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感覚

 凛士は和服を身にまといながら、満面の笑みで街を闊歩していた。彼に買ってあげた紺色の呉服は、彼の金髪によく映えていた。


「その場で着ちゃうなんて、よっぽど気に入っていたのね。全く、帯のない服があってよかったわ。最近の人、おばあちゃんみたいな年齢でも和服を着られる人って減ってきているからさ」


 凛士は意外そうな顔をしていた。凛桜はそうして感情を露にする凛士の行動に動揺していた。しかしながら相変わらず一言も話さなかった。なんだろう。寡黙にも度が過ぎるのではないかと凛桜は呆れていた。


「こういう和っぽい服なんて、結構昔のものよ。明治維新が起こってから200年くらい、第2次世界大戦が終わって100年以上も経っているんだから、仕方ないでしょ?それに、今のおじいちゃんおばあちゃん世代は戦渦に巻き込まれたりした世代だから、数としても少ないしね」


 実際プルクの進軍に際して、寝たきりになっていたり認知症になっていたりその他健常に暮らせていない老人たちは切り捨てられることも多かった。のちに血の決断として揶揄されることも称賛されることもあったその出来事によって、現代日本の人口構成は急激に若年優勢となった。無論これは散々頭を悩ませていた少子化に対して有効な策が提示されたわけではなく、全体的に人口が激減し、その減少割合に老人が多かっただけだ。


 凛士は少し寂しそうな顔をしていた。まるでそれは、初めてそれを聞いたかのような表情だった。いやいや今どきどの学校でも習う範囲だぞ??もしかしてこいつ、学校に行ったことがないのか?いやいやそんなわけがない。習ったことを忘れてしまっているだけだろう。


「まあでもこういうところ、残っていてよかったじゃない」


 首をぶんぶんと縦に振る凛士。


「さて、次はどこに……」


 次に凛士が目をつけていたのは、日用雑貨が雑多に売られているチェーン店だった。


「お、おう。ここで何を買いたいのかな?」


 凛桜は若干引きつつも、ここで可愛い文房具買おうかなあとかそんなことを考えていた。最近シャープペンシル芯詰まりを起こすようになってきて、新しいものを検討していたのだ。


 凛士はまっすぐ日本のお土産コーナーへと足を運んで行った。海外からの来訪者なんて数えるほどしかいないというのに、どうして置いてあるのだろう。いや突っ込むべきところはそこではない。本当に突っ込むべきところは、そんなものを買おうとしている凛士の姿だった。


「いやいやいやいや、確かに扇子とその服はあうけど……」


 そして凛士は1つの扇子をとってこちらに向けてきた。そこにはふにゃふにゃな平仮名でこう書かれていた。つめたい、と。


「そして何その馬鹿な外国人が買っていきそうな馬鹿っぽい扇子は!!!そんなにこやかな顔で持ってこないで!!」


 凛桜がそう突っ込んだものの、凛士はその手に掴んだものを離さなかった。凛桜は呆れつつ、


「わかったわよ。今度買ったげるから高いやつ。だからその手を放して……」


 凛士が全力でにらんできた。一体どれだけこの扇子にセンスを感じたのだろう。凛桜には理解できない感覚センスだった。


 値札を見た。300円。買ってやるかと凛桜は思った。


「わかった。わかったから文房具見に行こう!あんたも文字書きたいでしょ?」


 そうして買い物かごに扇子を入れた後で、2人は文房具を見に行った。


「うーん、フリクションのペンも欲しいんだけど……やっぱりシャーペンだよなあ。最近は電子黒板の授業が増えてきたって言っていたけれども、やっぱり学習のしやすさではペンで書くのが1番だと思うしね。自分らしくノートをまとめるってのも、資料もらうだけよりもいいって聞くし……そういやあんたって、学校行ったことある……」


 そうやって凛士に尋ねようとしたのだが、残念なことに凛士はもうそこにはいなかった。彼が見ていたのは、鉛筆だった。その中でも特に昔からある茶色の鉛筆に釘付けだった。いや、その服なら鉛筆すら現代的ではないだろうか。そんなしょうもないことを凛桜は思ってしまった。


「それだったら羽ペンとかにしない?それなら文豪っぽく見えるでしょ?」


 文豪?はてなマークを浮かべる凛士に向けて、凛桜は芥川龍之介の写真を腕時計型スマホで投影した。凛士はその画像を食い入るようにみていた。


「気に入った?」


 凛士に聞いてみるとうんうんと強く頷いていた。この子はどこか、こうした昔の日本の格好を好んでいるのだろう。ますますどんな生まれなのかわからなくなった。もしかして外人か?金髪だし、外国人は日本の文化好きだしな。凛桜は色んな仮説を立てては、続いて数珠をしげしげとみる凛士を眺めていた。


「和風なもの、好きなの?」


 凛桜はのんびりとした口調で聞いた。よくわからない刀を手にしていたから、それは少し買いたくないなあと凛桜は横目で見ていた。


 凛士はうんうんと頷き、そして刀に縋っていた。値段を見ようか……30000円!


「凛士、諦めて」


 凛桜にそう言われ、凛士は渋々刀を仕舞うことにした。にしてもあの刀高くないか?妖刀とかなのか?いやそれがこんなデパートで売られているなんてありえんだろここお土産コーナーだぞ!?凛桜は色々突っ込みたくなったがやめにした。知らないうちに刀の値段がインフレしたのだとそう思い込むことにした。


「それ以外だと……あー下着!下着見よっか」


 凛桜がそう言うと、凛士もテクテクと後ろをついてきた。パンツも唐草模様にしてやろうか。まるで鬼みたいだな。凛桜もだいぶ、後ろについて回る弟に対して慣れたような態度を示し始めていた。

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