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黒鬼  作者: ノア
第五章 黒き冬に降りし春告げの光   上の段
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壊れた心


人は精神的に不安定になると悪夢を見るらしい。

といっても、今見ているこの風景が夢なのか、はたまた現実なのか良く分からない。


自分以外と言っても自分の姿は見えず、視野の広さ分の景色を見ている。

それは、色鮮やかな景色では無く、墨で光陰を表した様な薄暗く殺風景な景色だ。


九十九村なのだろうか?

知っている様な景色が所々あるような気がした。


視界の片隅に何かが映る。

そちらに視点を移す。


墨汁の川が流れていた。

正確にはその色は赤く、血なのだろうと思うが、何故か白黒にしか映らないのだ。

その近くには、バラバラの手足が落ちていた。

本体の姿は無い。


また、視点を変える。

あ、川かな?本体、あった。

地蔵様の身体みたいに、川に浸かってる。


また、視界の隅で何かが蠢いた。

素早く振り向く。

あぁ。人だ。まだ、生きてた。


ん?

まだ、生きてた?

何故、そう思うんだ?


何で、こんなに人の顔が真近に迫って来ているんだ?

これは、本当に…夢、なのか…?



跳ね起きる。

布団が捲れて、酷く頭や体のあちこちが痛む。

「痛ぇ……」

「おっ、起きたか。随分眠ってたから心配したぞ。だから、あれ程村に近づくなと言ったのに…」

尚吾の心配そうな顔が目の前にあった。

濡れた手拭いが額から落ちる。

よく見たら、何故か寝巻姿で布団に居る。

「あらあら、まだ寝てなくちゃ。尚吾さん曰く、熱中症だそうだから」

神無が水の入った桶を持ってきて、落ちた手拭いをもう一度浸すと絞り、額に乗せる。

「熱中症…」

そう呟いて、石で打たれたのであろう個所を触れてみる。

痛く無い。普通に頭皮の感触だ。


結構、危ない個所だと思ったが治癒力が今回はやけに高まっている。

どうやら、治ったようだ。


「いやー、そろそろ帰って来る頃合いになっても中々帰って来ねぇから探しに行ったら、道端で倒れてんだから、焦った焦った。んで、今に至るわけよ」

「…『地蔵様』って、知ってるか?」

あはははと、嘘臭い笑みを浮かべた尚吾の顔が急に真顔になる。

そして、見る見るうちに悲しそうな顔に変わった。


「『地蔵様』…。この村の、いや、この土地の神様だよ。

五穀豊穣、家内安全、無病息災…何でも叶えてくれる地蔵さんがこの村にはあった。

神様といっても、俺たちが勝手に祀り上げたんだけどよ。

『地蔵様』はある商人が、この村に来た時忘れて行ったものらしい。

その地蔵、最初は普通の何処にでもある地蔵だった。

だが、俺らが調子に乗って祠作ったり、供え物したりしている内は村も豊かで飢饉なんて無縁のことだったよ。

だが、土地が痩せ作物が取れず、『地蔵様』に供物を捧げられなかったことが何年か続いた。

…こっから、先の話は大半の人は信じない」


血の様に、空が赤く染まった夕暮れ時。

気付けば、この村の人口が九十九人しか居なくなった。

そんな時、『地蔵様』の目がお開きなすったって誰かが騒いだもんで、俺らは『地蔵様』を見に行った。

そこには何があったと思う?

首だけの死体がごろごろ転がってたんだよ。

それは皆、村の者だった。

その奥に、『地蔵様』が居たわけだ。

骨の砕かれる音と、鍋の煮立つ音、茜色の空と同じ色に染まった地蔵様。

「俺らは、恐怖のあまり何も言えなかった。そんな時、『地蔵様』はしわがれた声でこう言った」


『腹が減った。だから、喰った。我に供物を与えない者たちを。

お腹一杯になる。だが、また、腹減る。供物が無いなら我の授けた印を持つ家の者全員を喰らう。

その代わり、たった一つだけ願い、叶える』


だから我々は役人がこの村に来ない様願った。

『地蔵様』はその願いを叶え、印を付けた家の者を供物として喰らった。


「随分、割に合わない願い事したんだな」

「今思えば、そう思う。もっと良い方法があったのではないかと。

だから、俺は罪滅ぼしに此処に居る。

もっと最善の策はあったはずだった。だが未熟な俺は、勝手に決めちまったんだ。村の長でもないのに。

この村には誰も来ない。誰も出れない。一生、此処で生き、何れは供物となる。

だが、村の連中はすっかりその気だし、それを栄えあることだと思ってる。

…だから俺は、諦めていた。だが、今は違う。チビ助、お前が此処に来てくれたから、決心がついた。

ありがとな」

よしよしと、乱暴では無く、優しい手つきで頭を撫でられる。

よく分からないが、何かの助けになれたのなら喜ばしいことだ。

「ねぇ、チビ助くん。いえ、お兄ちゃん。生まれるこの名前、今から皆で決めようと思うの。

何が良いと思う?」

神無も、優しい笑みでそう訊ねて来た。

「いくらなんでも、早すぎじゃないの?」

「神無は何が良いんだ?後、チビ助、家族なんだから、お母さんだろう。俺のことはお父さん。もしくは、父さんと呼ぶべきだ。しっかりしろよ、お兄ちゃん」

遮る様に、尚吾が言う。嬉しそうに笑いながら。老人の様な懐かしむ様な表情で。

「そうですねぇ…。花の名前を付けたいです。季節に因んだ名でも良いかも知れません…。

男の子だったら、尚太が良いですね」

うふふと笑いながら神無は言う。

「尚吾さんの『尚』と、お兄ちゃんの『小』をかけてみました」

「座布団一枚だな!流石は神無だ!美しい上に、頭脳明晰!自慢の妻だ!男の子は尚太で決まりだな」

やや間違っているような、そうでも無い様なことを言いながら、尚吾は言う。

その言葉に神無は頬を朱色に染めた。

傍から見れば、良い鴛鴦夫婦だ。それは、良いことなのだが。

子供の前で惚気ないで下さい、ホントに。


「じゃあ、女の子はどうするんだ?花の名前か、季節に因んだのが良いんだろ?」


「お兄ちゃんが決めて下さい」

「右に同じく、だな」

温かい眼差しで二人は自分を見た。いや、見てくれた。

何故だか、そう思った。


「紅葉とか…、葵とか…?」

「可愛らしい名前ですね。両方決定です」

「右に同じく、だな」

二人は、本当に嬉しそうに笑った。

だから、この時ばかりは、少し人を好きになった。


「「生まれてきてくれて、ありがとう」」


二人して、挟むように抱きかかえられた。

誰かに好かれるのも。

そう言われたのも初めてだったから。

少し、泣きそうになった。

しばらく、そうされていた頃、お腹の虫が鳴り、訴え始めた。

くすくすと神無は笑って、夕餉を持ってくる。

夕餉は、幸せの味がした。


****


「すっかり、寝ちゃいましたね…」

神無の膝の上に頭を乗せて眠る自分を、神無と尚吾は微笑ましく見つめた。

「あぁ。そうだな…」

尚吾は戸の傍に立ち、ずっと目を凝らしていた。

神無は静かにそれを見守る。

「神無、いきなさい。息子を連れて。もう、直ぐそこまで来たようだ。

…家を焼き払う気、満々だなこりゃ」

少し困った様に尚吾は笑う。

「そうですか。寂しいですね、思い出深い我が家なのに…」

「ほら、早く…」

少し急かす様に尚吾が言いかける。

柔らかい感触が、唇に触れた。

ほんのわずかな接吻。だが、十分だった。


神無は、チビ助を連れて唯一村を抜けれるかもしれない隠れ道に姿を眩ます。

チビ助が、初めて俺と出会った道が、今は別れの道となってしまったことを少し寂しく思う。

子が生まれた暁には、皆で、その道を歩もうと企てた計画が台無しじゃないか。


「あかいあかい、まっかな夕日。あかいあかいまっかな炎。さぁ、お鍋が煮えたら包丁鳴らせ。

食事だ、食事だ。何の味?地蔵様の好物、人肉の味。出汁は、食材潰しの鬼子の血肉。

地蔵様、地蔵様、貴方の好物捧げましょ」


そんな唄が、徐々に聞こえはじめ、炎の明かりが見えてくる。

戸前に置かれた『地蔵様』の身体と、チビ助の衣服に紛れこんでいた『地蔵様』の首を思いっきり蹴飛ばした。

戸に立てかけた鍬を構える。

「例え、村の大半殺しちまう鬼子だろうとなんだろうと、あの子は可愛い俺たちの大事な息子だ。

お前らなんかに、食わせねぇよ。代わりと言っちゃあなんだが、俺も、『食材』に選ばれたんだ。

お前ら道連れに、疫病神の餌にでもなってやるよっ!」

震える手足を叱咤する。

人を殺したことも無いし、こんな大人数一刻と持たないだろう。

だから、せめて最後の最後まで手足折れようが何だろうが、時間を稼ぐ。


俺達の希望を、この絶望に染まりきった村から逃がす為に。


それが、唯一俺に出来る罪滅ぼしだから。


****


「チビ助くん、起きて…」

揺すり起こされ、目を覚ますと、何故か山道にいた。

「神無…?」

「此処から先に行けば、多分外に出られる…。九十九村の外…。お兄ちゃん、一人で行けるわね?」

嫌な予感がした。

神無が心配そうに見ている。

「神無は…?」

「…尚吾さんの所、行かなくちゃ。約束、破っちゃうけど、夫婦だから…」

いつものような、朗らかな笑みを浮かべて神無は笑う。

「尚吾さん、此処で死ぬって、夫婦になった時からずっと言ってた。それが、罪滅ぼしだって。

私はね、商人が連れて来た娘なの。地蔵さまと一緒に此処に捨てられた。九十九人目の村人。

尚吾さん、良い人だから、妹みたいに育ててくれた。実際、そう思ってくれていた。

あの人は、地蔵様に願いを叶えてもらってないの。

だって、最初で最後のお願いは、私が『尚吾さんと結ばれますように』ってお願いしたから、あの人の願いは叶えてもらってないの。私は、恋人として見てもらいたかったから…。

私の願いが、村を狂わせた。あの人を、この土地に縛り付けてしまった…。

償うべきなのは、私なの。ごめんね、お兄ちゃん…」

もう一度抱きしめられる。

「お腹の子は、どうなる…」

「……。私は、どちらにせよ、この村から出られない。

この腹に宿るのは、狂気の元凶『地蔵様』の新しい器だから。

供物が無くて、姿を保てなくなった『地蔵様』はね、今の家の傍にある大きな木の中で眠っている。

今夜が、ちょうどその眠りから覚め、次の器が出来るまでお腹いっぱい食事を取る日だから…。

地蔵様の力が弱まるのも、ほんの一瞬だけどあるの…。その時に、村を覆う結界が緩むことが、お兄ちゃんのおかげで分かったから…。だから。いきなさい」


ぽんっと、軽く背中を押される。


振り向くのが怖くて、転がる様に坂道を下る。


涙が、零れた。視界が霞む。


何が起きているのか、理解できていない頭で、ただ必死に走った。


****


「ごほっ…俺、結構やるな…。家、燃えちまったけど…。守りたかったなぁ…」

大勢の狼の群れに囲まれながらそう思う。

神無とチビ助は無事、逃げられただろうか…。

そういや、チビ助に、もっと良い名前付けてあげられなかったな。

走馬灯のように浮かぶのは、神無やチビ助の顔ばかり。

一瞬の、あの接吻の味がまだ残っている。

耳を澄ませば、あの優しい声が聞こえてきそうだ。

「尚吾さん」

「…っ神無!?何で戻って来た!?チビ助は?」

目の前には、小刀を持った神無が立っていた。

やっとの思いで買った薄桃色の着物は、返り血で汚れている。

「逃げてもらいました。私達の大切な息子を殺されてたまるものですか。

…最後まで、ずっと一緒ですよ。ずっと、ずっと…。約束を破ったら針千本飲むの、忘れたんですか?」

「あぁ、そうだったな」

「尚吾さん、散る時は、一緒ですよ」

「…もちろんだ。もし、来世で、また会えたなら。その時は、また皆で暮らそう」

その時彼女が見せた笑みは、今まで見たことも無いくらい美しく、儚かった。

狼の群れが、一気に駆けてくる。


恐れも、もう何も無い。

チビ助が無事でいるかが、唯一最後まで気がかりだったが。


また、三人。出会えたその時は。

次こそは、本当の。







家族になろう。




****





ふと、足を止める。

誰かに呼ばれた気がした。


何回転んだのか分からないくらい膝は擦りむけ、黒い血を流す。

足が、村の方へ。


どう思われても、構わない。

『化物』だと畏怖されても構わない。


来た道を戻る。

夜空は、血の様に赤く染まり、月も無く、星も輝きを失くす。


だから、何も奪わないでくれ。

お願いだから。



家は、既に火の海だった。

辺りには、誰も居ない。



地蔵様が眠っているらしい木のところへ急ぐ。



そこには…。



風に揺れる二つの影。

ギシギシと不安そうに縄が軋む音が聞こえる。



鍋の煮立つ臭いと、爆ぜる炎。

狂気に包まれ、踊り狂う村人達。



その内の一人が、自分を見て何かを言った。

獲物が居ると言ったのかもしれない。


何も聞こえなかった。

何も感じなかった。

今、どんな表情でいるんだろう?


何かが、切れる音がした。

もしくは、何かが落ちたのかもしれない。


例えば、理性とか。感情とか。


また、何も分からない自分に戻ったら。


まずは何をするんだろう。



深い深淵の中でそう思う。

今は、ただ酷く疲れきっていて、とても眠たかった。

これが、悪い夢ならどんなにいいことだろうと思いながら。




……。

………。

………おい。


うっすらと、目を開ける。

「…あさ?」


『あぁ。朝だ。随分、殺風景になったじゃねーか』


目の前に黒い鳥が居た。

「からす…。そう、地下であった。あの鴉…?」

『そう、その鴉。気分はどうだ?』


「よく、分かんない。けどね…とってもきれいだなって思うよ」


全部無くなった辺りの景色を見て、完全に壊れてしまった少年はそう言う。



辺りは、少年の夢の世界の様に何も無く、殺伐としている。

ただ、ひとつ。違う点があるとすれば。



墨一色の世界でなく、乾ききった茶色で彩られていることだろうか。


「お腹空いたな…」

『あれだけ食べてまだ食い足りないのか?九十九人から二人抜いて九十七人。全員食ったのに』

「違うよ。百人から三人抜いて九十七人。いもうと、もしくはおとうともちゃんと入れてよ」



やっと、半身の姿を見つけた時、彼は血で汚れきっていた。

自分のものと、他者の血で。

子には似合わない二本の大きな角を生やし、鬼神の如く手から飛び出た黒い刀を握り締めていた。

瞳は、彼の種族特有の血の様な赤に染まり、足元には土を掘り返しまた埋めた跡がある。

その証拠に手はぼろぼろで。


「あは」


いきなり笑いだした。


「あははは…。あはははははははははっ」


身体だとは比べ物にならないほど、心は傷つき壊れて。


笑っているのに、目からは大粒の涙が溢れて、乾ききった地を濡らす。


またまた長くなりましたね、すみません。

次回からは、主人公を含めそれぞれの修行を書いていきますよ。

ようやく、進む様な気がします。


ちなみに、『上の段』となってますが、主に修行メインです。

『下の段』(予定)から鬼ヶ島の戦いになる予定です。

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