない。
この幸せも喜びも、時々訪れる苦さも、それはきっとぼくらと、ちょっぴりもしかしたらのタヌキのせい。
(了)




