怨恨
凛桜は、プルクを追いかけつつパワードスーツの優秀さを身にしみて感じていた。やはり出力の制度が段違いだったのだ。比較的に動きやすい服を着ていたものの、地面を蹴って空を浮遊する時間が明らかに落ちているし、そのスピードも遅れていた。恐らく今の方が、凛桜にとっては100パーセントの力なのだ。パワードスーツによって摩擦や空気抵抗を抑えつつ、動作の補助をしているのだろうが、やはり素晴らしい技術である。今度から文句ばかり言うのはやめようと、凛桜は反省したのだった。
しかしながら、決して追いつけないわけではない。もう既に、デパートから少し遠ざかっており、野口家に近づきつつあった。あの家に行かせるわけにはいかない。凛桜はつるされたバルーンから一気に跳躍した。そして階段もエレベーターも使わず上界へ逃げていこうとするプルクへ、全力の膝蹴りを繰り出した。
すこし肉のついた太ももを揺らしつつプルクのこめかみを叩いて飛ばした。プルクと人間の違いは明確だ。目が赤いか、否か。加えてその身体能力が異常なこと。他にも髪や血の色が通常の人間とは大きく外れた色素をしていることなども含まれる。今回のプルクは血の色が紫色だったから、太ももに紫色の液体が染みついた。まるで葡萄を食べそこなったかのようで、凛桜としてとても嫌だった。子供みたいだ。飯もろくに食べられないみたいな、そんな餓鬼んちょみたいだ。
プルクはそのままネオンの看板にぶつかって、ずるずると屋上へ飛来した。それで終わるほど、凛桜は甘くない。ビルの壁に着地したかと思ったらそのまま飛躍して、一息に高層ビル3つ分離れたプルクのいる看板下へ向かっていった。これも少しだけ飛距離が足りなく、途中小さいマンションを経由して到着した。
「質問はただの1つだ。どうやって入ってきた。どうやってこの世界にやってきた??言え!!!」
プルクはこの国の言葉が話せる。元々は私達の生活に入り込んでは内側から崩壊させんと試みていたのだから妥当である。だからこその問いだったのだが、そのプルクは黙りこくっていた。
「どこだって聞いてんだよ!!!どこか言えっつってんだよ!!なんだ??黙秘権か??んなもんお前らにあると思うな!!!」
口ではそう言っていたのに、真っ先につぶしたのが足なのは、彼女が非情になり切れない証拠だった。
「10秒以内に話せ。話さないと右足をもぐ。次の10秒で話さなかったら左足だ。時間がないの。それとも、何?」
プルクは大層怯えていた。それはまるで、凛桜が悪者のような顔をしていた。何が悪者だ?デパートの壁を崩壊させて、こちらの安寧を脅かしてきたのはお前らだろう?自分勝手なその態度に、凛桜は苛立ちを隠せなかった。
「なんか話せよ!!!!おら!!!!」
そしてそのまま、怒りのままに左足を踏みつぶしてしまった。こんな姿、誰の前でも見せられないだろう。可憐だなんだと持て囃されているはいるが、それは実情を知らない人間の戯言。そりゃそうだ。狂気がなければ、こんなの、普通の人間には耐えられない環境だ。
しかし紫色の血が飛び散って、その痛みからプルクがのたうち回り始めたあたりから、凛桜はある可能性に気付いてしまった。本当は最初から気付くべきだったのだが、その辺りの判断の甘さはまだまだ未熟の証左だった。
「もしかして、言葉が話せないの?」
いやそうじゃない。凛桜はそれ以上の最悪な状況を想起してしまった。
「いや、囮……」
そうだ。これが囮なら、もしもあのデパートにさらにプルクが押し寄せてきたのなら、その被害は……凛桜は一気に背筋が凍った。そして即座にその場を離れた。そうとなったら、こいつに構っている時間なんてない。そう思いつつ、凛桜は全速力でデパートへ戻っていったのだった。
その後、金色髪の少年が、片目を赤くしてビルを登って来た。手には刀を持っていた。その刀には、一滴も血がついていなかった。一心不乱に向かって言った証拠である。
プルクは少年に、何か言いたげだった。しかしながら先程から痛みによる絶叫で、もう声は枯れてでなくなっていた。それを理解したかのように、少年は刀を納めた。
「………………」
少年は黙っていた。黙ったまま死にゆくプルクを見ていた。プルクとて、大量出血をしたら死に至る。知っていたけれど、少年には助けるすべも助ける義理もなかった。
「…………今更命乞いしないでよ……」
ようやく少年は口を開いた。
「もう遅いけど、これでわかったでしょ?この世界はもう、崩壊しているんだ」
それだけ告げて、少年はビルから飛び降りた。そのまま地面に降り立って、何もなかったかのようにすたすたと歩き始めた。周りの好奇な目が痛かったが、既に目の赤みは消えていた。




