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逢魔が時

 周辺は地盤沈下で地上よりも低く、瓦礫の谷と化していた。村上達の居残る地下鉄の階段が近いはずなのに戦闘音は聞こえない。

 時間が経ち過ぎていた。基地へ撤退したか、もしくは合流する為に移動したか。

「望月さん、これからどうすれば」

 虚脱感に抗いながら後ろで大の字になっている望月に声をかけると、返事が無かった。

「望月さん?」

 目を瞑ったまま胸が上下する。覗き込んだ顔は蒼白で、深い傷から滲む新しい血が赤黒い肌を塗り重ねていく。体を揺すっても、風が短い髪を揺らそうとも、瞼すら震えることなくされるがまま。

 死体の様な姿に釘付けとなって立ち上がる。

 爆発の直撃、圧死する深さでの生き埋め、絶望的な状態から何日も瓦礫を押し上げ続けた。人間の限界など優に超えていた。

 車も、治療道具も、薬も無い。腕だけで丸金の胴に相当する体格差の望月をどう丸金が運べるのか。割れた瓦礫は不安定に重なり合い、無理に引きずりでもすれば溝に落とすか傷を広げてトドメを刺す事になるだろう。


 真っ白な頭で立ち尽くす。

「誰か」

 荒妻、村上、布引、仲前、桐島。大人が必要だった。捜しに戻ってきていれば近くにいるかもしれない。

「お札。目札めふだで空から助けを呼ばなきゃ」

 狂ったように着物の合わせ、袂、帯を捲り上げた。しかし、手元に残っていたのは真っ赤に染まった紙屑一枚。光源を作ろうと焦って多くの札を地下でばら撒いた。暗闇の中で縋る様に使える物は使い尽くしてしまっていた。

 悪い癖だ。

 いつも、後先を考えずに行動する。


 そうして今度は望月を失う。


「そんなの絶対に嫌だ!!」

 焦燥感に突き動かされて瓦礫に飛びつき高い段差をよじ登る。身体中を擦り傷だらけにしながら転がり出た場所は道路だった。特徴的な建物がなく、地下鉄への階段があった位置すら見当がつかない。

 望月が生き埋めから這い上がれたということは、同じ力を持つタイタンもいずれは地上に現れる。急がなければ周辺の殺戮者が望月を襲う可能性だってあるだろう。

 正真正銘、誰にも頼れない窮地だ。


 村上は意地悪な笑みが浮かべて「考えろ」と言う。答えを大人に聞いてばかりでは馬鹿になると。選択肢を作ってみせて常に丸金に選ばせた。


 布引は優しく「絶対助けてあげる」と包み込む。彼女なら必ず丸金を捜しているはずだ。そう確信できる根拠を常に行動で示してくれていた。


 荒妻は頭に手を置き「どうしたい」と聞く。全てを叶えてくれるわけではない。それでも、彼が負けたところは一度も見ていない。


 先程まで望月は確かに喋っていた。丸金を地上まで引き上げて、骨が折れたと笑いながら。望月は丸金に大事な事を教えてくれた。

「助けなくてはならない相手がいて、死力を尽くさない選択なんて無い」

 拳を握り締めて空を見上げる。






 丸金は夕陽が差し込むマンションの四角い螺旋階段を駆け上がる。まともに寝たのも食べたのも数日は前だ。喘鳴を漏らし、心臓を押え、飛びそうな意識に唇を噛んで耐えながら足を持ち上げる。そうして廊下や階段で何と遭遇することもなく最上階の踊り場まで上り詰めた丸金は、周りにタバコの吸い殻を散乱させた白骨の先客が手すりに枝垂れかかっているのを見つけた。そこからは遥か遠くに海が見えた。オレンジに近い淡い太陽の色を映し、船の一隻も浮いていない静かな海だ。

 白骨の隣から身を乗り出して地上を見下ろした。瓦礫の中、意識の無い望月の周りにも動く者はまだいない。まずは何よりもタイタンや殺戮者から望月を隠す事が先決だ。人か、あるいは薬が手に入る店でも構わない。望月が少しの距離でも歩けるだけ回復できれば助かる確率を上げられる。


 整わない呼吸のまま、丸金は高い位置から肉眼で必死に目を凝らした。横から受ける夕陽のせいで影が魍魎の如く伸びていき道を黒く塗り潰していく。

「え?」

 公園の滑り台に誰か立っていた。

 焦りと黄昏時に惑わされ、端々で居ないものが見えたように、無いものが動いたように錯覚してしまう。そんな一つの見間違いかもしれないと目を擦るがどうにも人影は確認できる。それも、驚くことに両手を挙げてこちらへ向かって手を振り続けているのだ。

「誰かいた」

 手すりから飛び降りた勢いで白骨の首が地上へと滑り落ちた。今度は地上へ転げ落ちる勢いで駆け下りた。距離はあるが公園までの道筋は一度しか曲がらず迷いようがない。

「いた。人がいた。待って。行かないでっ!」

 不運続きに幸運の渡り。

「助けて」

 一度も殺戮者と出くわさずに公園まで辿り着いた。自由に生い茂る雑木林の壁を抜け、砂地を覆い尽くした雑草へ駆け込んだ。敷地が一目で見渡せる小さな公園。

「助けてください!!」

 人影は移動することなく中心にある滑り台の上にいた。マンションから見えたままの位置。そこから首を曲げて目玉の抜け落ちた空洞が丸金に向いた。両手を挙げて関節がないように上半身をうねらせる、白く凹凸の無い人の形をしただけの何かが。


 勢いを失くして立ち止まる。

 うねる人影は棒に絡みつきながら降りてきた。それは地面に足を着ける度に水袋みたいに形を崩し、体を揺らしながら近づいてくる。呆けている間に目前まで距離を詰めた人影は丸金を真上から覗き込む位置で立ち止まった。

 頭上で白い頭が丸金を包むように形を変えていく。夕陽が隠れ、視界が全て白に侵食されて、そこでようやく丸金は息を浅く吸い込んだ。


「いいぜ。そのまま固まってろ、チビ助!!」


 濁音と暴風が目の前から白を左へ吹き飛ばす。目の前には頭上を殴りつけた鉄パイプを握る少年が残っていた。年の頃は丸金よりも随分と上で中高生と思われた。勇ましく立ち上がる髪と眉の下に垂れ気味な目があって、食い縛る大きな口元の左下にはホクロがあって。

「よし、変貌してないな。チビのくせに偉いじゃないか。逃げるぞ!」

 流れる動きでパイプ片手に丸金の手をつかんだ少年は颯爽と走り出した。白い人影はスプリング遊具に衝突した勢いでバネに揺らされながら、首を三回転して目の空洞を丸金に向ける。

 公園を飛び出し前を走る少年は鉄パイプで肩を叩きながら陽気に言った。

「あれは動きが遅いから大丈夫だ。余裕で逃げきれるから心配すんなよ。絶対助けてやるからな」

「あ、の! す、み、ま、せ、ん! 待っ、て、そっ、ち、行、か、な、い、で」

「しかし、すげぇ勢いで突っ込んで行くもんだからちょっと笑っちまったじゃねえか。無闇に突撃すんじゃねえよ。ああいうオバケみたいなの割りかしいるんだから」

「そっ、ち、じゃ、な、く、て」

「ま、気をつけてもエンカウントする強制イベントもあったりするんだけどな!」

 力強く容赦なく望月と逆の方へ連れ去られる。身長差も足の長さも関係なく引っ張られるものだから、足底が時々空を切って、まともに声を上げることもできない。


 何処からともなく現れた少年が足を緩めたのは壁に蔦が這うアパート前。薄い鉄で出来た階段を鳴らしながら二階に駆け上がり、乾いた音を立てて引き戸を開く。狭い六畳一間の窓は大胆にも全開で、窓の縁にはカップ麺、床の上には火のついたカセットコンロで熱せられたヤカンが激しく音を立てて暴れていた。

「やっべ、湯沸かし中だった」

 握られていた手が玄関でようやく離れる。カセットコンロに駆け寄って火を止める背中を見つめながら、自由になった手を床について喘鳴をあげながら肩を上下させる。

「おう、そんなにしんどかったか? 割と手加減して走ったつもりだったんだけど悪ぃな。水でも飲むか? この間の雨で大量に手に入ったから遠慮しなくていいぜ」

 巨大な水筒が少年の横に無造作に置かれる。丸金はふらつきながら這っていき、数日ぶりの水にかぶりつく。少年は訳知り顔で頷いて丸金の頭を叩いた。

「こんな所でチビ助一人で大変だったな。あーあー、女子だってのに髪まで血糊でバリバリじゃねえか。俺の名前は藤崎ふじさきひじりだ。お前の名前は?」

「すが、わ、ら、まる」

「菅原丸? 凄ぇ厳つい名前だな。どっかの武将かよ。あ、お前もラーメン食うか?」

 息の整わない丸金はただただ首を振る。藤崎は構わず新たなカップラーメンを取り出して沸かしたてのお湯を注ぎ出す。

「外の奴なら気にしなくたって良いんだぜ。放浪生活で鍛えられてるから、大抵の奴なら先生がいなくたって俺だけでも」

 丸金は立ち上がると藤崎の腕を両手で引っ張りながら声を張り上げる。

「望月さんを、助けてください!!」

 返事がなくても気にも留めずに一方的に喋り続けた少年は、鬼気迫る丸金にようやく口を閉じた。







 落差の激しい瓦礫にぶら下がりずり落ちながら望月の元へ急ぐ。身軽な藤崎は足場を見つけて飛び移りながら丸金を追い越して行った。

 戻って来た丸金は離れた時と変わらず目覚める気配のない望月の体に縋り付く。

「望月さん。お、起きてください、望月さん」

 泣きながら呼びかけても望月に反応はなく、規則正しい呼吸だけが胸板を上下させている。


 満身創痍な血塗れの望月の姿を見下ろした藤崎は望月の横に並ぶと寝ころんで頭上に真っ直ぐ腕を伸ばした。

「でけえ!! このおっさん二mくらいあんだろ! 俺の身長プラス手首までいってんぞ!?」

 丸金が眉根に皺を寄せて口をひん曲げる。藤崎は黙って身を起こすと視線をそらして頭を掻いた。素人目にも手当てで済む怪我ではなく、本来なら救急車を呼ぶような動かす事すら躊躇われる重傷者だ。高校かそこらの少年に治療できる段階ではない。

「えーっと、これはあれだ。とりあえず安全な所に運ぶ。それから薬と毛布を」

 藤崎は望月の腕を肩にかけて一気に背中へと担ぎ上げ、片膝をついた状態で遠い目になる。

「はい、重いー。これ道中で襲われたら走れないやつー」

「持ち上がらないんですか!? あ、でも、でも、私も持つので助けてください!!」

 回り込んで望月の足に腕を回して持ち上げようとする丸金に、藤崎は苦笑いで踏ん張った。

「行ける行ける。人間のおっさん如きを持ち上げられない貧弱な鍛え方はしてないからなっ、と」

 体に余る巨漢を背負い上げた藤崎は、行きとは違う重い足取りで瓦礫を踏みしめる。


 殺戮者の襲撃は杞憂に終わった。

 苦労しながら階段を軋ませて元の家まで戻ると、押し入れから埃臭い布団を引っ張り出して望月を休ませた。

「あっ」

 重圧から解放された藤崎は肩を回しながら、即座に望月に張り付いた丸金を見下ろす。

「そういや昨日、先生を捜してる時に妙な物見つけたんだった。かなり怪しいけど他に薬を手に入れるアテもねえしな。真っ暗になる前に取りに行くか」

 襟首をつかまれて上に引っ張られる。眠り続ける望月の顔と、有無を言わせぬ藤崎の顔を見比べ、後ろ髪を引かれながらも丸金は立ち上がった。






 住宅街は藤崎と会えたのが不思議な程に静まり返っていた。無害な人とすれ違いながら夕食の香りが漂っていたのも今は昔。わずかに地下で隠れ住んでいた住人も拠点が崩壊して去ってしまった。

 自覚が足りなかった。死の街で人間に成り代わっているのは白い人影の様な変貌者達で、もう簡単に人を見つけられる世の中ではないのだと。


 もしかして角を曲がったら。

 今にも屋根の上から。

 実は後ろを振り返ったら。


 警戒心を剥き出しにした丸金は落ち着きなく首を巡らせる。それに反して散歩でもしているような足取りが藤崎だ。彼は片手に握ったパイプ一本分の警戒で周囲を見もしない。

「なあなあ、あのおっさんって菅原丸の親戚なのか? 望月さんとか呼んでたから父ちゃんってわけじゃないだろ」

「……望月さんは、訳があって付いて来てもらってる人です」

「付き合いは長いのか?」

「いえ。まだ、ちょっとです」

「ふーん」


 質問が途切れ、太陽が沈みきる。街灯や窓から漏れる灯りの無い夜には本当の闇が訪れた。月明かりなんてものは黒に濃淡をつける程度。目の前にいる相手が、人か、(もの)()かすら判別できない。

 脳裏に生き埋めの恐怖が蘇った。しかし間髪を入れずに目の前で照明がつけられる。藤崎は自分の首元ならネクレス型の照明を外すと、丸金に身につけさせる。

「ソーラーパネルで充電できんだ。良いだろ。一個やるよ。目立ってヤバいもんに見つかりやすくなるから使いどころに注意な。スイッチはコレ」

「え、そんな、これ貴重な物なんじゃ」

「後八個持ってる。いつもは手巻きライトか焚き火で済ましちまうから思ったより使わねえんだ。見張りは先生に任しときゃ事足りるし」


 端々に挟まれる同行者の存在を遂に無視できなくなる。

「さっき、藤崎さんは昨日、先生を捜してたって言ってましたよね」

「んー、あー、そうなんだよ。一昨日な、俺が近くの川で釣りしてる間に姿消しやがってさあ。見つかんねえの」

「それって、先生に何かあったのでは」


 例えば、運悪くタイタンに遭遇して体が裏返ってしまったり。


 そこまで考えて一気に血の気が引いた。

 外で人間に会うことがどれだけ稀な事か考えれば答えが合致してしまう。近くに藤崎がいた事も、一昨日から探している先生が見つからない事も。

 丸金は震えだす。

「ご、ごめんなさい……」

「なんでい藪から棒に。あ、もしかしてトイレか?」

 思い浮かんだ恐ろしい可能性に、恩を仇で返す罪深い所業に、丸金は膝から崩れ落ちる。目を丸くする藤崎の前で両手をついて額をアスファルトにつければ独特な匂いが肺を満たす。

「私、きっと地下鉄で藤崎さんの先生を、殺しちゃいました」

「待て待て、落ち着け菅原丸。一体どっからそんな結論に達したし」

「先生がタイタンに捕まってて、う、裏返って変貌しちゃって、望月さんの所に行こうとした時に足をつかまれて」

「サッパリ分からん」

 藤崎は丸金の頭元にしゃがんで少女の後頭部をつつく。

「分からんが、先生はメチャクチャ強いからお前みたいな奴に殺せるわけねえし人違いだ。早とちりで修羅場るな」

 こうして藤崎が五体無事で放浪している程だ。その先生は確かに飛び抜けた強さなのだろう。しかし、捕まえていたのは常識から並外れた死神だ。

「凄く危ない殺戮者に、痛めつけられたから、弱ってたんです。あの人、まだ不完全で、体が裏返ってる途中だったし」

 泣きながら懺悔する丸金に痺れを切らした藤崎が頭をつかんで持ち上げる。

「心配すんなって! その変貌者がどんなに強くったってな、うちのクソババアは世界最強なんだよ。マジでお前が殺してたら逆に賞賛するわ。それに先生はしょっちゅう徘徊するんだよ。数日見つからんとかザラなわけぇ」

 瞬きをして涙の粒がこぼれ落ちる。

「……ババア?」

「真面目ちゃんめ。あんまり思い詰めんなよ。襲ってくる相手に配慮出来るのは完全に実力が上回ってる時だけだ。仕方ないって。正当防衛だったんだろ。知らんけど」

「藤崎さんの先生は、男の人じゃなくて、お婆ちゃん?」

「いや、年齢的に婆さんって意味ではない。たまにムカつく的な愛称だ。目の前で言ったらぶん殴られるけど」


 頭を固定している手が離れると、丸金は脱力して地面にうずくまる。

 覚悟を決めたつもりで選んだ事にも後悔と罪悪感が付き纏う。何をするのも怖くて、挫けてしまいそうで、すぐに泣いて許しを乞う。誰かに縋っていないと立ってもいられない。

「安心したかあ?」

 保護者がそばにいない状況にも関わらず快活に笑っていられる少年。年上であったとしても立場は同じで、強く在りたい丸金は否応なく己と比較してしまう。


 自己嫌悪にのまれる丸金の腰に藤崎が腕を差し入れる。

「そんじゃ、そろそろ別の怖い話に移るかな」

「え?」

 言うが早いか、藤崎は丸金の体を無造作に持ち上げて脇に吊り下げた。窮屈な体勢に体を泳がせ、首元に与えられた小さな灯りが暗闇の中で揺れる。藤崎が背後を半歩振り返った。存在する淡い光が届くのはほんの数m。歩いてきた曲がり角の輪郭は分かる。

 そこから、白い頭が覗いていた。

 頭の上下から二本の腕が音もなくブロック塀を這い、忙しなく首をくねらせながら全貌を現わした。空洞の目がこちらを凝視する。それは、公園で遭遇した人影だった。


「跳ぶから」

 藤崎は宣言の直後、片手にパイプ、片腕に丸金を抱えたまま手も使わずに塀を駆け上がった。構える間もない。柔らかな丸金の腹が容赦なく絞まる。

「ぐえっ」

 手足を縮めて息を詰める。

「腹にしっかり力を込めろよ。逃げるにしろ戦闘にしろ、しばらくお前そこだからな!」

 高所で吊り下げられた丸金の眼下では、蠢く人影が壁に体を擦り付けながら迫っていた。空洞の目はしっかりとこちらを見つめて視線が外れない。白い体は水袋のように柔らかく、足を地面につけるたびに形が潰れて輪郭がブレた。人の形をしているだけで体内には何が詰まっているやら見当もつかない。


「目はなくても見えてんのか、匂いや気配で追ってきてんのか、ハッキリしねえ奴だな。とりあえず、おっさんからは引き離さねえとな!」

 力強い足が狭い塀を蹴って空に跳び上がる。重力が消える浮遊感、塀で隠れていた荒れた庭が視界を流れて、パイプを持つ手と狭い足場を使って器用に屋根の上へと到達した。あまりの高さに丸金は言葉にならない悲鳴を漏らす。


 高さで距離が開くと白い人影は首を捻じ曲げて立ち止まった。首がどんどん捻れていき、頭と肩の形が崩れていく。

 藤崎は得意げに仁王立ちで人影を見下ろした。

「子供の頃から先生に追い回されて脚力がっつり鍛えられてっからな。足の遅い奴なんて障害物がありゃ、すーぐに、いいいっ!?」

 白い人影が細く長く空へと伸び上がった。頭から足先まで引き伸ばされた細い筋が屋根まで届き、接着したところから足となり、膝、腹、胸と形を取り戻していく。

「おおお追いつかれます!」

「送り返しまっす!」

 白い頭が形を成したところで藤崎は人影の腹にパイプを叩きつける。柔らかな胴体は上下に千切れ、なんともあっさり屋根から墜落していった。

「やべ、殺しちまった!」

 漏れた言葉に、丸金は顔を跳ね上げて藤崎を凝視した。


 屋根の縁から庭を見下ろすと、離れて落ちた体は跳ねて上半身と下半身で散らばっていた。白い塊は千切れてもくねるのをやめず、分かれた体は互いに膨らんでいく。

「あ、違う。これヤバい奴だ」

 塊にくびれができた。細い触手が伸びた。穴が出来た。それは見る間に元の大きさで二体に増えて、四つの空洞が屋根の上へと視線を向けた。

「ひいいいいい!!」

「うえええええ!?」

 白い人型達が再び屋根まで伸び上がってくる。左右で挟まれた藤崎はパイプを振るって白い人影を叩き落とした。伸びた体は脆いのか、公園で吹き飛ばした時とは違って簡単に千切れてしまう。庭に落ちた塊は千切れた数だけ膨らんで、元の大きさで人型になって増えて戻ってくる。


 際限なく増えてしまう人影に取り囲まれた藤崎に焦りが浮かぶ。

「ちょ、待っ、体積どうなってんだよ! それ反則! 漫画ですら増えたら小さくなるってのに!」

 振り回される丸金は劣勢の藤崎に服を引っ張って訴える。

「藤崎、さん、これ、増え過ぎる、前に、逃げた、方が」

「それな! これ明らかに相手にしたらアカンやつだよ。撤退、てったーい!!」

 パイプ一閃で人型の上半身が横並びに下へと落下する。つきたての餅みたいな塊が庭に広がる光景を背に、藤崎は屋根を駆けて反対側の家へと飛び移った。階段でも駆け下りる軽やかさで屋根から塀に、ベランダの手すりを踏んで、自由自在に少年は丸金を抱えて逃走した。

菅原丸金(すがわらまるがね)

荒妻(あらつま)晋作(しんさく)/カマイタチ

村上(むらかみ)海舟(かいしゅう)/コウモリ

布引(ぬのびき)(とどろ) /シザー

望月(もちづき)羽秋(はねあき)/タイタン

仲前(なかまえ)(れん)

桐島(きりしま)**

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