朝食
朝目覚めたら男の臭いがしたのは、凛桜にとって経験のない出来事であった。なんだかと言って凛姫とは違うにおいがして動揺していたのだ。凛桜は自身のその繊細さに対して一笑を付したくなった。
「おーしおしおし、その調子だぞ」
朝目覚めたらいつも隣で寝ていた凛姫がむくりと起き上がっていた。彼女が自力で起きることなんて、一体いつぶりなのだろうか。凛桜には少なくとも記憶になかったが、その代わりにリビングから調子の良い声が聞こえてきた。
「そうだ。そうやって少しの間こんがりと焼いていくんだ。私は中まで硬くなった目玉焼きが好きなんだ。あのぱさぱさのやつがな。いや、目玉焼きをそもそも見たことがない君に行ったところで無意味というやつかもしれないが」
眠たい目をこすりながらリビングに入っていくと、椅子に座りながら朝ごはんの料理指導を行う凛姫と、それに従って黙々と料理を作っていく凛士の姿があった。凛桜はまだパジャマ姿のまま、その2人の様子に違和感を覚えていた。この違和感の正体は、先程と同じで部屋に男の人がいたことだろう。
「お姉ちゃん……達……何やってんの?」
「ん?目玉焼きの指導を行っている。いやあ最初卵の割り方がわかっていなかった時には遠い道のりのように思えたが、すぐにマスターしていったよ。これは中々に学習能力の高い男の子だ。さすがは我々の弟」
「私はそれ、まだ認めてないからね。大体見ず知らずの男の子を連れ込んできていきなり弟だなんて……ちょっと待って、今お姉ちゃんの指導で目玉焼きを作っているって言ってたわよね??」
「おう、そうだが?」
凛姫は無垢な顔で、フライパンの様子をのぞき込んでいた。凛桜は悪い予感がしたから、さっと駆け寄って凛姫と同様にフライパンの様子をのぞき込んでいた。凛桜の悪い予感は当たり、中にはしっかり黄色に色付けされた黄身が3つ並んでいた。
「よし、そこまで来たらもう最後の仕上げだ。最後ひっくり返してよりこの黄身を固くするんだ。そうしたら…」
「はあああああああ………」
凛桜は絶望的な心情を声のトーンで表現していた。
「ん?どうしたんだ凛桜??何か問題でもあったのか?」
「どうしたもこうしたもないわよ!!!私何回も言ってきたわよね??目玉焼きの黄身は半熟がいいって。半熟の黄身にしょうゆをかけて食べたいから、焼くのはそこそこにしておいてって、私何回も言ってきたわよね??」
「あれ、そうだったかな??全く記憶にないぞ」
「そりゃ私がこれまでずっと朝食を作ってきたからね。というか朝ごはんのときとかよく訪ねてきてたじゃん。黄身が固まり切っていないけれども大丈夫か?それじゃあおいしくないだろう?食中毒とか怖くないかって」
「ま、まあいいじゃないか。これを機に凛桜も完熟黄身目玉焼きの世界に入門して、一緒に塩コショウをかけて食べようではないか」
「い、や」
そんなやり取りをしている間に、凛士は目玉焼きを3つお皿に移した後で、片手で卵を割った。
「え?どうしたんだ凛士……」
凛士は慣れた手つきで再度フライパンを温め始めていた。それは今日初めて卵を触った人間の技術ではなかった。
「……もしかしてあんた、私の分まで作ってくれるの?」
凛士はうんともすんとも言わずに、目玉焼きを焼き始めていた。そしてじっと、凛姫の方を向いていた。どうやら作り方を教えてほしい様子だった。残念ながらそれのおいしい作り方を知っているのは凛桜だけだった。凛桜はため息すらつかずに、凛士の方へ寄っていった。
「わざわざありがとう。作り方教えるわね」
そうしてその日はおいしい目玉焼きを作る料理教室が始まってしまい、凛桜の朝ごはんが目玉焼きだけになってしまったのであった。凛姫からは苦渋の顔をされながら芋けんぴを渡されたものの、芋自体そこまで好きではない凛桜にとって、食べ合わせの具合の悪さも加味して余計なお世話だった。そうして凛桜が慌てて部屋を出ていく中で、凛士と凛姫は後片付けを行っていた。まあ行っていたのは凛士の方で、凛姫は指示を出していただけだけれども。




