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パンドラ

 その部屋には1度も足を踏み入れたことがなかった。


 キッチンから風呂場へと進む途中に、開かずの間のような部屋があった。なぜこんなところにあるのかは分からなかったが、少なくとも2人とも使用しているような素振りはなかった。むしろ2人とも、そんな部屋など認識しておらず、あたかもないかのような錯覚をしながら暮らしているような様子だった。


 それが凛士には不思議で仕方なかった。でもそれでもこの日まで、触れないようにして過ごしてきた。本当は、なんとなくわかっていたオチなのかもしれない。地球人とは違う観点が、それをもたらしたのだろう。この家の抱える歪な地割れを、凛士は直感で理解していたのだ。


 ドアノブをまわしてみたら、案外とすんなり部屋に入れた。鍵などはかけていないようだ。どうしても見られたくないものはないのか、新しい来客者がいないからなのかは不明だった。


 部屋の中は埃がひどくて、とてもまめに掃除をしているとは思えなかった。この家は凛桜がてきぱきと動いていたからか、家の中は比較的掃除が行き届いていた。だから片付けができなかったからではなく、しようとすらしなかったのだろう。もしも本当に意識の外へ飛んでしまっているのなら仕方ないが。


 凛士は色んなものが床に散乱して埃をまとっているその部屋に入って、部屋の内装を確認した。足元数10センチには、こびりついた赤色の血がしみ込んでいた。もう乾いていることは見た上で承知のことだったが、凛士はあえて血痕を跨いで部屋に入っていった。


 いわゆるラボ的な立ち位置だったのだろう。よくわからない機械が大量に置かれていた。理路整然とは真反対なカオス状態だった。もうこの時点で諦めそうになったものの、せっかく2人がどこかの省庁でプルクに対し毅然とした態度をとっているところだからと思うと、まだまだ諦めるには早すぎる、と思った。


 好奇心が殺すのは猫にとどまらない。知ってはいたが脚は止められなかった。奥にどんどんと進んでいった凛士は、ついにその部屋の真実にたどり着いてしまった。


 血痕がこびりついていた。それがとある用紙をべっとりと黒塗りしていた。


 部屋の中央に置かれたパソコンが壊れてしまっていた。液晶が割れて、まるでパソコンの中から何かが現れてきたかのような惨状だった。

 壁にあったであろう本が全て床に散乱していた。そこには英語の本が数多くあった。まだ英語は習っていなかったから、凛士は首を傾げつつ端に追いやった。


 机の上には、ホッチキスで止められた書類が置かれたままだった。そこにはこう書いてあったのだ。


 【Sakura仮製造Project 主命責任者 野口上級研究員】


 凛士はそれを見て確信した。そしてこう呟いたのだった。


「そっか。やはり……想像通りだ」

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