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はじまり

 終息は想定よりも早かった。そりゃそうだ。プルク1番の脅威である人間社会への潜伏を防いだのだから。それに導いたのは、自身の無力を失態ととらえ対策を講じてきたPCPJの各位と、凛姫のおかげだった。


 恐らくプルク側としても揺さぶりの一環で別集落の人間を送り込んできたのだから、影響がないだろう。まだまだプルクとの戦いは続く。むしろ連日報道されているのは、この計画に加担した政治家がいたことだ。


「こっちでも論戦が続いてるんですがねえ。どこまで国民に公表するべきかって。んなもんすべて吐き出せよと言いたいところなんだけど、こんな時にも支持率の維持があ野党からの追及があと言って逃げ続けてほんと……全くこの国の政治家はとことん狂ってます。またこれから先も足を引っ張ることがあるかもしれませんが、なんとかサポートできるように尽力します」


 ここに様子見として顔を出していた湯川は、そんなことを言って頭を抱えていた。凛桜はその話を聞いて、自分は恵まれていたんだな、国会のようなクソみたいな人間性の集団もいるんだなと身に染みて痛感していた。


 そして数日後、凛姫はお世話になったPCPJへ挨拶をしていた。


「本当はこちらが感謝されるべきだ。ドローンの開発に建物透過の性質を付与したサンプル、どちらも君無しにはあり得なかった」

「そんなことはないよ。北里君。OGとして少し手助けしただけさ」


 そう言いつつ車椅子でドア付近まで歩く凛姫。お迎えで凛桜が来ていた。


「お姉ちゃん無理しちゃだめだよ」

「やあ案外バリアがあるもんだ。今度この段差をなくしていただこう」

「検討いたします」


 そう言いつつ東雲が段差部分を持ち上げてくれた。気づけば事務所に大勢の人間が集まっていた。その誰もがPCPJのメンバーだった。


「北里君、これは?」

「最後にメッセージを残して下さい、前所長の娘野口凛姫さん。あなたにあこがれる技術者がたくさんいますので、そう言った方々に向けてエールをお願い致します」

「そういうのは大体打ち合わせをするものだと聞き及んでいるが」

「時間と配慮が足りませんでした」


 北里は正直に謝罪した。まあここ数日マスコミ対応や総括などで常に目の下クマの状態だったから、仕方あるまい。凛姫は出入り口付近で止まって、くるりと反転した。眼前には10人以上の若者がこちらを見ていた。後ろには凛桜がいて、車椅子の持ち手を握り支えていた。


「え。えー、野口凛姫と言います。知っている人も知らない人もいると思いますが、最も皆さんにわかりやすく関係を言うならば、元PCPJ職員であり前PCPJの所長野口凛斗の娘ですね。まあ昔の話だから、すぐに忘れてもらっていいです。今はしがない身体障碍の持つ引きこもりですから」


 少しだけおどけてみた。真面目な話は苦手な性質だった。


「今回久しぶりにPCPJに戻ってきて、まあ驚きましたね。私が居たころと違って、みんな和気藹々と、それでもメリハリを持って仕事をしている。まるでここだけが、平和な国家のホワイト企業かのようでした。私の頃なんてパワハラモラハラが横行していたというのに」

「そんなことされた記憶はございませんねえ」


 ちょうどいいタイミングで古株の高峰技師長がツッコミを入れた。いや無茶な要求って意味でパワハラしてた気もするがなと凛姫は思ったが、笑いも起こったし訂正しないでおこうと思った。


「まあとにかく、OGとして言うことは何もありません。君達はこれまでで類を見ないほど素晴らしい組織になっています。それを自覚して業務に励んでいってほしいです。これから、我が国は地上への侵攻作戦を本格化させることになると思います。待っているのは壁ばかりで、もしかしたら挫けてしまうかもしれないが、健闘を祈っています。そして、君達の行動が、未来の日本を担っていることを、忘れないで。私も、また何か手を貸せることがあれば助力致します。なんなりと申し出てほしい」


 凛姫は頭を下げた。大したことは言えなかった。何故なら、今の方が素晴らしいのは事実で、アドバイスすることなんて一切ないのだから。その資格もないのだから。


 ただ、凛姫には1つだけ、口酸っぱく確認したいことがあった。


「ただ一点、これはOGとしてではなく、野口凛姫としてお願いがある。昨日、通達があったと思うが、Sakuraの件だ」


 背後の空気が一変したことは、凛姫もその背中で感じ取っていた。


「通達に書かれていた内容は衝撃的だったかと思いますが、間違いはありません。Sakuraは捕縛したプルクと人間の血肉を融合させて作られた人造プルクです。作り方は、もう親がなくなってしまって分かりはしないが、彼女がそんなルーツを持っていることは事実です。もしかしたらこの中で、まだ納得のいっていない者もいるかもしれません。この日本を救う象徴として祭り上げているSakuraが、本当はプルクだなんて」


 凛姫はすうっと息を吸った。


「でも、私はこの子のことを、妹だと思っている」


 カタンと、少し後ろで音がした気がした。


「だってそうじゃないか?私の両親が、己の魂をかけて産み出した命なんだ。これが家族じゃなくて、何が家族なんだい?この子は、私の両親が置いて行ってくれた希望だ。親は子へと望みを託す。ただその種族が違うだけだ。違うかい?もしもまだ吹っ切れない者、特に生前の両親のことをよく知っている者はそうかもしれないが、そう考えるといいかもしれない。この子は元職員の妹だ。少し戦闘能力の高い妹だ、と。まあつまり何が言いたいかというと……」


 ここで凛姫は頭を下げた。


「妹を、よろしくお願いいたします」


 と震える声で言った。凛姫の首筋には一筋の涙が垂れてきていた。こんなこと、わざわざ言わなくても何も変わらないかもしれない。でもどうしても言いたかったのだ。自慢の妹を紹介したかったのだ。それくらいのわがまま、許してほしいと、普段から我儘ばかりの凛姫は舌を出しつつ頭を下げていたのだった。








 この世界は荒廃している。


「ねえ、お姉ちゃん」

「どうした、妹よ」

「……ありがとう」


 この世界は戦場と化している。


「感謝されるようなことは何もしてはいないさ」

「ううん。とても嬉しかった」

「ならあれだな、芋けんぴで許してやろう」

「それいつものやつじゃん。こんな日にも芋けんぴなの?」


 この世界は非常な現実が襲ってくる。


「そういえば凛士は何をしているのだ?」

「本読んでるわよ。私と一緒で3歳にして中学生くらいの知識は身に着けたわね」

「相変らず早い学習能力じゃのう。ハーフでもそれか」

「このまま順調なら、学校にも通えるかもよ」

「本当か!!それはよかった」


 でもそんな世界に、凛姫は団欒を欲した。両親がその名の通り命と引き換えに産み出した妹と、どこにも行き場のなくなった天涯孤独な弟と、荒廃世界で家族になりたかった。そんな彼女の我儘が、今を創り出した。


「というか、この発光素材まだ若干残ってるんですけど。変な色してるから隠すの大変」

「また家でごしごししないとだな。よし、3人で風呂入りっこするか!!」

「えっ!!」

「よし後で凛士にも聞いてみよう!!」


 ドアを開けると凛士がいる。必死に話を切り出さないようにする凛桜がいる。そして、少し意地悪な笑顔を見せる凛姫がいる。


 無口な凛士(サムライ)

 爛漫な凛桜(チェリー)

 横暴な凛姫(クイーン)


 そんな3人の、少しだけ違う家族の物語。この荒廃した世界でも、まだまだこれから紡いでいく。それこそ、戦場で骨になってしまうその日まで、野口家のお話は続いていくのだ。

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