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代議士

 湯川防衛副大臣。政治家としてはまだ若手の部類に入るはずなのに、既に白髪で髪の毛は覆われ、声は枯れてしまい、肌は皴皴になっていた。しかしながら体型はやせ型であり、すらっと細く伸びた手足が特徴的だった。世間での評判は『何かこざかしいことを考えてそうなじじい』という、中々にひどい形容だった。この日、織部色に麹塵のチェックが入ったシックなスーツを上下にそろえ、柳煤竹の帽子を被って登場した彼の姿は、政治家という顔よりも好好爺としての印象の方が強かった。黒色一辺倒の面白みのないスーツなど、湯川は着ようとすら思わなかったのだ。


「お待たせいたしました、湯川防衛副大臣」


 凛姫は実に数年ぶりとなる外出で、車椅子に乗りつつも上下スーツの上から白衣を着ていた。サイズがあっておらず、今の身体よりも幾分ぶとくなっていた。


「待ってないよお嬢さん。また一段と顔色がよくなったね」

「そんなことありません。毎日毎日パソコンの前に座る生活。退屈なこともありますし、不便を感じることもあります」


 凛桜は後ろで椅子を持ちつつ、何言ってんだかと呆れ顔をしていた。あんなに悠々自適に暮らしておいて、という意味も込められていた。


「妹さんも、大きくなって」


 そう言われ、凛桜はぺこりと頭を下げた。湯川先生は北里と違って、そこまで疎外感を出してこなかった。


「本当は私の家で与太話も交えつつ昔の話をしたいところなんだが、どうにも情勢がそううまくはいかなくてね。すぐに手配した車に乗り込んでくれたまえ」


 あ、歩いていくわけではないのか。凛桜は念のために伊達メガネをかけいつもと髪型を変え、服装も紺のスラックスに白い襟付きシャツと地味な格好にしたというのに。湯川からしたら、いくら近くとも歩くという発想だけはなかったようだ。


 言われるがままに凛桜と凛姫はセキュリティドアをくぐり、マンション前に止まってあった車高の低い高級カーに乗り込んだ。水素自動車が普及した結果生まれた最新鋭の自家用車は、車椅子の人用にベルトコンベアが導入されていた。これの車輪を乗せると上に上に登って行ってくれるという算段だ。そして中は、かつてはやったリムジンのような広々とした空間が広がっていた。これなら車いすのままでも平気である。


「中広―い!すごーい!」


 凛桜は率直な感想を述べつつ、車椅子の姉を手で押していた。


「シートベルトはありますか?」

「そこにタイヤごとロックできるシステムがありますのでお使いください」


 凛姫の質問にドライバーが答えると、タイヤがガチッとチェーンロックされた。どういう原理なのか凛姫は聞きたくなったが、凛桜は車の内装に夢中で気づいていなかった。


「気に入ってくださったかな?」


 凛桜はうんうんと大きく頷いていた。こういった車に乗るのが、初めてだったのだ。一方で凛姫はすでに落ち着いて外の空気を味わっているようだった。


 アクセルが踏んで進んでいるのに、揺れも音も全くしなかった。内燃機関の車なんて死滅したのだから当然だが、それすら2人にとって新鮮だった。


「にしても」


 凛姫が口を開いた。対面に座った湯川先生はぴくりと反応した。


「今回の案件は、湯川先生直々のお願いということでよろしいのでしょうか?」

「まあ、PCPJは私の管轄下にある組織だから、彼らの要望は全て私の意志が入っていると思ってくれていい。今回もそう意味では彼ら側のアクションだ」


 えーという顔を見せた凛桜。それを見て湯川先生は少し頬を緩くした。


「まあそんな顔をするのも無理はない。年端のいかないお嬢さん達をこき使って……こき使わざるを得なくなっているのは、まさしく政府の失態であり、自分の失態だ」

「年端もいかないなんてそんなそんな、凛桜はそうですけど、私はもう死に体の骨皮ですよ」


 凛姫はそうやってほほほと笑った。嫌味を言ったのではない。本気で自分のことを死にかけの矮小な存在だと認識していたのだ。


「でも骸骨になったって、この国のためにできることはある。案件はもう大体察しておりますが、湯川先生のためならば誠心誠意尽くします」

「……本当に、申し訳ない。野口所長の娘さんたち」


 湯川はそう言って、紅茶を一口飲んだのだった。

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