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真実

「北里さん、1つお聞きしてもよろしいでしょうか」


 パソコンから一切目を離さないで、東雲は北里に尋ねた。


「なんだ?」

「教えていただきたい経歴の持った人がいまして」

「ほう」


 いつもは活気のあるPCPJだが、その時は現場対応や秘密兵器の導入準備などにより、東雲と北里の2人しかいなかった。凛姫や凛桜ですら、別の場所へ移動していた。2人だけで地下の様子をすべて見渡し、的確な指示を出していたのだ。


「凛桜ちゃんは、一体何者なんですか?」


 北里は答えに窮した。動揺しつつ眼鏡を押し上げた。


「それは今、聞かなければならないことか?」

「そうですね。今後の作戦上聞いておきたい。何故今回の作戦において、彼女を待機処分にしたのか」


 東雲の声に怒気がたまっていた。


「うちの最高戦力を国の存亡にかかわる有事で温存したのです。それ相応の理由が必要でしょう?そして実力は申し分なし、昔たまに問題になっていたメンタルコンディションも良好、ならば経歴が足を引っ張ったと思うのが妥当です」


 そう言いつつ東雲は的確に敵の足跡を自衛官に伝えていた。


「質問に答えないとどうなる?」

「納得がいかないと訴え続け、最終的にこの組織をやめることになるでしょう。例え、この騒ぎが円満に解決したとしても」

「そうか。それは困る。君にいなくなられては、業務が立ち行かなくなる」


 これは北里の口実作りだ。たとえどんなことを言われたとしても、このことを話す覚悟が彼にはあったのだ。


「散布の許可だけおろしていいか?」

「マーキングサンプルですか?」

「そうだ。野口君と技師長に連絡しておこうとね」

「わかりました。この作戦の肝です。止める権利も道理もありません」


 そう言いつつ東雲は軍隊にサンプルの散布を報告していた。そしてしばらく、戦況を見つめつつ北里の次の言葉を待っていた。


「東雲君は、ぎりぎり入れ替わりなんだな」


 呟くように北里は尋ねた。


「どなたとですか?」

「野口夫妻とだ」

「そうですね。野口夫妻が亡くなられたのが、ここに出入りするようになった丁度1か月前ですね。お噂はかねがねお聞きしています。夫妻揃って天才的なエンジニアであり、そしてこのPCPJを作った祖であると。更に……」

「そう、野口凛姫の両親だ」


 あえて野口凛桜の名前が出なかった。東雲もあえてそれについて突っ込まなかった。


「2人が死んだ理由について、知っているかい?」

「公式には研究中の不慮の事故となっていますね」


 東雲は公式、のところを強調していた。


「本当は、殺されたのだ」

「殺され、た?」

「殺人犯は、Sakura。ここでは野口凛桜と言った方がいいかもしれないね」


 北里は大きく息を吐いた。事の始まりから話をする覚悟を決めた。


「当時、まだ地下世界にいるプルクの掃討すら叶っていなかった我々は、いたちごっこのような状況だった。プルクを見つけては捕縛し、発見しては捕まえる。いつまでたっても地上に行く算段はつかず、しまいにプルク達は地下世界の侵略を放棄し、地上を完全掌握する方針に切り替えた」


「どん詰まりですね」

「袋小路だ。いつまで経っても地上に行けない。その中で、2つの意見でPCPJは割れた」

「地下生活を続けるか、地上への侵攻を試みるか、ってことですか?」

「官邸ではそうだったかもしれんな。いや今でもその議論をしてそうだ。PCPJ内では地上侵攻で全会一致だった。問題はその方法だ」

「方法……?」


「大幅な戦力向上による積極的な侵攻か、より精密な調査をもって敵の弱点を暴きつつ機を狙う消極的な侵攻か。PCPJでは連夜議論が交わされた。その際、前者を推し進めていたのが野口夫妻だ。2人は言っていたよ。たった1人、たった1人プルク並みの身体能力を持つ者がここにいたなら、この国抜群の訓練技術を組み合わせて銀河1の傭兵となれるだろう。あてはうちにある。この戦況を打破しようと。私や技師長はまだ基盤を固める時期だと反対していたけれども、最終的にはすり合わせて落ち着いた。その時に、もっと全力で止めておけばよかったんだがな」


「身体能力がプルク並みですか」

「そうだ。この地下世界にそんな人間、どこにいるのか。スカウトでもするのか。そんなことを思っていたんだが、まさか自分たちでそれを作り出すとは思っていなかった」


 外ではヘリの音が木霊し始めていた。


「Sakuraは、野口夫妻が創り出した人造怪物だ。とらえたプルクの身体要素を分解し、新たな命を渡したのが、彼女だ。つまり、野口凛桜は、人間じゃない」


 北里はコーヒーを啜った。それに合わせて東雲もカップに入れたお茶を飲んだ。


「実験は大成功だった。つぎはぎだらけの材料から、人造プルクを作り出すことに成功した。しかしその反動で、2人は命を落とした。人間とて、胎児の状態だとへその緒を通して栄養をもらい、そして十全に成長してから生まれてくる。じゃあプルクはどうする?簡単だ。目の前にあるたんぱく質の塊を食べた。それが、自分を作り出した人おやだとも知らないで。そうして、2人は死んだ。尊い犠牲だった、と今でも言えないのが歯がゆいところだ」


 話をしていたら技師長から返事が来ていた。北里は許可の号令を出した。


「もしかして、凛姫先輩が車いすに乗っているのも……」

「そうだ。別に昔から足腰が悪かったわけではない。昔は自分の足でこの辺りを闊歩しては我々に指示を出していたさ。彼女は食われていく両親を止めに入った。自分の身体を分け与え、さらなる被害を出さないように尽力した。その結果、今の車いす生活になった。あの時身体の脂肪分の大半を胎児プルクの成長に充てたから、こうなってしまったんだ」


 市井に放送が入った。放送が入る前から、虹色の粉が散布され始め、テレビ中継では大混乱が起こっていた。それをフォロ-するかのごとく、技師長の言葉が街に轟いた。


「えーPCPJ高峰です。ただいまプルクかどうかを補足するマーキングサンプルを、ドローンを使い散布しております。奇異な色をしておりますが、人間には害なく、皮膚に付着しても一切の健康被害はございません。ご了承ください。もしも発光された方など健康を害された方がおられましたら、PCPJまでお問い合わせください。以上、よろしくお願いいたします」


 もしも発光した場合、プルクだということは言わなかった。これが、うちが急遽用意したカードだ。人間とプルクの違いが認識できないのであれば、できるようにすればいい。今後戦況が悪化し、この街にプルクが入り込んでいた時にと技師長と北里で準備してきたものを、凛姫にチューニングしてもらった超高性能のドローンが運んでくれているのだ。


「ここまでくれば彼女にここで待機するよう指示したのもわかるだろう?」

「彼女は、凛桜ちゃんは、これに反応してしまうんですね」

「そうだ。だから待機してもらっている。……今でも少し、後悔をしているんだ」

「後悔?」


「そうだ。もしももう少し、自分たちに力があれば、2人は死を選ぶことなんてなかった。わかってはいたんだ。このまま消極的な手段を取ったとしても、いつになっても事態は好転しない。ゆっくり死を迎えるしかない。根本的な戦力増強なくして、かつての生活は戻ってこないことなんて」

「………」

「だからこれは、尊い犠牲なんかじゃない。無力の証だ。これまで言えていなかったことは謝る」


 そして北里は、許しを請うようにお願いをした。


「状況は、Sakuraのおかげで好転している。でもそれは、決して幸運の結果でも努力の結晶でもない。2人の優秀なエンジニアの命を犠牲に、1人の優秀なエンジニアの足を犠牲に、生み出された無能組織の象徴だ。だからこそ……」

「発光したもの、全力でとらえろ!!鼠一匹逃がすんじゃないぞ!!」


 そう叫んだのは東雲だった。そして東雲は北里の方を向いて、


「こういうことですよね?所長?」


 とにこやかに笑いかけた。東雲だって、覚悟はある。


「そ、そうだな」

「ありがとうございます。北里さん。でもできれば、この組織の人間にはそのこと、伝えておいた方がいいですよ。皆、覚悟してますもん。していない人間なんて、この組織にはいません。それに……」

「しのさん大変です!!!!」


 技師の1人が事務所に駆け込んできた。


「凛桜さんが居なくなりました!!!どこにも姿が見えません!!!」

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