おれ、生まれ変わりの記憶なんてありませんよ?
竜をブチのめしただの、王子に求婚されただの、田舎を飛び出して3年。ワケのわからん噂の絶えない姉がやってきたのは他国では三月と呼ばれる花水木になって間もない頃だった。
『帰れ』
「なんでよー!」
お前のせいで領主様は肩身の狭い思いをなさっているのだ。ああアナスタシアさま愛たわしや。
そのアナスタシア様だが、おれの隣で畑を耕す羽目になっている。
王子に婚約破棄され、修道院に向かう途中暗殺者に狙われ幼馴染であるおれん家に駆け込んで来たのだ。
王子と婚約して中央に行ったはずの幼馴染が帰ってきたのだ。
そりゃもうめちゃくちゃビビった。
なお暗殺者どもは親父がボコった。
おれもうしろからこっそり鋤の柄でぶん殴って援護した。
いまではうちで皆働いている。
「だいたいどうしてあなたがここにきたわけ?」
アナスタシア様、めっちゃキレてる。
仕方ない。諸悪の元凶はこの姉である。
不甲斐ない陪臣家で申し訳ありません。
「お願いミッキー! わたしの家来になってー!」
「死ね」
「ミチ、お帰りはあちらですわ」
姉の涙腺が決壊したのは間もなくである。
『あなすたしあ様もミッキーもひどぉいいぃいぃ!?』
この日記はちーと?だの前世記憶だのを口に出す電波な姉と、銭勘定しか趣味のない農民のおれと、姉のせいで追放されちゃったアナスタシア様に関わることが主になる。
なお、デンパなる妄言は姉語録参照だ。この語録が異世界渡りだのを否定する正義神殿に渡ったら姉は滅せられるだろう。
姉が三年前、村を襲った餓鬼族の群れに突っ込んでいってその勢いのまま冒険者になり、よくわからないうちに貴族様の養女となってかつての主君の娘から王子を奪った悪評はこのド辺境の開拓村にまで伝わっており。
「帰れバカ姉」
「バカっていうやつがバカなんだー!」
おれはため息をついて呟く。
「しちしち」「よんじゅうなな! おしえてあげたよね!」
それ、ちゃんと石並べて確認してめっちゃ恥ずかしかったぞ。12まで騙しやがって。
まあ、姉が算術など学問に詳しいの『だけ』は間違いない。
おかげておれはいま村長さまの補佐を務めることができている。
アナスタシア様とこのまま一緒に過ごせたら……いやいやおれには畏れ多いことだ。姉の不始末を詫びつつこうして日々の糧を得るだけでおれは幸せである。
「アンナ姉さん。帰ろう」
なお、今アナスタシア様はおれの姉ということになっており、村では姉は黒歴史扱いである。
なんせ畑仕事は手伝わない、貴重な薪を浪費する、サウナ風呂から全裸で飛び出して川を沸騰させる、泥水なんて飲みたくないと井戸を枯らすなどなどの悪事を繰り返し村を追われたのだから仕方ない。
「村を救ったのにー!」
お引き取りください兵士さんたちこちらです。
姉は餓鬼族と一緒に我が村唯一の輸出品である餓鬼茸を山ごと焼いたのだ。翌朝クレーターができていてマジビビった。
なんか姉曰く、キノコの類の本体は山全体となっていることがあるらしい。
王族に献上する珍味を失った村はただのド辺境になった。
「お願いミッキー、家来になって!」
「やだ」
「隙間風が身に沁みますわ。ミキ」
窓の外からまだ何か言っているが無視を決め込む俺たち。
「えーん。ひっく……ひどいよぉ……」
泣き声が聞こえるが無視である。
アナスタシア様がカップをちょっとカタカタさせて心配そうにされていらっしゃるが、この方はド悪人顔なのにとてもお人好しなのだ。
幼馴染故の過大な温情を仇で返したのは全て姉の不始末なので寒風に晒しておくしかない。
「じゃ、いちねん! にねんでいいから家来になって!」
なんか冬の風の音がするなあ。季節の上ではもうすぐ春だけど。
「わたしのけっこんしきの間だけ列席しておねがい!」
アナスタシア様が別の意味でカップを震わせている。
目を細めニコニコ引き攣った笑いをしているが、その結婚式はアナスタシア様のもと許嫁と姉の結婚式である。
姉のおバカは計り知れない。ちなみに姉はバカなだけでなく超ポジティブでもある。
よってアナスタシア様の葛藤を理解できない。
何故王族として貢献するための諸教育に耐えた方が鍬をふるう羽目になっているのか。適材適所を王族どもは考えるべきだ。この国滅んだな。
姉には郎党となる血族がいない。
彼女が後ろ盾としてきた養父母の傀儡となっていることに気づいた時は既に遅く、いつバカ王子共々『病死』になるかわかったものじゃないことにやっと最近気づいたとのことだが、おれたちを巻き込まないで欲しい。
「ミキ」
「はい、アナ姉さん」
「……行ってあげなさい。姉の結婚式には違いないわ」
日頃の野良作業を感じさせない蒼白さに輪をかけて、震え声でおれを気遣ってくださるアナスタシア様におれは何も言えなくなってしまう。
「では、結婚式では大司教のハゲのヒゲを抜いて」
「しなくていいわ」
「王のカツラを引っ剥がして」
「やめて」
「では爆破して差し上げ」
「普通に祝福してあげて」
誰にも祝福されずに結婚式を挙げるのは悲しすぎるとアナスタシア様。
親父は是非にと言いかけたので靴を踏んでおいた。陪臣として反省が足りない。
姉は相変わらず馬に乗れないようだが、村長様に鍛えられた俺は乗れる。
姉がずるずる引っ張ってきた年寄り馬に跨ったおれは彼女の結婚式のため、王都に向かう事となったのだ。
帰路の中、お家騒動に山賊騒ぎにと余計なことに首を突っ込む姉にはそんなに首を突っ込みたいならと縄をかけておく。
春の風、花の香り、弾む心。
いささか揺れるおれの胸元をガン見して睨む姉を無視しておれは貫頭衣から伸びた長い太腿を手ずから擦る。姉がよだれを垂らして近づくので木靴で蹴っておく。あ、鳥肌立った。姉キモい。
アクセサリを買う必要もあるだろうし、ドレスを買う必要もある。ああこのお金で村にもう一つ井戸を掘りたい。
この後、懲りずに今度は姉を捨てて結婚したいとおれに求婚してきたバカ王子に慣れないヒールで蹴りを入れることになったことはアナスタシア様への土産話となる。




