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名声

 デパートでは、パンツを選ぶ2人の姿があった。


「何?唐草模様は嫌なの?」

「…………」

「こっちの方がいいんだ。パンツは無地派なの……?」


 なんて会話を繰り出していた時である。話の内容がコアでニッチだとは思うが、その姿はまさに仲のいい姉弟そのものだった。


「にしても、詮索するようで悪いんだけどさ。あんたはどこのどいつなの?」


 凛桜も我ながらガサツな切り出し方だと思ったが、気が付いたらそう切り出していた。こうした爛漫さが、彼女最大の持ち味であり、大きな弱点である。


 凛士は少しだけ間を開けた。それは、彼の境遇から考えても妥当だったが、まだ凛桜はそれについて全く情報を得ていなかったから急かしてしまった。


「いや別に過去を洗いざらい話せってわけじゃないけど、どこで生まれたーとか、どこで育ったーとか、どうやってここに来たーとかは言えるでしょ?」


 凛士はうつろに視線を動かした。どこからどう見ても動揺しているようだった。


「もしかして、記憶喪失的な?」


 だとしたら納得いくな。凛桜はそう思ったが、凛士の態度を見る限りどうやらそうでもないようだった。ここで埒が明かないからと怒るのが普通の人間だ。


「………………」


 しかし凛桜は違う。

「まあ、いいよ。また話したくなったら話して……」


 違うのだが、全部台詞を言いきる前に天井が崩壊した。音もせず土煙が上から降ってきた。飛行船か何かが屋上に不時着したかのような地鳴りと地響きが木霊した。そして落ちてくる電灯に、周りの人間たちはパニックになった。


「なんだ!?!?!?!?!?」

「きゃああああ!!」

「おい、屋上に何かいるぞ!!!」


 人工の太陽に照らされて、人々が右往左往とする中で、眼前で崩壊を目撃した凛士と凛桜。2人とも即座に敵影の一部を把握していた。


「あれは、プルクだ!!!!!」


 誰かが叫んだ。その瞬間、凛桜はいてもいられなくなって飛び上がった。ここでプルクが現れたら、街が大パニックになってしまう。死んだプルクが落ちてきたのがついこの間だぞ?生きたプルクなんて、絶対に普通の人間に見せるわけにはいかない。だから凛桜は、即座にプルクの捕捉に入った。


 凛士は慌てふためき押し合いへし合いになっている群衆に巻き込まれていた。人の波の何度も飲まれ、思うように歩けなかった。その中で、ふととあるお店の前に立ち止まったのだった。それは、先程のお土産屋のお店だった。


「見ろよ!!!!」


 これもまた、誰かわからない男が叫んだ。


「あそこにいるの、もしかして……」


 プルク捕捉へ向かい、飛び出す直前の凛桜を見て、群衆は別の意味で押し合いを始めた。


「日本の誇る【Sakura】がきたぞー!!!!」

「Sakuraって…-野口凛桜!?!?まじで??サインもらわないと!!」

「あの子の戦っている姿とか、テレビを通してしか見たことないぜ」

「っていうか、なんで今までいるか気づかなかったんだよ!!」


 様々な声が飛び交っていた。因みに、この日の凛桜の格好を言っていなかったので描写しておこう。黒縁のサングラスに、胸の大きさを隠すさらしを巻きつつ、水色一色のパーカー。胸のところには『I love you』とオレンジ色ででかでかと書かれていて、鞄は最近小学生ではやりのキャラクターをかたどったリュックだ。それに太ももを最大限露出したローライズを履けば、もうどの方向に向いているかファッションセンスを疑う少女の出来上がりだ。それくらいしないと、凛桜は見つかってしまうのだ。


 しかし今は戦闘モードなので、サングラスと鞄は置いてきていた。当然購入した某も置きっぱなしで、フードを外して視界を良好にしていた。これならばもはや、パーカーと水色が好きな普通の女の子だ。


「Sakura?……」


 不意に呟いた凛士に、近くにいた40代くらいの淑女が答えてくれた。


「あら?坊や知らないの?あの人、野口凛桜さんって、Sakuraって言われているの。お人形さんみたいに可愛らしいのに、類い稀な身体能力と戦闘能力で、たった1人でプルクから私達を守っているのよ」

「その可憐さと懸命さから言われているのだよ。かつてこの国に、丁度この季節に咲き乱れていた花に準えた愛称でね。それはとてもきれいで、とても儚くて、それでもってどんなことがあったも毎年咲き誇る気高い存在だった。彼女の、崩壊してもなおこの国を照らす希望深く敬意を表して、Sakuraってね」


 近くにいたお高そうな服を着た紳士もそう付け足してきた。


「Sakura……」

「そう、Sakura。もしかして、坊ちゃんは外国の子?」

「……………」


 しばらく黙っていた凛士だったが、ふと口を開いたかと思ったら、その内容は紳士も淑女も全く想定していないものだった。


「SAMURAIは……SAMURAIはいない……??」


 いきなり何を言い出すのだろうと、淑女は思ったが、しかし相手は外国の子だと思っていたから怪訝な顔をすることなく答えた。


「SAMURAIねえ。確かに今ここで現れたなら、もしかしたらこの世界を救ってくれるかもしれないね」

「SAMURAIって……やっぱり強いの?」

「もちろんよ。ほんの200年前には、この国にもいたんだけどね」


 そうか。やっぱりそうなんだ。あの時聞いた話は間違いじゃなかったんだ。凛士はそれを聞いた瞬間に、背後にあるお土産屋の刀を手に取ったのだった。

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