応答
通信が入った。実はこの世界に来てからずっと入っていた。でもそれを無視していた。凛士にとって、それは生きていく上で不要なものだった。すでに決別してしまっていた。そう認識することにしていたため、部屋に入ってから一向に鳴りやまないそれに舌打ちをしてしまった。
仕方なく応答することにした。何かしらの異常事態なのだろう。凛士にとっては彼らが異常事態に陥ろうとも、全壊になって再起不能になってしまっても、もはや頓着しなかった。ただ、この前のデパートみたいなことがあるのも癪だ。そう思った凛士は、通話こそ繋げたものの無音のまま、返事はしなかった。
「応答せよ」
と言われても凛士は何も言わなかった。何度もPCのスイッチを入れてみては、起動しないことを確認していた。
「話せない状況なのか」
どうやら向こう側が都合よく解釈してくれたようだ。凛士は誰もいなくなった野口家で物色しているだけだというのに。
「仕方ない。はぐれてしまったお前にかける言葉は空虚かもしれないが、耳にだけでも入れてくれ。Xデーが明日になった」
物色していた手が止まった。凛士は呆然と立ち尽くした。何をすればいい??自分はどう動けばいい??混乱が押し寄せて視点がぶれてしまった。
「お偉いさんからの依頼事項だ。なんせ明日でないと期限が来てしまうんだと懇願されたらしい。またテロ地点も一部変更された。人造怪物の住処タロースラボがリークされたことにより、そこにも攻勢が入る計画で進んでいる。あの怪物には我々も幾度となく苦戦を強いれらている。あんなものが2体3体と量産されてみろ。我々の負けは明白だ」
再度手が止まった。背筋の凍る音がした。一気に室内が氷点下まで落ちたかのような気がした。錯覚だとはわかっているのに、本当にそうなった気がして血流が急激に鈍化した。タロース、それはプルク内での呼び名だ。この地下国家では国を代表する花の銘柄で親しまれているが、敵側である我々には神話上の人造怪物に擬えそう呼ばれていたのだ。それも、憎き対象として。
「今回の作戦でタロースを倒せるとは全く思っていない。目標はあくまで、あれを生み出した装置の破壊を明白にすることだ。まあ、安心しろ。大事なのは昔に戻すことだ。うまくいけば、地上のリプレイが地下でも起こる。隣人や家族すら信じられない世界がリフレインする。そうなればもう、地下国家大和はプルクの手に落ちるだろう。無論、そうなった時に我々は生きていないんだろうけれどもな」
久しぶりに話すからだろうか。話が長くなっていた。だからと言って凛士に感傷なんてものはなかった。あったのは、これからどうしようという焦燥だけだった。
「我々の人生は、おそらく明日で終わってしまうのだろう。少なくとも私の人生は、明日がタイムリミットだ。生き残れる確率は途方もなく低くて、プルク発展の礎として屍になってしまうのだろう。もしも君が、何かの手違いでこれからも生きていけるような状況にいるのであれば……そうだな。もしもこの戦いが終わって、地下国家が墜ち平和になった時にでも、少し私達のことを思い返してほしい」
急に悲壮感のこもった声を聞いてしまい、更に凛士は混乱してしまった。どうすればいいのだろうか。遂に、目を背けてきた現実がこちらへやってきてしまったのだ。そうなってしまった原因は、無論凛士にあるのだが。
「長話を申し訳ない。健闘を祈る」
そう言って通信は切れた。凛士は調査をさっさと切り上げて部屋を出た。そしてそのまま、ふらふらとリビングへ帰っていったのだった。ソファに座っても、頭の回転だけはずっと止まらなかった。




