第50話 暗殺者は世界を満喫する
最終話です。
昨晩に49話を投稿していますので、そちらが未読の方はご注意ください。
崖上に寝転ぶ俺は、ライフルを構えていた。
そっとスコープを覗き込む。
遥か下方にて、砂地を疾走する異形を発見する。
背中に蜘蛛が寄生したような人間だ。
何事かを叫びながら走っている。
「元気なターゲットだ」
俺は照準を異形に合わせると、引き絞るように引き金を引く。
銃声と共に放たれた弾丸が、異形の頭部に命中した。
異形は脳漿を散らしながら倒れて痙攣する。
念のために、追加で何度か狙撃しておいた。
モンスターの中には、生命力の高い個体もいる。
油断して反撃されたら笑えない。
完全に息の根を止めたところで、遠くからカメラ撮影をした。
端末に写真データを保存し、それを依頼主に送信する。
標的の始末は、これで伝わったろう。
俺は身を起こして、近くの手頃な岩に腰かけた。
水筒の中身を飲みつつ、ふと腕時計を見やる。
デジタル表示された日付を見て、俺は月日の経過を実感した。
(もうそんなに経つのか。あっという間だな)
世界が変貌してから、今日でちょうど三年だった。
当初は大きな混乱を受けた各地も今では沈静化し、独自の自治体系を形成しつつある。
地形が大きく変動して、海の上に異世界の国が出現するようなこともあったが、人々はだいたい受け入れていた。
新たな世界で、それぞれが日常を送り始めている。
以前までとの違いと言えば、全体的に治安が悪化したことや、スキルや魔術といった概念、それに新たなエネルギー技術が開発されたことだろうか。
細かな点を挙げるなら、モンスター関連の職業も増えている。
あとは大して変わらない。
誰もが日常に戻り始めていた。
個人的には、もう少し狂った世界が好みだった。
しかし、思ったよりも人々の順応性が高く、その点に関しては残念に思っている。
変貌した世界でも、秩序は自然と回復するようだ。
俺はフリーの殺し屋に復職した。
様々な陣営に雇われながら、様々な命を奪っている。
報酬が高いため、今回のようにモンスター退治も請け負っていた。
各国を転々としながら、それなりに儲けている。
気ままなペースで仕事しつつ、たまに観光旅行を満喫する。
それなりのスリルを味わいながら、なんとも充実した毎日を送っていた。
「ようやく、見つけましたよ」
思考を遮る声が聞こえてきた。
人が通りかからないであろう場所を選んだはずだが、誰かがやってきたらしい。
俺は拳銃を手にしながら振り向く。
そこに立つのは、警官服を着たケイトだった。
三年前と比べて凛々しい顔付きをしている。
腰には数種の銃を吊り下げていた。
全身には、適度な緊張感を帯びている。
ケイトの背後には、警部とアリエラがいた。
随分と懐かしいメンバーだ。
こうして面を向かって集まるのは、ダンジョン化した警察署を脱出した時以来だった。
立ち上がった俺は気楽に挨拶をする。
「やあ、久しぶりじゃないか。同窓会でも開くのかい?」
ケイトの噂は聞いている。
なんでも世界を戻す方法を求めて、積極的に活動しているらしい。
秘境の探索や魔術の研究など、数々の功績を残しているそうだ。
随分と逞しくなったものだと感心している。
まさか向こうから接触してくるとは思わなかった。
目の前に立つケイトは、携帯端末を俺に渡してくる。
「約束を憶えていますか?」
俺は液晶画面に注目する。
そこには、ケイトの口座情報が表示されていた。
凄まじい額が預金されている。
「これは……」
「依頼料です。アリエラさんの分を含めた二千万ドルですね」
忘れもしない約束だった。
俺を雇いたいと言うケイトに提示した金額は、一千万ドル。
当時、彼女の要求を折るために使ったその額が、口座に貯まっている。
硬直する俺に、アリエラが補足説明をする。
「彼女、必死に掻き集めたそうよ。命がいくつあっても足りないエピソードばかりだわ」
アリエラは呆れたように笑っている。
俺のもとへ来る前に、同じ手順で口座情報を見せられて雇われたのだろう。
続けて警部が口を開く。
「諦めろ。ケイトの執念は本物だ」
冷徹な言葉だった。
慈悲は微塵も感じられない。
あの警部が断言するのだから、それはもう真実だ。
誇張のない評価だと考えていいだろう。
俺は困ったように頭を掻く。
端末をケイトに返しながら笑いかける。
口から出たのは、称賛の言葉だった。
「……すごいじゃないか。まさか本当に工面するとは思わなかった」
「これで協力してくれるのですよね……?」
ケイトは祈るように確認してくる。
俺はアリエラと警部を一瞥した。
二人は、無言で首を横に振る。
実に頼もしいリアクションだった。
肩をすくめた俺は、仕方なく頷く。
「ああ、手伝うよ。約束を破るほど不義理な男じゃないからね」
これは降参するしかない。
俺の負けだ。
素直に認めるべきだろう。
新米警官でしかなかったケイトは、三年を費やして不可能な要求をクリアしたのである。
「あ、ありがとうございます!」
「君の努力が結んだ結果だ。存分に誇るといい。ところで、次の行き先は決まっているのかな」
「はい! まずはこの地域を……」
ケイトは嬉しそうに地図を開いて見せてくる。
三年ぶりの再会だというのに、そういった隔たりが感じられない態度だった。
(まったく、敵わないな……)
どうやら当分は彼女に振り回されそうだった。
ただ、それはそれで楽しいかもしれない。
復職してからは、何でも一人でやってきた。
ケイト達との合流は、気分転換にちょうどいい。
こうなったら、かつての世界を取り戻してヒーローになってみようか。
歴史に名を刻むのも一興だ。
世界を元通りにすれば新たな混乱が生まれるだろうし、やはり楽しむことができるだろう。
なんだかんだで損はしないと思う。
開き直った俺は、ケイトの説明に耳を傾けるのであった。
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