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報告

 ぶるるるっという音が響いたかと思ったら、通話意志を見せられないままに電話がつながってしまった。本当に勝手な奴だと思いつつ、凛姫は北里の声を聞くことにした。


「あー、野口君?」

「はいはい野口ですよー」


 凛士はかぐや姫のラストシーンを直前で止められてしまって、すごくやきもきした顔をしていた。モニターでは優雅にコーヒーを飲む北里の顔があった。なんとなくむかついた。ぼこぼこにしたくなった。そんな自分を許してほしかった。私は手元にあった芋けんぴを、対抗するようにポリっと齧った。


「何の用ですかー?私の貴重なお昼寝タイムを奪ってまで報告したいこととかあるんですかー?」

「なんか君、いつもとテンションが違わないか?」

「ちょっといいことがあったからね。それに今日も快晴だ。気分が高揚する理由など、この2つだけで十分だろう。しかし今北里からの電話で少し気分が盛り下がってしまった。もしもそれさえなければ、ここでリンボーダンスでもしていたのだがね」

「そんなの、学生時代ですらできなかったじゃないか。って、そんなことを話し合いたいのではない!!」


 北里は頭をポリポリと描いた。短髪の清潔感ある髪質が、最近少しくすんできたようなそんな気がしていた。そんなの、凛姫からしたらどうでもいいことだが。


「昨日何か話したそうだっただろう?」

「そうだったかなあ」

「そうだった。少なくとも自分はそう認識している」

「君の認識なんて誰も気にしない細やかなことはどうでもいい。それより……」


 少しだけ間を開けて、凛姫は口を開いた。


「前のドローンの件だが、一応メンテナンスは完了した。これでプルクを追うことだってできるだろうし、例えステルス機能を実装していたとしても朧げに位置関係を把握できる。1個だけ自作のドローンにこのシステムを組み込んで、地下の街を飛ばしているが、結構順調で助かっているよ。このままそちらに業務委譲してやろうか?」

「すまないな。報酬は多くやるから、こちらに譲ってくれないか?それかもしくは……」


 次に間を開けたのは北里の方だった。


「PCPJに復帰するか、の2択だ」

「それはないな」

「否定が早いな」

「コーヒー嫌いだから」

「しかも雑だな」

「面倒だから」

「雑さが増しているな。全く……そんな戯れは置いておいて、メンテナンスが一切できないこちらよりそちらにやってもらった方が作業効率でも他の面でも助かる、しかし国防という一級品の情報機密を他企業、しかも一企業ですらない一般社会の人間に渡すのはな。私が許しても上が許さん」


 ここで凛姫は、彼がここに連絡を寄こした裏の理由を察した。そしてそれを臆面もなく口にするのが凛姫らしさだ。


「そういや昨日の打ち合わせはどうだったのかな?深夜から話し合いだなんて、30年前に流行った働き方改革や40年以上前に流行ったゆとり教育の信望者からしたら傷んで遺憾だろう」

「大丈夫だそんな言葉が跋扈した時代から中央官庁は不夜城と化していた。そして湯川先生は見た目と違って誠実で善人だ。部下にも気を使ってくれるし、間違っていることは断固として許してくれない。汚いことは嫌いだから敵が多いだけだ」

「ほう、ではその疲れは……さしずめお偉い先生方から来たものか」

「この国は昔から全然変わっていないさ。馬鹿な政治家の尻拭いを優秀な官僚がやっている。そして優秀すぎた官僚は、政治家の世界へ足を踏み入れて同じく馬鹿の仲間入りを果たすか、表沙汰裏ルート問わず中央から追い出されるかの二択だ。政治家は馬鹿だが力はある。他人を巻き込む力と、裏で根回しをする力は一級品だ。人気を得ることはできるが、人気を得ることしかできない」

「辛辣だねえ」

「湯川先生の下で働いていたらいやでもそう思うさ。こちらが論理的かつ合理的な意見を述べても、難癖をつけるか、国民を盾にして意見を封殺する。そして勝手に決めた無謀な作戦を、実行するように迫るくせに失敗したとしても絶対責任を取らない。自分勝手でわがままで横暴で、思慮は足りないが知恵は働く。少なくとも現代のこの国には、そんな政治家しかいないさ。前線で戦う我々や、君達とは価値観が違うんだよ」


 ここまで思わせぶりなことを言いながらも、北里はその詳細の言及を避けていた。ここまでは愚痴として済むものの、どの政治家がどんなことを言ってきたのか、それに対して自分がどのように対応していくのか。ここまで口にしてしまったならばその日には、やり玉にあがるのは自分の方だと彼は理解していたのだ。情報機密の漏洩という観点だけではない。いくら学生だからと言って、その辺りを蔑ろにするわけにはいかなかった。


「これでも一学生にこれだけ言われてしまうなんて、えらく問題の抱えた組織だこと」

「問題の抱えていない組織などないさ。問題のない組織なんて、子供のおままごとの中だけだ。人は3人集まればいざこざが起こるのだから、3000万人が集まる地下都市で問題がないわけなかろう」

「それもそうか。で?少しは今の空模様のように気が晴れたかい?」


 うっ、やはり理解していたのか。北里は自分の悩みを的確に言い当てられてしまって、少しだけ不満な顔をしてしまった。ブラックなコーヒーを置いて、伏し気味な目を横へやった。彼なりの照れ顔というやつだ。


「まあ、君は優秀な私の後輩だからね。頑張りたまえ。私の分まで、な。私は私のできる範囲のことをやっていくのを建前に、私のしたいことだけをやって生きていく。ほら、これも昔流行っただろ?『やりたいことで生きていく』って」

「その言葉、君が生まれた頃に流行った言葉じゃないか。あたかもブームを懐古するようなことを言っているけれども」

「そうだったかもね。あはは」


 どーん!!!!!!


 その爆音に、凛姫は反射的に通信を切ってしまった。部屋の外で、誰かが無断で侵入してきたようだった。誰かわからないが、凛士と違って無理やりドアを壊してまで侵入してくるなんて、到底許されるわけがない。凛姫はおどおどしている凛士の肩を掴んで、ゆっくり言い聞かせるように言った。


「大丈夫だ。お姉ちゃんとの約束だろう?ここにいれば安全だから」


 そして凛姫は、モニターの前に座ったのだった。ここからは、稀代のエンジニア、野口凛姫の腕の見せ所だった。

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