超人
「想像通りだね」
そう言って凛姫はすすっとコーヒーを啜った。先程北里に無理を言って淹れてもらったものだが、流石こだわりがあるだけあってうまいと思った。
「そのコーヒーの味がですか?」
「技師長は冗談もうまいんですね」
「慣れないことをしました」
「いえいえ、わざと思わせぶった私に責があります。この検査結果を見てください」
凛姫はディスプレイを指差した。
「プルフィロソルニチンの空間移動実績はこんなにも精度が低いんですね。まあ想像通りと言われればそうですが」
「23.7%、これまでの実験結果と大差ありませんね」
照本は最新型のごついパソコンから視線を切らずにそう答えた。因みにプルフィロソルニチンとは先程話題に出たプルクの汗成分のことだ。
「もう少し論の補強をしておきますか」
「プルク固有の成分としてはあと5種類ありますが、それの転移実績も纏めますか?」
「おねがいします、技師長」
「わかりました。照本君……」
「はい!すでにプルクロンセルニチンの同定を始めています。他の課員にも伝えてきます。大凡3時間ほどお待ちください」
そう言って照本は風のように作業場へと向かっていった。脱いでいた作業着を再度身に着けつつ、自らも前線で評価を行うつもりなのだ。
「3時間あれば明日には間に合いますね」
技師長はそう言ってふうと一息入れた。
「わからないものをはっきり言っていくという方針で、PCPJはよかったんですかね?私はそう思いましたが……」
「まあ責任者の許可は取りましたし、技師長の立場からしても特にかまいませんよ。というか原因の究明に多くのリソースを取られてしまいましたから、むしろありがたかったです」
「国民も知りたいのは原因より対策だよ。これは一市民としての意見だけどね。幸いにも人的被害が出ていないのなら、これをいい教訓として改善してほしい。ただそのためにも事実の構築が必要だ」
「本当に彼らは空間移動に適した能力を低確率でしか扱えないのか。ってことですね」
ここで凛姫は、自分が敬語を忘れて話していたことに気付いて、さっと頭を下げた。それを高峰はきょとんとした顔で応えていた。
「駄目ですね。久しぶりに外へ出ると、どうも対人関係の言葉使いを忘れてしまっています。失礼を働いてしまうこともあるかもしれませんがご容赦ください」
「別に気になりませんよ。昔の凛姫さんの方がよっぽど荒々しかったですし」
昔、というとまだこの組織にいたころだろうか。凛姫は過去の自身の行動を思い返して……いや特に思い出すことはなかった。
「流石に敬語は守っていましたよね?」
「守ってましたよ。同定評価は1物質10分でやれとか言ってましたけど」
「当時はまだ若かったですから。時間がない時ほど確実に事実をつかむ方が大事だと学習したのは、つい最近の話です。急がば回れとは、昔の人はよく言ったもの」
「その意見には大いに賛成です。不確実な情報は組織の混乱につながる。内部から崩壊する恐ろしさは、いやというほど体感しておりますので」
高峰がまだ若かった頃は、まだ一般社会にプルクが紛れ込んでいた。小学生の頃などその全盛期で、家に引きこもる国民が後を絶たなかった。そうした経験に裏打ちされた言葉であろう。凛姫は自身の若さを恥じつつも、ふと評価チームに目を移した。
「私も手伝いましょうか?身体はこんなになってしまいましたが、手先指先ならまだ自由に操作できますし」
「いいえ申し訳ですし、部屋に入ったら怒られるんですよ。『私達下っ端が動きますので、技師長は分析をお願いします』って」
「よくできた部下じゃないですか。上司冥利に尽きますね」
「だからこそ不安になるんですよ。私はその辺の技術者です。名探偵でもスーパーマンでもないですし、出てきたデータに100%正しい判断を下せる能力なんてない。それでも、失敗は許されないのですから」
ふううと息をついた高峰は、そのまま緑茶をひと飲みしてパソコンを凝視し始めた。
「スーパーマンなんて、この世界のどこにもいませんよ。もしも居たら、我々は今頃地上に居ますしね」
凛姫はそう言って、少し戯けた。いやしかし、世間の人達は彼女のことをスーパーマンだと思っているだろう。英雄であり希望であり、何よりも依存しているのだろう。もしも本当のことを知ったら……凛姫はそう思えば身体の震えが止まらなかった。その正体を知っているからこそ、高峰は彼女のことを話題にあげずパソコンを凝視しているのだ。
「お姉ちゃんーーー!!!!」
後ろからスーパーマンの声がした。高峰はあえて振り返らなかった。凛姫はしっかりと振り返って、妹に視線を送った。
「こら!技術室で大声を出すな!!」
「芋けんぴ買ってきたよ!!食べる??」
「おうよくできた妹よ。君は最高の家族だ」
「芋けんぴ1つでそこまで言うの……もしも北里が持ってきてたらなんて言ってたの?」
「当然の報酬だ馬鹿め」
「どうして毎度毎度ひどい扱いなんだね君たちは!!!」
あははと笑う凛桜は、本当にただの女子高生みたいで……だからこそ凛姫は、彼女を何でもできるスーパースターだとは思わないようにした。もしかしたら凛桜は、そんな生き方を少し望んでいるのかもしれない。でもそれは、彼女にとってただただ辛いだけだ。その確信が凛姫にはあったからこそ、
「さて技師長、結果を待ちましょうか」
と言って高峰のフォローをしたのだった。




