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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第二部 ティラミス編 - 第四章 暗闇に零れる白砂

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第四十七話 ジュエルソウル

 ひと休みを終えた後、冷たい空気が肌を刺す地下迷宮の奥地へと足を踏み入れる。

 そこは闇と瘴気が支配する空間。壁一面には、鉱脈の残骸(ザンガイ)が不気味に輝き、かつての栄光の名残をわずかに伝えていた。しかし、今やその輝きは魔物の巣窟(ソウクツ)に覆われ、薄暗い輝きの中に潜む影がこちらをじっと伺っているようだ。

 足を進めるごとに重くなる空気。その中で、冷静を保とうと努める私の耳には、遠くから聞こえる低い唸り声(ウナリゴエ)が微かに響いてくる。


 この地下迷宮はかつて、自然の鉱脈を求めたドワーフ達が切り拓いたものだ。その手作業の痕跡が、壁に刻まれた精緻(セイチ)な彫刻や手彫りのトンネルの形状から読み取れる。しかし、その歴史的な美しさも、今ではこの瘴気に蝕まれ、ゆっくりと崩れ去ろうとしている。

 けれど、今はそんなことどうでもいい。重要なのは、この場所が私達の目的地に繋がっているという事実のみ。


 魔導通信機で確認した『ジュエルソウル』の反応は、私達のすぐ近くで密集している。数にしておよそ五十体。――十分すぎる脅威(キョウイ)だ。だけど、私達の戦力をもってすれば対処可能……、油断さえしなければ。


「間もなくジュエルソウルの出現場所に到達する。作戦は道中で話した通りだ。各自、慎重に行動を」


 ルインの静かな声が響いた。その無駄のない言葉には確かな自信があり、場の緊張感を僅かに和らげる力がある。

 全員が小さく頷き、準備を整える。私も、愛鎌『月華夢幻(ゲッカムゲン)』を握る手にじんわりと汗が(ニジ)むのを感じた。


 ジュエルソウルの対処は難しくない。とはいえ、注意を怠ればジュエルソウルが発する瘴気が広がり、周囲の魔物が活性化する危険がある。瘴気を封じ込める為に、戦闘は迅速かつ的確に行うことが必要。

 私も、アリヴィアやミスティアも戦力には自信があるけれど、気を抜いてはいけない。


「作戦の確認! ニアが支援魔法でララちゃんの魔力を増幅、その後、ララちゃんの『腐食』を私の『同化魔法』で隠してフロア全体に広げて一気に敵を殲滅(センメツ)。全員、ジュエルソウルとの距離を保ちながら気配を消すこと。ね、簡単でしょ?」


 お姉ちゃんがいつも通り軽快な口調で場を仕切る。その明るさが緊張した空気をほんの少し和らげ、私達を落ち着かせた。


 彼女の言葉に全員が頷く。それでも、私の心の中には拭えない不安がわだかまっていた。この場所に漂う瘴気のせい、それとも()()()()()()()を警戒してか――。


「メルト、ラクラス、ニアは、メルトの言った通りに動いて欲しい。ミスティアには、これを……」


 そう言ってルインが小さな棘状(トゲジョウ)の魔道具を妹に差し出す。


「腐食がジュエルソウルに掛かる寸前、一番手前のジュエルソウルの核に打ち込んで欲しい。万が一、瘴気が発生した場合はアリヴィアとメルトで封じ込める。以上だ」


 ルインの言葉に全員が頷く。私もその場の空気を感じ取りながら、内心ではただ冷静に状況を分析していた。




 ――戦いはアリヴィアの剣閃とともに幕を開けた。


 鋭い金属音が地下迷宮に響き渡る。アリヴィアの剣がジュエルソウルの外殻に深々と突き刺さり、硬い宝石が砕け散る。その破片が床に転がると、まるで警告するかのように、ジュエルソウルが一斉に輝きを強めた。


 光と瘴気が混ざり合い、視界が歪む。重い空気が肺を圧迫する中、ミスティアが魔道具を高く掲げ、刹那の動きで核を貫く。


「ニア、ララちゃん今!」


 お姉ちゃんの叫び声に応えるように、ニアの支援魔法が私の体を包む。魔力が増幅され、私の身体を巡る魔力の流れが活性化する。


 私は深く息を吸い、魔力を解き放った。『腐食』の魔法が床を黒く染め、壁に走り、天井を侵食していく。同化魔法に隠されたその力は敵を一つひとつ呑み込み、全てのジュエルソウルは静かに光彩を残して霧のように消えていった。その儚い光景はとても美しいものだった。


 剣の音も、魔法の余波も既に消え去っていて、私に残ったのは胸を締めつけるような虚無感だけ。――何か大切なものでも失ったような感覚さえした。


 戦闘は短く、決着も呆気なかった。その事実を目の前に、私は虚しさの他に僅かな苛立ちさえ感じていた。

 かつてより宝石の守り手一族を苦しめてきたというジュエルソウルとの因縁があまりにも理不尽だと思ったからに他ならない。


 まるでそれは、(スク)った白砂が指先から零れ落ちて闇に呑まれていくようなもの。

 その場凌ぎで救った現実。その救いが零れ落ちてしまう前にまた対策を強いられてしまうという悪循環が未来永劫繰り返されていくのだから……。


 それでも、結果が出た以上、無駄な感情を挟むつもりはない。


「それで兄様、何か分かったの?」


 ミスティアがルインの顔を覗き込んで問いかける。相変わらず物理的な距離も近い。


「城に戻って調べた方が良さそうだ。目的の『真氷蒼石』も手に入ったことだし、早くここを去ろう。新たな問題に巻き込まれても良くないからね」


「まだ終わりじゃないみたい……だね」


 私は呟く。確かに、この奥にはまだ何かがいる気配がある。それを無視して迷宮を後にすることが、本当に正しい選択なのか今の時点では正直分からない。

 だけど、確実に言えることは、ルインが口にしたように『目的は達成した』という事実――。


「あたしの精霊の感もそう告げている。それに、この奥にはまだまだジュエルソウルに似た何かの反応を感じるぜ」


 ニアも珍しく的確な言葉を続けた。その言葉に、背筋がゾクッとする。 

 私の月の力にも微かな陰りを感じる。この私の予感が外れることは皆無……。


 ――嫌な予感がする。


「ニアにも分かるんだ。私が同化の魔法を使った時にこの奥地から膨大な数のジュエルソウルと同じような魔力を拾ったんだよ。ルイン、早急にこの場を離れよう」


 お姉ちゃんの言葉に、ルインが小さく頷いた。彼の判断は迅速で的確だ。


 ジュエルソウルの問題。その根はこの迷宮の深淵のように果てしなく広がっている。真の解決に至らない限り、この先も宝石の護り手一族を悩まし続けるに違いない。

 だとしても、今は一刻も早くこの場を立ち去ることが大事……。


「メルト、ジュエルソウルの魔力に似た魔力を風魔法でこの空間に作り出せるか?」


 ルインがお姉ちゃんに問いかける。


 すると、お姉ちゃんは得意げに平らに近い胸を張りながら嬉しそうに答えた。

 その可愛らしい仕草に、私の小さな胸の鼓動が早まったのも束の間、私の心を擽るお姉ちゃんの仕草はまだまだ続いていく。


「誰に言ってるの? この程度、私にとって造作もない!」

「念のため、この奥に潜む存在にこの場で起こったことを隠すための偽装だけしておきたい」

「任せておきなさい!」


 ルインと遣り取りするお姉ちゃんの自信に満ちた表情と可愛らしい仕草に、私は思わず微笑んでいた。

 

 冒険の途中だというのに、そんなことばかり考えている自分が、少し可笑しくも恥ずかしい。

 けれど、同時に、それが私にとって唯一の救いでもあるのだ。


 私が今こうしてすごしているお姉ちゃんとの冒険。その一つひとつが、私の心に深く刻まれている。

 例えば、道に迷った時、冗談を言いながら正しい道を見つけてくれたお姉ちゃんの頼もしさ。その時の安心感といったら、今でも胸が温かくなる。

 そして、私が不安で立ち止まった時、背中を押してくれた優しい言葉。その言葉がなければ、きっと私は一歩を踏み出せなかった。

 そうした思い出が、私にとって何よりの宝物なのだと、改めて心が弾んだ。


 私達は迷宮を後にし、新たな一歩を踏み出す。暗闇の向こうに何が待つかなど誰にも分からない。

 それでも、この仲間と共に進む限り恐れるものなんて何もない。


 ――進もう。そう、信じて……。


 私は心の中で小さく呟き、再び闇の中へと足を進めた。


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