憤慨
次の日のことである。凛桜は朝から憤慨していた。その日はせっかくの休日だった。今日は特にPCPJからの呼び出しもない日だったから、珍しく終日オフの日だった。いつもだったらここで、部屋の掃除をしたりトイレ掃除をしたり、それが終わったら買い物をしたりと、有意義に過ごしてきていた。あれ?家事ばっかりじゃないか?まあいいか。そんな凛桜だったのだが、そうした細かい家事は凛士がやるようになってしまいやる必要がなくなっていた。しかしながらそれ以上の面倒ごとを突き付けられ、凛桜は頭を抱えてしまった。
「凛桜、せっかくの休日だから、この子に外の世界へ連れて行ってくれないか?」
その日、朝ごはんを食べ終わった直後の皿を洗っていた凛士は、指をさされても動じていなかった。凛桜は指をさされていないのにいたく動揺してしまった。
「え??なんで?」
「いやいや、だって私じゃあ外を歩けないだろう??」
「いやそうだけどさあ。外の世界っつっても地下都市でしょ?見るものも何もないじゃない」
「買い物とかあるだろう?いつまで凛士は夜にノーパンで眠らなければならないんだ?」
凛姫はモニターで地上世界をのんびりと監視していた。どうやら北里あたりからまた仕事の依頼が舞い込んできたらしい。こうしたちまちまとした仕事が、野口家の家計を支えているのだ。
「って、あの子なんでノーパンで寝ているの!?!?!?気持ち悪い!!!」
「仕方ないだろう??あの子の持っているパンツ1枚しかないんだから、夜のうちに洗って使っているんだ」
「初めて知ったわその衝撃の事実」
「と、いうわけで2人で買いに行ってはくれないかい?」
にこにこしながら頼みごとをする凛姫、もやもやしながら心底断りたい気持ちを隠しきれない凛桜、そして話についていけずにタオルで手をふく凛士。三者三様な思惑がぶつかる中、最終的に凛桜が折れたのであった。
「……わかったわよ。わかったから、凛士?」
「……………」
「黙ってないで返事くらいしなさいよ。私が連れて行くって言ってんだから。ったく、男の子との初デートがこんなよくわからない奴だなんて、ちょっと悔しい」
「弟と出かけるのはデートに入らないだろ」
「……その設定、まだ私は納得しきってないからね」
凛桜はぎろりとにらんだ。こんなどこの馬の骨かわからない奴を心底信じることなんてできないと目で訴えていた。無論そんなことを気にする凛姫ではない。
「それと芋けんぴ買ってきてくれ」
「それがメインの理由でしょ?隣町に行けと」
「いやいやあくまでもメインはこの子の地下世界紹介だぞ」
まあでも、凛桜としては姉のわがままなど聞きなれていた。凛士は空気を読んだのか、服をすこすこと着替え始めた。よろよろのTシャツを着替え、最低限の服装を整えていた。Gパンとシャツ。さえない色だった。
「ちなみにさ、その子の服を与えたのは誰?」
「私だ」
「北里に買わせたの?」
「最初はそうしようと思ったのだが、北里にしても小国にしても私服のセンスがあまりにひどすぎるから頼みたくなくてな。凛桜も自分の弟が黒色一式の陰キャ丸出しクソダサ私服を着ていたり、桜の花弁より濃いピンク色のパツパツジャージを着ていたりしたらなんとなくいやだろ?」
「なんとなくじゃなくても嫌だよそんな同居人。とてもじゃないけど隣を歩きたくないね。それだったらしのちゃんに送ってもらうとかは?あの人はまともそうじゃん。モテそうだし」
「彼女の好きなものはV系バンドだぞ。いいのか?自分の弟がf○ck you‼って書かれたタンクトップを着て街を歩いていたら……私だったら泣くね。間違いなく」
「あっ……そっかあ」
そんな2人のグダグダな会話を、不思議に顔を傾けつつ凛士は聞いていた。
「……まあ、わかったわよ。連れて行くわよ。連れて行くからほしいものをここに書き出しなさい!!何でも買ってくるわよ」
完全に凛桜が折れた格好になった。にたにたしながら紙にお使い内容を書く凛姫が異常にムカついて仕方なかった。そしてそれをぼーっと見ている凛士にも腹が立った。
「何見てんのよ、凛士。あんたも欲しいものを書きなさい」
そう言われてもピンと来ていない彼の顔を見て、凛桜ははっきりと聞こえるため息で応対したのだった。




