第4話 暗殺者は鮮血のビーチでチェーンソーを振るう
歓喜する俺は、掲げたチェーンソーを振り下ろす。
回転する刃がゾンビの頭頂部に食い込んだ。
血飛沫が上がり、皮膚と頭蓋を削られていく。
隙間から脳漿も噴き出していた。
そのままゾンビを鎖骨まで真っ二つに斬り、痙攣するそいつを蹴り倒す。
間を置かず、横からゾンビがやってきた。
俺を掴もうと伸びる手。
爪が剥がれて腐敗が進んでいる。
それでも人間を押し倒して拘束する程度の力はあるのだろう。
「おっと、汚い手で触るなよ」
ゾンビの腕を振り払い、その顎に回し蹴りを食らわせる。
そうして倒れたところで腹を踏み付け、上からチェーンソーを突き込んでやった。
胴体から頭部まで縦に割ると、ゾンビはあえなく動かなくなる。
さらに背後から呻き声がした。
今後は一気に三体が襲いかかってくる。
慌てず騒がず、俺はチェーンソーを一閃させて三体の首を薙ぐ。
首の前面が裂けて、そこから血が迸った。
俺は飛び退いてそれを躱す。
首の据わりが悪くなりながらも、ゾンビは接近を続けようとする。
それほどまでに俺のことを食いたいらしい。
彼らの飽くなき熱意だけは評価すべきだろう。
「まあ、少し休むといい。そこで寝てな」
優しく告げた俺は、彼らの脚を切断する。
仲良く転倒したところで、一体ずつ頭部を切断していった。
スムーズに三体を仕留めた俺は、チェーンソーを下ろして息を吐く。
「……はは、最高だな」
ビーチにはゾンビの残骸が散乱していた。
美しい景観は見る影もない。
あちこちが血肉塗れで、まさに地獄ような状態であった。
この場にいたゾンビは、俺が残らず解体した。
それなりに時間はかかったが、特にトラブルもなく完遂できた。
途中、何度かレベルアップを挟んでいるも、新たなスキルは手に入らなかった。
少し期待していただけに残念である。
取得に際して、何か条件でもあるのだろうか。
ただ殺しているだけでは駄目なのかもしれない。
その辺りについても調べていきたいと思う。
せっかくならスキルも集めていきたい。
「お?」
前触れもなくチェーンソーの稼働音が緩やかになってきた。
刃の回転が遅くなり、やがて完全に止まってしまう。
故障したわけではない。
どうやら燃料切れらしかった。
俺は少し惜しみながらもチェーンソーを捨てる。
燃料を補充すれば使えるが、こいつを携帯するのも面倒だ。
十分に楽しませてもらったので、既に満足もできている。
チェーンソーとゾンビの組み合わせを現実で再現したのだ。
これだけで相当な価値があった。
世界の変貌は、やはり素晴らしい。
次はどのようなシチュエーションを味わえるのか楽しみである。
俺は自分の身体を見下ろす。
返り血でずぶ濡れだが、異常は見られない。
無論、すべてゾンビの血であり、鼻の曲がりそうな悪臭を放っていた。
この有様だとウイルス感染していそうなものだが、今のところはそういった兆候も感じられない。
即効性ではなく、時間差でゾンビになるパターンだろうか。
色々な可能性を考えてみるも、感覚的に大丈夫そうな気がした。
特に根拠はない。
しかし、俺がゾンビ化することはないだろう。
たぶんスキルが機能したものと思われる。
もし不味そうなら、その時に考えればいい。
死んでしまうのならそれまでだ。
生き残るだけの力が俺になかったということである。
完全な自己責任であり、助からなかったとしても諦めは付く。
身軽になった俺は、ゾンビの残骸を跨ぎながら進む。
そして海で全身の血を洗い流す。
身体に傷は付いていない。
再生能力で治癒されたのではなく、ゾンビの攻撃を受けることがなかったのだ。
確かにあの数で来られると、さすがに対処し切れない時があった。
何度か危うい場面はあったが、噛まれる前に反撃できた。
それをチェーンソーだけで殲滅したのだから褒めてほしいものだ。
カメラで録画しておけばよかったと後悔しているくらいである。
まだネットが生きているか不明だが、ゾンビを殺戮する映像を動画サイトにアップロードすれば、さぞ盛り上がっただろう。
非常にもったいないことをしてしまった。
俺はそんなことを考えながら海から上がる。
血は落とし切れず、臭いも残っていた。
これ以上は消せそうにない。
(シャワーを浴びたいな)
この付近は確かリゾート地のはずだ。
探せばホテルくらいあるだろう。
立地や設備がよければ、活動の拠点にしてもいい。
アロハシャツを絞りつつ、俺はライフセーバーの死体のもとへ赴く。
そこでキャップとサングラスを拝借した。
ちょうど日差しがきついと思っていたところだ。
せっかくなので有効活用させてもらおう。
続けて死体からトランシーバーを借りた。
操作を試みるも、歪んだノイズを発するばかりで動かない。
故障しているようだ。
誰かと連絡を取れれば良かったのだが、こればかりは仕方なかった。
(さて、ここからどこへ向かおうか)
トランシーバーを捨てた俺は考える。
正直、一休みしたい気分だった。
大量のゾンビを殺し尽くしたことで、多少の疲労感があるのだ。
ボートでの漂流生活も決して楽なものではなかった。
きちんとしたベッドで眠りたい。
別に急ぐことはないので、ホテルを確保しに行こうと思う。
(その前に、まずは物資調達からしていこうか)
思い立った俺は、ビーチに隣接する店へと歩き出した。
最低でも武器と食糧が欲しい。
他に何か見つかればラッキーといったところか。
室内にゾンビが残っている可能性もあるので、引き続き警戒しなければ。
その時、甲高い豚のような鳴き声が響いてきた。
舗装された道の向こうからだ。
俺は足を止めて声のした方角を見る。
「何だ……?」
道を闊歩するのは、豚か猪のような頭部を持つ褐色の人型だった。
骨と革で作られた装束を纏っている。
脂肪の付いた巨躯は、ただ太っているわけではない。
贅肉の内側は、筋肉の鎧があるようだ。
きっと見た目以上に俊敏に動くことができるし、かなりのパワーを秘めている。
そんなモンスターが十体ほどの集団となって行動していた。
彼らの手には剣や槍や盾がある。
既に血が付着していた。
そんな風に観察していると、彼らの基本情報が表示される。
オーク Lv.20
脅威度:D+
状態:良好
彼らはオークと呼ばれるモンスターらしい。
どいつもレベルは20前後だ。
オーク達は俺を睨んでいた。
突き刺さる殺気から察するに、彼らはそれなりに場数を踏んでいる。
集団での戦いを心得ているようだった。
「追加オーダーはしていないが、まあいいか」
俺は近くに転がっていた木製のバットを拾った。
血が付いているが、破損はしていない。
軽く振ってみる。
この戦いくらいは持ってくれそうだ。
もし折れたとしても、連中の武器を奪えばいい。
俺はオーク達を殺すために踏み出そうとする。
ところが、それを遮るようにクラクションが鳴り響いた。
何事かと思って見ると、オーク達の背後から警察車両が迫っていた。
アクセル全開で爆走しており、止まる気配はない。
車両から銃声が発せられ、オークの何体かが怯む。
弾丸が命中したらしく、血を流していた。
ただし、彼らは倒れそうにない。
拳銃弾とは言え、殺傷能力はそれなりに高い。
オーク達はかなり頑丈なのだろう。
いきなり攻撃されたオーク達は怒り狂っていた。
俺への関心を失い、接近する警察車両に向けて叫んでいる。
(随分と大胆だが、どうするつもりだ?)
見物を決め込んでいる間にも、警察車両は道を直進する。
ついにはオーク達を撥ね飛ばし、或いは轢き潰した。
アスファルトの道に鮮血が弾ける。
激しく振動する車両が急ブレーキを踏み、ドリフトしながら俺の前で停車した。
開いた運転席の窓から腕が伸びる。
そこに握られているのは拳銃だ。
警察で採用されているものだった。
銃口は、俺の額を狙っている。
「ゾンビでは、ありませんね……?」
車内から緊張と不安を滲ませる女の声がした。
どうやら俺に向けた問いかけらしい。
俺は運転席を覗き込む。
濃紺色の制服に黒いベスト。
色白の肌に切り揃えられた金髪がよく映える。
澄んだ青い瞳は、こちらをじっと見つめている。
――神妙な様子で拳銃を向けてくるのは、あどけない顔立ちの女性警官だった。




