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リハビリ

 腕時計型の携帯電話で画面を投影したら、姉からの連絡が入ってきていて肩を落としてしまった。それを待ち合わせ場所に来た希美のぞみに見られてしまい、凛桜りおは少し焦ってしまった。


「ごーめんごめん遅れちゃたー!ん?どして落ち込んでるの?」


 希美はいつもの素っ頓狂な調子で話しかけて来た。


「いや、何でもない。ちょっと面倒ごと頼まれちゃって」

「ふーん、行こか?」


 希美は特に頓着せず歩き出した。人懐っこい話し方とは裏腹に、自分本位で他人を詮索しない性格。それが凛桜にとっては心地よかった。あまり自分のことを細かく尋ねる人は好きになれなかった。


「今日はマスコミが来るだっけ?」


 この舌ったらずな話し方も慣れてきた。


「そうそう、全くあいつら何しに来るんだかね。たかだか調整用の演習だってのに」

「そりゃ凛桜を見にきてんだろ?なんせ我が国の誇るSakuraなんだし」

「ちょっと希美―!いじらないでよー」

「ジャンヌダルクとかヴァルキリーとかよりマシでしょ?」

「それはほんっとに恥ずかしい。今すぐやめて欲しい」


 最早凛桜は、過剰な褒め言葉に辟易としていた。過剰すぎて褒められているように思えなかったのだ。むしろ現、バカにしているのかとすら思ってしまった。Sakuraという相性がどれだけちょうど良かったか、凛桜は痛感していた。無論希美は冗談だってわかっているからいいのだが、そうじゃない大人がこの世界にはいっぱいいるのだ。


 2人は共通訓練グラウンドへ向けて歩いていたが、既に道の両端にはスーツを着た男性たちが並んで声をかけてきていた。異様な光景だ。それはまるで政治家の汚職や薬物事件の謝罪会見のようだった。


「凛桜さん!お声を聞かせてください!」

「お隣にいる方はご学友ですか??」

「先日のプルク撃退について一言」

「日本中の皆さんがSakuraの声を聞きたがっています!お願いします!」


 中には歩く2人を止めてまで話を聞こうとする輩もいた。手首にはめた万能腕時計をこちらにピシッと向けている奴らは、あれをカメラ代わりとして撮影をしているのだろう。彼らは僅かな音でも拾えるようレコーダーを持って、ぶつけるように押し当てていた。まるで一種のおしくらまんじゅうだ。


 それを想定していたかのように、希美は私の背中をポーンと押した。そしてそれと同時に大声を出して弁舌し始めた。


「はいはいマスコミの皆さん!ここからはSakuraの親友であるこの私、志賀希美が彼女についてお答えいたします!もしも私で対応できないことがあれば、後は私から直接彼女にお尋ねいたしますので、どうかこちらに集まってください!ここだけの耳より情報もございますよー?」


 希美はごくごく普通の話し方で人の気を誘った。希美によると、日頃の舌ったらずはコミニケーションする面倒くささが舌にも感染うつるから起こってしまう仕方のないことらしい。凛桜にとっては全く理解できていなかった。というか、誰も理解できないだろう。しかし今回はかなり助けられてしまった。


 一瞬散ったマスコミ達の気を見過ごさず、凛桜はダッシュで駆け抜けて、訓練区域に入った。いくら無法者でも、ここから先は生徒と接触できないのだ。区域に入ってしばらく歩いてから振り返ると、希美の元に人が密集していた。凛桜は少し申し訳ない気持ちになり、また今度感謝の気持ちとともにアイスでも奢ってやろうと思った。


 凛桜は更衣室に入って、制服を脱ぎ捨てた。汚れがつくのは嫌いだから、しっかり畳んでロッカーに投げ入れた。代わりに身を包むのは、クッソダサい紫のパワースーツ。どうやら学校が勝手に契約したスポンサーから提供されたものらしい。戦闘で使わない分、こうしたマスコミ公開の訓練では装着を懇願されるのだ。仕方ないなあとため息をつきつつ、凛桜はタイツのごとくピチピチのそれを着用して更衣室を出た。


 さっさと終わらせて姉の用事を済ませたかったし、さっさと始めて今頃マスコミにもみくちゃな希美を救いたかった。その焦りからか、凛桜はゴーグルもつけずに訓練を始めようとしていた。廊下を抜けて、一気に土の訓練場へ駆け下りていこうとした。それを教官は見過ごさず、


「野口、ゴーグル!」


 と威勢良く注意しつつ手渡してきた。


「それに何お前は勝手に訓練を始めようとしているんだ!こちらにも準備というものがあるのだから、合図を待て」


 教官の言葉に、凛桜は不貞腐れながら開始を待っていた。


「せんせー!マスコミの連中うざいんですけど、なんとかしてくれません?SPとか」

「どの口がほざいてるんだ?むしろお前がSPの側だろ?」

「あ、いいんですか?私の願いをそんなぞんざいに扱って」

「……一体お前は特別扱いしてほしいのかして欲しくないのかどっちなんだよ」


 見た目30過ぎくらいの教官は銀縁の眼鏡をぐいっと持ち上げつつ、右手をさっと上げた。

「多少のことは我慢してくれ。こちらも長年の戦闘で人的資源は損耗の一途を辿っている。野口の心身ケアに不十分な点があるのも承知だ。それでもそうして、誰しもに注目される存在になったのは、それだけ多くの人を救ってきたからだ。誇れ。群がる人の数は鬱陶しいかもしれんが、それは紛れもなく勲章だ」


 少し気の抜けたサイレンが辺りを木霊し始めた。

「それでは!第118回Sakura全体公開訓練を行う。今日の敵は仮想プルク1500体!マスコミの方々は決して敷地内に入ってこないように。命の保証はできかねますので」


 そして教官は盛り上がる猿のようなマスコミを制しつつ、凛桜の方を見てきた。


「前回の地上戦以来の訓練だ。健闘を祈る」


「いいから早くその手を下ろして、私は早く終わらせたくて仕方ないの」


 冗談っぽく舌を出した凛桜を横目に、教官は勢いよく右手を下ろした。そしてそれに少しフライングするタイミングで、凛桜は仮想の戦場へと駆け下りていったのだった。


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