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提案

「うーん、確かにこのままだとただのハウスキーパーだなあ」


 うるさい凛桜がいなくなった部屋で、呟くように凛姫は言った。凛士は特に気にも留めずに風呂掃除をしていた。


「何かやることがないとと思って色々教えこんでは見たものの、このままだと有能なハウスキーパーになってしまうな。弟というよりは便利に使われているだけとなってしまう。弟というのはもっとわがままで、愛されキャラで、構いたくなる何かを発信し続けていく属性があると思う。であるならば、今のこの子にはそう言った弟要素がいささか以上に足りていない」


 非常に小さい声だったため、おそらく凛士には聞こえていなかったのだろうと、凛姫は勝手に解釈した。実際は聞こえていたが大したことない内容だと凛士が勝手に判断していただけだった。


「おーい、凛士。それが終わったらちょっとこっちに来てくれないか」


 風呂掃除をするために頭に巻いた包帯を頭巾で隠していた凛士は、その声を聞いて無言で了承した。ただ無言で了承するだけではなく、顔に1ミクロンも変化を見せずに了承した。シャイボーイなのか言葉が上手く話せないのかわからないが、少しだけ不便だなと凛姫は思った。


 数分後、凛士は頭巾をとって凛姫の座っているソファの対面に屈んだ。


「いや、隣に来てくれたらいいさ。そんなにかしこまる必要なんてない」

 そう言われてくいくいと指でこちらに来るよう言われたので、凛士としても来る以外道のりはなかった。そして少し遠慮しつつソファに座ると、


「だからかしこまる必要なんてないって。ほら、もう私らは家族だと思ってくれたらいいから」


 とアドバイスを送った。その一言だけで関係が打ち解けられるのであれば大いに楽なのだが、そうともいかない。がちがちと体が硬直しきった中、凛士はじっと凛姫の方を見続けていた。


「時に弟よ、お前には夢があるか?」


 凛士はそう言われても首をふにゃっと傾けるだけだった。


「そうだ。夢だ。こんなことをしてみたいとか、こんな未来を実現したいとか、そういったものは存在するか?」


 突然こんな質問を投げられてしまい、凛士は傍目から見ても動揺している風に思えた。それをフォローするように凛姫は口を開いた。


「まあ別にいきなりこうしろああしろなんて言うことはないさ。例えあったとしても、うまいこと言語化できるのはまた別の話だからな。しかしながら夢を何か持っておくというのは大事なことだと思う。夢というのが壮大なら、目標だな。こんなことをしたい、あんなことをしたい、そのためにこんなことを頑張りたい。そんなことを見つけてくれたらうれしい。今のままでは弟ではなく、ただの家事代行人だからな」


 何故かしゅんとして肩をすくめてしまった凛士。凛姫はそれを慌ててフォローした。


「い、いやいや私は別に君を批判したいのではないし、怒っているわけでもない。むしろたくさん感謝している。私がこんな体になってしまって、家事も何もできなくて凛桜に負担を強いてしまっていたからな。それを少しでも解消できたらと思っているし、その一助になってくれて本当に助かっている。ただそれだけでは、少し物足りないだろうと……」


 ここで凛士はぶんぶんと2回首を横に振った。


「そうではないのか?」

「…………うれしい…………」

「うれしい?」


 一呼吸以上の間をあけて、消え入るような声で凛士は呟いた。


「誰かの役に立てるの、とてもうれしい」


 その顔があまりにも純粋で、その回答があまりにも純朴で、凛姫は面食らってしまった。


「だから、しばらくは大丈夫……」

「そうか。なら空いている時間は何をして過ごす?家事なんて家にいる時間のほんの一部だぞ。買い物とかでかけたならばそれもわからなくもないが、それ以外何をして過ごそうか」


 凛姫は頭をかいていたら、ふと凛士がじっと見ているものがあった。凛姫の戸棚に入っている本たちだ。大量の本が並んでいて、それは小難しい学術書から都市伝説レベルの大衆本まで、情報の真偽質量を問わず面白いと思ったものを買い集めたものだった。まだ体が思うように動いていたころには、本屋を巡ってこれと思った本を買い漁ってきた。今でも時折凛桜に頼んでは買ってきてもらうのだが、その冊数は昔と比べて大幅に減少していた。


「本を読むか?」


 凛士はうんうんと首を縦に2回振った。どうやら色々と見てみたいものがあるらしい。


「本はいいぞ。知識も豊富になるし、だれかと話すときの教養にもなる。もしかしたら君の今後の目標を見つけるきっかけがあるかもしれない。だからそれはお勧めだが……凛士、文字は読めるのか?」


 無言でできないと訴えていた。


「それなら……どうしようか。私が読み聞かせつつ文字を教えるのと、1から体系的に文字を教えていくのと、どっちがいい??」


 この凛姫の問いに対して、凛士は迷いなく前者を選択した。


「そうか。んじゃあ比較的口語が多めのものを選択しよう。語学力というより、中身を教えていくことに重点を置いていくことにしよう」


 こうして、凛姫と凛士の、謎の読み聞かせ時間が開始されたのであった。

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