返答
「もしもし、今何してる?」
PCPJの主なるメンバーがとてもデリケートな話をし始めたとみるや否や、凛桜はすっとその場を離れて、少し手持ち無沙汰になってしまっていた。いくら凛桜とて、その爛漫さの使いどころを見誤るほど空気の読めない女ではない。嘘つきを見破るライアーゲームに、凛桜の緊張感のない発言は神経を逆撫でさせてしまう可能性があった。だからこそ、入り口近くの電話使用可能スペースで1人、血のつながらない弟に電話をかけていたのだ。
「…………」
凛士は家に置いてきていた。凛姫もさすがに得体のしれない彼を国の防衛機密最前線のスペースへは連れて行かなかったのだ。仮にも元PCPJメンバーの姉と、現在防衛大学校の生徒である凛桜に比べて、凛士はここに入る正当性があまりにも欠けていた。
「ご飯はちゃんと食べた??部屋汚してたらだめだよ。本とか出しっぱなしだったら怒られるよ!!」
「…………」
色々と声をかけてみたものの、やはり返答はなかった。いつも通りと言えばいつも通りだが、少しくらい……
「大丈夫です。何も変わったことはありません。気にしていただいて誠にありがとうございます」
流暢な日本語が聞こえてきた。凛士の声を聞いたことがあったか記憶がなかったので、その声が凛士の物だったのか判断できなかった。
「い、いや別にいいんだ。晩御飯は何を食べた?」
「冷蔵庫に入ってあったサバを塩焼きにしました。昨日の残りのポテトサラダもいただきました。とてもおいしかったです。ありがとうございます」
こんなにも丁寧な言葉で話す男だっただろうか。というかこんな言葉使いだっただろうか。凛桜はひどく狼狽してしまった。
「そ、そうか。よかったね」
「はい」
しかし無口なのは変わらないようだ。情報共有かのように話を終わらせたかと思ったら、またすんと黙ってしまった。電話口に沈黙の均衡が続いた。凛桜も凛桜とて、そんなに話したいことはなかった。
「そっか、何か変わったことがあったらすぐ連絡してね。今日はお姉ちゃんも私も泊まりになっちゃうと思うから、家のことよろしくね」
本当に弟ができたかのような言動をしてしまった。凛桜も相当凛姫に毒されているようだった。
「わかりました。わざわざありがとうございます」
しかしその返答はとても弟とは思えないほど他人行儀だった。勿論仕方のないことなのだが。いきなり弟として扱える凛姫のフットワークこそおかしいのだ。
「……凛桜さん」
いきなり名前を呼ばれ、凛桜は背中を震わせてしまった。
「今、辛くないですか?」
その声は、彼の声は、少し震えていた。凛桜の背中と連動しているのかもしれない。
「つらい?まあ夜中まで残らなきゃいけないのはつらいねー。早く家に帰ってゴロゴロしたいなあ。でも私より、お姉ちゃんは今でも高峰さんと話してて、すごいなあって……」
「つらくないですか?」
そういうことを聞きたいんじゃない、誤魔化すな。そう言っているような口ぶりだったので、凛桜は頭を掻きつつ声のトーンを落として答えた。
「つらいなんて、私に言う権利はないから」
そう思いの丈を返したら、凛士も何も突っ込んでこなくなった。ありがとうございますと労われ、そのまま形式ばった会話をして電話を切った。凛桜はそのまま天を仰いだ。前髪を掻き上げながら大きく息を吐いた。早く寝ようと、凛桜はそう思った。そして多分、恐らくだけど、あの子は気付いてしまったんだと天を仰いだ。そうだ、つらいなんて言う権利はないのだ。
そして凛士は……
「こちら、タロースラボの位置特定。繰り返す、位置特定」
誰かと連絡を取り合っていたのだった。




