第30話 暗殺者は署内を彷徨う
「失礼しますよっと」
署内を散策する俺は、事務室の扉を開ける。
全体的に狭苦しく、大部分を机が占拠していた。
書類が出しっぱなしとなっており、整理整頓は放棄されている。
「ん?」
すぐそばで物音がした。
見れば、机の陰からゾンビが現れたところだった。
「ちょいとすまないね」
警官服を着たそいつのその顔面に拳銃を当てて、発砲する。
脳漿を散らした警官ゾンビは、書類を巻き添えにして倒れた。
もう起き上がってくることはない。
俺は室内を回って武器を探す。
引き出しまで開けて探っていると、凄まじい音と共に出入り口の扉が蹴破られた。
侵入してきたのは、筋骨隆々の黒い猿だ。
銃声に呼び寄せられたのだろう。
猿は俊敏な動きで俺に接近してきた。
鋭く伸びた爪には、鮮血が付着している。
俺は近くの机からハサミを掴むと、それを指にかけて回転させた。
持ち手を握り込みながら、猿の顎下に突き入れる。
猿がくぐもった悲鳴を洩らした。
そのまま勢い余って俺の頭上を越えて、床に衝突した。
起き上がろうとしたところに、俺が助走を付けた蹴りをお見舞いする。
猿の頭部は破裂した。
手足を痙攣させて、血肉を飛ばしながら倒れ込む。
やはり動く気配はない。
オーガのような生命力は持たないようだ。
あれは一種の例外なのだろう。
室内の安全を確保した俺は、机に座りながら休憩を始めた。
道中で拝借した腕時計を確認して、眉を寄せる。
警察署に入ってから、既に三時間が経過していた。
(一体どうなっているんだ?)
ここまでほぼノンストップで探索してきたが、ケイト達が一向に見つからない。
不審なのはそれだけでなく、警察署の内部構造が明らかに変わっていた。
知らない部屋や道が増えているのだ。
何より三時間も歩き回っているというのに、未だに全域の探索が終わらない。
現在地は事務室だが、廊下にはまだまだ先が続いている。
途中から不審に思って階数をカウントしてきたが、ここは地下二十階くらいの計算になる。
無論、警察署にそのようなフロアが存在するわけがない。
何度か外に出ようとしたが、地形が常に変動しているのか、一分前に通った道すら消失していた。
新たに生まれた通路を進むと、さらに下のフロアへ向かってしまう始末である。
どうにもおかしい。
迷ってしまったのは明らかだった。
この警察署には、何らかのパワーが働いている。
異世界人のアリエラなら、こういった超常現象にも詳しいかもしれないが、生憎と彼女は別行動中だ。
あの二人のコンビならまず死なないだろうから、早めに合流したかった。
他の生存者とも会えていない。
遭遇するものと言えば、損壊した死体かモンスターくらいだ。
(どこかにいるのか?)
たまに声がするので、生存者が残っているのは確かだ。
しかし、その方角に向かっても、迷路のように入り組んだ署内では遭遇も叶わない。
意図せず俺は、単独での探索を続けていた。
「どうしたものかね……」
俺は机の上に寝転がる。
悩もうにも、とりあえず進むしかないだろう。
他に策があるわけでもない。
そのうちケイト達とも合流できると願っておこう。
休憩を済ませた俺は、銃火器入りのゴミ袋を持って立ち上がった。
弾丸の数がそろそろ怪しくなってきた。
どこかで補充したい。
適当に探索していれば、多少なりとも見つかるはずだ。
そんなことを考えながら事務室の出入り口へと向かう。
途中、とあることに気付いたが、俺はあえて何もせずに進んだ。
部屋から出た途端、こめかみに何かを突き付けられる。
俺は横目で正体を確かめる。
予想通り、銃口だった。
「動くな。武器を渡せ。従わなければ撃つ」
銃口の向こうから冷徹な声がする。
そこに立つのは、険しい顔付きの警部だった。




