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死神掃討作戦

 遠征は丸金にとって六度目。

 菅原家の使役術は素体の情報を必要とする。具体的には髪の毛一本、皮膚の欠片、科学的に言えばDNAが手に入る何かであれば良い。

 丸金は荒妻達を顕現するため、身を隠しながらではあるが一度は全ての死神との接触に成功した。しかし、情勢は刻一刻と悪くなっている。大規模な被害を何度も乗り越え、車両・武器・精密機器の設備消耗、加えて基地の維持運営すら切り詰めなければならない生存者の減少。

 富田二等陸佐という後ろ盾のない桐島と仲前だけでは、死神一体を見つけるだけでも困難を極める。


 整備されず伸び放題の雑草群、死骸に瓦礫に遺物散乱とくれば道路なんて在って無いようなもの。速度を上げれば当然装甲車は乱暴に揺れて、その度にランドセルを抱えて耐える丸金はベルトを命綱に跳ねては落ちる。

 運転席で目のすわった桐島はハンドルをレーシングゲームの如く切り替えし、装甲車の上部についた蓋を開いた仲前は進路の邪魔になる殺戮者をシューティングゲームの如く撃ち殺していく。桐島と仲前はヘリでも装着していたヘッドフォンで忙しなく状況を確認し合い、張り詰めた空気を発している。


 布引が丸金の肩を抱き寄せて衝撃を抑えながら、話を切り出す。

「死神発見って言っても数日前の映像でしょ? 急いだところで留まってるとは思えないけどなあ。見つけたところで各々が全力を出し合いましょうみたいな無策特攻しちゃう感じでいくの?」

「作戦を練れるだけの情報不足。素人混じりで連携とれるだけの訓練無し。奇襲できるタイミングでもない限り、付け焼刃で立てられる作戦っつったら撤退についての取り決めと合図くらいなんだよなあ」

 忙しい監視の代わりに村上が片手に余るノートサイズの黒いモニターを振って見せた。

「とりあえず、死神が映ってたっていう例の記録の上映会を済まそうぜ」

 血飛沫が窓に数滴付着する。その向こうでは進路に関係のない鈍足の殺戮者が景色と共に流れていく。ベルトを外して村上が丸金の抱えるランドセル上にモニターを出せば、激しい揺れの中でも運動神経に優れた大人達は各自器用に周りに寄り集まる。


 用意されていた画像に映ったのは焼け焦げた一軒家だ。炭になった木枠と、溶けて垂れた雨樋い、向こうの瓦礫まで広く見通せる景色はもはや珍しくもない廃墟だった。

 静かな環境音だけが流れている。


 そこに黒い物が横切り、画面が真っ赤に変わる。


「……何?」

 疑問が丸金の口から漏れる。桐島が運転席から大きめの声で映像の補足説明をつける。

「最初のカメラは例のモールから北西にあるコンビニに外付けし直してあったものだ」

 映像が切り替わる。次のカメラは三車線道路を見下ろす二階にも届く位置。端に映るバス停には役所前とある。その高さで、今度は赤く濡れた手がゆっくりと画面を撫でたのが分かった。


 後ろに跳び上がった丸金は壁にぶつかる。汚れが透けた向こう側に、吊り上がった口元が見えていた。

 次のカメラは緑が生い茂る公園の中。これも高い位置に関わらず両側から赤い雫を垂らした両手と、上からレンズを覗き込む目がハッキリと映り込んでから画面を赤く染めた。


 また場所が変わる。カメラの設置場所は今までより並外れて高い。それは広大な公園を一望できる程で、画面下側には地上に向かい何層も連なる青緑の瓦屋根が映っている。

「これは、城か?」

 望月が呟く。


 スピーカーから強風の音が流れて画面が暗転する。かと思えば、再び風を切って暗幕が一気に取り払われる。暗転は何度も繰り返され、それに目が慣れると画面を塗り潰す黒が、殺戮者の外皮によく見る革の質感であるのに気づく。

 この映像の変化は赤い手ではなかった。

 左端から髪が、目が、顔が、画面を少しずつ侵食していく。


 笑みを浮かべた蝙蝠が、レンズを覗き込んでいた。


 映像が停止する。

 タイミング悪く仲前が勢いよく車内に腰を落ち着けて大きな溜め息をついたので、丸金の肩が跳ねた。

 バックミラーで背後の様子を確認した桐島が解説を加える。

「基地襲撃からこれだけ時間が経っているにも関わらず蝙蝠は周辺から立ち去っていない。こちらにまだ興味を失っていないからだ。基本的に殺戮者は手近な標的にしか興味を示さないが、標的に法則性を持って執着する個体もいる。僕の所属していた基地も壊滅するまで蝙蝠に執拗な襲撃を受けていた」

 荒妻が村上を見る。

「蝙蝠は自衛隊を狙っている?」

「長期航海の後半辺りになってくると、化け物でも襲ってきて基地ぶっ飛ばねえかなあって想像くらいはしてたけどな?」

 眉を顰めて望月が村上を嗜める。

「真面目な話で不謹慎な冗談は止めないか」

「いんや、大事な分析だぜ望月ちゃん。これは、頭の狂った俺の話なんだぜ?」

 話の流れに構わず布引が村上の手からモニターを引き抜き、映像を巻き戻して熱心に見直しだす。


 暴れる車の中で村上は自由になった両手で丸金の顔を包んで頬を潰す。

「さあて、こいつは最高に面倒な敵だぜ、マル」

「う、うえっ!?」

「この映像から読み取れる情報はな、蝙蝠が銃火器だけじゃなく、監視カメラが何かも理解していて、更に人が不快に思うことを想像して嫌がらせをするだけの知能まで持ってるってことだ」

 反射的に望月が「まさか」と否定したが、蝙蝠の特殊さを思い出して渋い顔になる。他の殺戮者は本能のまま動物じみているのに対し、蝙蝠はとにかく知能が突出している。

 タイタンも他の殺戮者とは一線を画した頑丈という特殊性を持っていた。


 意地の悪い仲前の声が考察を追加する。

「そこに映ってるカメラの位置はショッピングモールから城までの直線上に設置してあったやつだ。あそこの住人は蝙蝠に目をつけられてイタズラされちまったんだよ。なんせあいつは人間をオモチャにする最低な死神だからな」

 これに平然と賛同するのが村上だ。

「屋上に畑があったんじゃ蝙蝠からすりゃあ、人間がいますって喧伝してるようなもんだろうしな!」

 目を細めた村上は丸金に向かって自問自答を投げつける。

「そんな蝙蝠がなんでかメインディッシュを見失ってるわけだ。昔の俺じゃ、結界を張られてるなんて想像もつかんだろうよ。なら獲物を諦めるか? いいや、まだ手はあるね。獣だって鳥だって餌の行動を読んで巧妙に罠をはる。誘き出すために俺ならどうする? 籠城してる奴は食糧に水、薬、いつかは何かを求めて巣穴から出てくるはずだ」

 桐島はハンドルを切りながら追加する。

「現在、外出は最低限の調達以外許可されない厳戒態勢中だ。基地を包む巨大な結界は、計測器や衛生からも座標を見失わせるものらしい。ただ、継続するには負担と手間がかかる。故に三ヶ月が限界だと陰陽師が言っていた。だからそれまでに蝙蝠だけはなんとしても始末しなければいけないんだ」

 席に戻って荒妻が腕を組む。

「姿を消されるより追跡が楽で結構な話だ」


 貝塚家の使う結界は三時間毎に基地全体を巡回し、各所の風水を読み解き、在るものを無いように見せるには光をどう歪ませるべきか計算し、応じた術を再構築し続けなくてはならない。

 大和や他の陰陽師の手助けである程度は負担を肩代わりできるだろうが、術自体は適合者でなければ正確に発動できない。

 実際に三ヶ月も貝塚の体力がもつ保証は無い。


 望月は首を振る。

「いくら知能が高くとも、正常な村上君の思考回路を当てはめるべきではないだろう。衝動に突き動かされている殺戮者が、一度見失った標的に持久戦まで仕掛けてくるとは考え難い」

「そいつはどうかねえ。今んとこ目にする殺戮者の大半は何かのなり損ないみたいなクリーチャーだが、時々、明確な形をした存在もいるんだぜ。連中にもランクがある。そういうことだな、マル」

 聞き手に徹していた丸金は、慌ててランドセルを開ける。

「ま、待ってください」

 ずっと潰されていた頬から村上の手が離れる。


 和紙で綴じられた貴重な古書を見比べる丸金が、慌てて数冊床にばら撒くのを、周りの大人が空中で受け止める。

「あの、えっと」

 ヒヨコの付箋が貼られているページをいくつかめくり、目的の文書を見つけて指でなぞる。

「よ、よく見るタイプの殺戮者は、世界の調和が崩れたせいで堕ちやすくなって変貌した魑魅魍魎です。あの人達は形が保てず、物心を持つまでには長い年月がかかります。でも強過ぎる感情で堕ちた人は、最初から明確な姿をした名前のついているような妖怪として覚醒する人もいます」

 その妖怪の例を目にしている村上をうかがい見る。

「飛頭蛮みたいに」

 仲前と桐島もミラー越しに後ろのやりとりへ目をやる。


 いまいち懐疑的な望月だが、不意に困り顔で頭を掻く。

「強過ぎる感情で、か。昔話にも確かに変貌話があるな。安珍清姫(あんちんきよひめ)か」

「なにそれ?」

 布引が首を傾げると、望月が短くまとめた。

「雑に省略すると愛を誓った男が逃げて、憎悪に燃えた女が大蛇になって男を呪い殺す話だ」

「昔ながらの典型的な変貌のお話ですね。変貌自体は昔からあって、殺戮者なんかは鬼になったとか魑魅魍魎に堕ちたと言われていました。それで、えっと」

 本に目を落として丸金は音読する。

「人間から妖怪への形成は、元の人格や、強く残った感情や、堕ちた度合いで決まる。これらは人の姿を保つものほどタチが悪い。古来より妖怪とは人を化かすもの」

 まだ読み込んでいないらしく片言になってきた丸金に代わり、荒妻がまとめる。

「蝙蝠は道具を使う畜生ではなく、昔話に出てくる悪質な妖怪そのものとして対策すべき、と」

「そろそろ自分もこういった怪奇話も柔軟に受け入れていくべきなのだろうが、どうしても頭が拒絶する」

 額を押さえて望月が席に沈んだ。


 布引からも疑問が出る。

「妖怪かあ。ねえ丸金、殺戮者って呪いで殺しにくることもあるのかな?」

「え、いえ、魑魅魍魎のやり方は物理しかありません。昔の人はショック死とかを呪いって言ってるだけです」

 散々非常識な魔法を見せられてきた望月は苦虫を噛み潰した顔になる。

「どうしてそこだけ妙に科学的なんだ」

「かがくてき?」

 日常会話に出てこない単語に丸金が小声で反応する。

「ああ、いや、理科のことだ」

「りか……」

 知識に偏りのある丸金に荒妻が「生活科の進化形だ。普通は三年生から習う」と付け加える。


 質問の出所である布引は明るい声で何度も頷く。

「物理だけ。そうか、うんうん、今まで通り物理だけなら助かるよ。攻略法ないのが一番困るからね」

「つって、攻略できてないから死神なんて呼ばれてんだけどな」

「つきましては頼みがあるんだけど」

 村上の皮肉も聞き流し、目を輝かせた布引が膝を叩いて、蝙蝠の映ったモニターに指で叩く。正確には、蝙蝠の後ろに映る背景を。

「ここに蝙蝠が留まってるかの如何を問わず、死神退治の前に是非とも城内に行ってみたいんだけど!」

 丸金は口を丸く開けて本を取り落とした。

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