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国会

 湯川先生と、凛姫の親である野口凛斗(りんと)は、同じ大学で学び、初期PCPJで同じ釜の飯を食べた、いわば親友である。


 2人が若い頃はもうこの世界が終末論で満たされてしまっていた。PCPJは今なんか比べ物にならないほどの逆境にいた。ろくな設備もなければ、ろくな戦力もいない。当時はぽっとでの対策チームで、ほかの自衛隊各軍との連携も全く期待できず、作った当時の大臣すら国民へのパフォーマンスとしか考えていなかった。


 そんな時、PCPJの価値を向上させたのは、間違いなく野口凛斗と、後に彼の妻となる野口咲良さくらの2人だった。稀代のエンジニア、回路設計の天才だけでなく、自作で様々なプルクへの特攻武器を作成しては実戦投入し、数々の戦果を挙げてきた。最初期には無用の存在と軽く見られていたPCPJが、しがらみとか圧力とかしょうもない権力闘争とか様々なものに振り回されながらもここまで継続できたのは、偏に先駆者たちの功績だった。湯川は未だにそう思っていた。自分がしてきたことなんて、大したことじゃない。調整役がむいていたから今の東雲君のようなサポート役に徹し、そのままPCPJを外圧で潰さないよう政治家になっただけだと。


 2人を送り届けてから、湯川はふうと息を吐いた。話を聞いていたのは聞いていたのだが、いざ実際に野口の娘さんがあんな姿になっていると思うと、胸が締め付けられるようなそんな思いがした。湯川はその顛末を知っている。どうにもこうにもならなかったことも知っている。そして彼女らには無理をしてほしくないことも承知しているが、そもそもがマンパワーと一部の天才で成り立ってきた集団だ。頼らざるを得ないのだ。その不甲斐無さがいやでまた息を吐いた。


「今日は……えらくため息が多いですね」


 あまりにため息ばかり吐くので、ついに秘書からそういわれてしまった。湯川はもう薄くなりつつある後頭部を擦りつつ、辺りを見渡して盗聴器がないことを確認してから愚痴を吐いた。

「思うことがあってな」

「はい」

「あんな状態になった彼女たちに頼らざるを得ない我々の不甲斐なさが、無力なうえに足を引っ張る他の者とか、色々考えさせられてな」

「ご自愛ください」

 秘書も兼ねるドライバーの彼は非常に寡黙だ。そのまま省庁につくまで、ずっと聞き役に徹してくれた。久々に愚痴をこぼしつつ省庁に戻った湯川を待っていたのは、1ミリも役に立たない国会の答弁だった。


「プルクの侵入を許した!!!!!!これはいったいどういうことかわかっているのか???国民全員が大変な思いをしてこの地下に戻ってきたというのに、それを踏みにじるような政府の失態!!!これは責任問題である!!!!繰り返す!!!これはまさしく責任問題である!!!!」


 野党の議員が高らかに宣言し、一部の野党議員が手を叩いて賛同していた。責任なんてすべてが帰結し終息した時に追及すればいいのに、なんでこんな非常時に言われなければならないのだ。湯川は与党側の席に座りつつ、そんな苦言を心にしまっていた。


「そしてそれは総理!!!あなたが最も責任を取らなければならない。プルクの侵入をみすみす許した無能な自衛隊!!!!役に立たないPJPC!!!!その全ては総理大臣の任命責任である!!!!よって総理大臣の辞任を要求する。さあ」


 色々突っ込みたいところがあったが、まずPJPCではなくPCPJである。略語難しいのはわかるが覚えていただかないとムカッと来るのだ。


「じーにーん!!じーにーん!!じーにーん!!」


 まるで飲み屋の一気コールのような下品な罵声が響いた。何ならプラカードを持っている輩までいた。そんなものを作る暇があるのなら、与党がすくい切れていない民意を拾い上げる努力をしてほしい。こちらは目の前のことで精一杯なのだ。国が終わるかもしれない瀬戸際かもしれないのだ。


 こんな子供じみた場面に、湯川は幾度となく遭遇してきた。本当に情けない。野党など国民の代表などではない。国を玩具にして責任を追及し、足を引っ張る屑どもの集まりだ。無能な働き者という表現は嫌いだったが、悪意ある無能にはその表現もやむを得ないと湯川はこれまでの持論を覆さざるを得なかった。


 しかしながら、翻って与党がまともかと言ったらそんなわけではない。


「ぴっPCPJに関しては防衛省の大臣に一任しており、ここで私に答えることは何もないと存じております」


 責任逃れをする総理大臣。


「私もすべて湯川防衛副大臣に任せております。防衛副大臣の任命は慣例に反して総理自ら行ったので、私は今ここで答えるものは何もないかと」


 同じく責任逃れをする防衛大臣。湯川は3度とため息をついた。与党も与党で、問題を解決する気などさらさらないのだ。


「湯川防衛副大臣」


 もう少し、この世にもまともな政治家がいると思っていたんだけどな。湯川はそう心の中で思いつつ答弁の席に立った。


「プルク侵入の件につきましては根本的な原因を調査している最中でございます。国民の皆様には大変不安な思いをさせてしまっていることを重ねてお詫びいたしますが、憶測をここで話すわけにもいかないのでもう少しお時間を……」

「そうじゃなくて、責任をどうとるのかと聞いているんだ!!!!!!この問題は、すべて防衛副大臣に責任がある!!!!!そしてPCPJは責任を取って解体し、総理も責任を取って……」


 いや質問時間以外に質問すんなよ。なんてこと、顔にも声にも出さず心で消化した。それくらいできなければ、この新永田町で生きていくことはできないと、湯川は悟っていたのだ。


「責任を取れとおっしゃいましたが、では今調査して真実に迫っている情報すべて投げ出して解体することが本当に責任を取ることだと貴方はお思いでしょうか?それでは一体誰が、今回の件を調査するのですか?」

「我々の作ったプルク対策チームで行う。メンバーも民間人含めたプロフェッショナルを呼んで……」

「私達PCPJが抱えているのは対プルク用に特殊な勉強を施した技師やオペレーター、そして多数の重火器。そしてSakuraです。無論自衛隊との協力も……」

「無論Sakuraはこちらで運用させて頂く。この国に戦力がないのではなく、上の者が無能で馬鹿で阿呆しかいないからこうなっているのです。自明でしょう!!!」


 あーそういうことか。野党はSakuraを熱望している。人気取りには格好の餌なのだ。わかってはいたが、そう口にされてしまうとさすがに堪忍袋の緒が少しだけ切れてしまった。あの子の、あの子達の過去を知っているからこそ、少し語気が強くなってしまった。


「答弁が長くなってしまい申し訳ございませんが、質問者のお方はSakuraの出力に際し何が最も必要かご存じですか?」

「今はこちらが質問をしているのだ!!!責任を取るのかどうなのか……」

「答えはメンタルの平静です。あの子とて1人の女の子ですので、メンタルが落ち着かなければ成果も落ちます。情けないことに、我々は彼女の力なくして戦果を勝ち取れておりません。それはあなた方が陣頭指揮を執ったとて同じでございましょう。我々は彼女がフルの能力を発揮できるよう、多くの人員と技術をつぎ込んできました。それを実現できたのは、間違いなくPCPJの功績でございます。それらもすべてなくし、貴方方の言う対策チームによって無かったことにするのが責任だというのなら、むしろそれは無責任であると思っております。その時間的ロスを払うのは、彼女であり、我々であり、国民の皆様です」

「では……」

「思い上がりはよしていただけますか?私が担当しようとも、貴方が担当しようとも、カギは彼女とうちの優秀な技術者です。世界最高の頭脳と技術と戦力を持つ彼らと彼女に、持っている能力を最大限発揮できるような調整を、私はしてきたのみでございます。指示などしておりません。目的のみ共有した、それだけです。ただ、責任は取ります。すべてが終わった後に、責任を取るのがトップの仕事ですので」


 ここで湯川は息を継いだ。国会でこんなにも長く答弁したことなんて、彼の政治家人生で初めてだった。


「事態はできるだけ早く収束させ、根本的な原因と抜本的な対策とをつきとめ皆様に公表いたします。その上で、首を切る必要があるならどうぞたたっ切ってください。2度とこの街にプルクをいれないようにする。その目標のためできる限りのことをし、真実を追求し、その上で……この調整役に不適格であるという判断に至ったのであれば、総理の手で私を解任していただけますでしょうか?」


 今度は与党側から声援が飛んだ。いや声援を飛ばすくらいなら邪魔をしないでほしいと湯川は思ったが、それも口には出さないでおいた。


「時間になりましたので質疑を終了してくださ……」

「いやこれは詭弁である!!!!!!湯川防衛副大臣は無責任な口先野郎である!!!!!真っ先に辞任すべきである!!!!!!」


 質疑が終わったのに詰め寄る野党がいたせいで、この日は数時間単位で長引いてしまった。これが日本の国会の現状だと。湯川は嘆かわしく思った。

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