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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇七、セーハチの調べもの
20/25

〇三



       ○



 しばらくしてから、セーハチも図書館から戻ってきた。

 その手には小さなバックを提げており、


「なにそれ」


 というゲンやんの問いに、


「持ってきた。雨で濡れると困るからな」


 セーハチは淡々とした顔と、淡々とした声で答えたのだった。


(あらかじめ用意してたのか。手ぶらかと思ってたのに)



 やがて、おじさんが三人を迎えにやってきた。


「いや何事もなくって、良かった良かった」


 おじさんは笑いながら、神縛町まで三人を車で送ってくれた。


 その車中で、


「ありがとうございました」


 セーハチはおじさんにカードを手渡した。

 どうやらおじさんのカードで図書館の本を借りたものらしい。


 その後、セーハチはすぐさま本を読み始める。

 体質的なものなのか、セーハチは運転中の車内で本を読んでも、


「まず酔わない」


 のである。


 どちらかというと、乗り物酔いしやすいゲンやんにとっては嘘みたいな話だ。


 三人を家まで送り届けた後、


「昼休みが終わるから」


 と、おじさんはあわただしく再び出勤していった。


 その後昼食となるのだが、セーハチはいつもよりも早く食事を終えると、せわしなく離れへ戻り、むさぼるように本を読み始める。


 キロクはしばらく小雨の振る外を見ていたが、やがて布団を敷いて眠ってしまった。


 セーハチはそんなものに構うこともなく、色んな本を読みながら、いくつもの栞をはさみ、あるいはメモ用紙に何かを書きつけていく。

 静かではあるが、どこか鬼気迫るその様子に、ゲンやんは声をかけられなかった。


 セーハチの借りてきた本は、いずれもこの近辺の歴史に関するものだ。

 その中でも、特に熱心に読んでいるのは、『神縛町郷土史』というタイトル。


「おーい。元気かね、諸君」


 真澄がのん気な声をかけながらやってきたのは、その時だった。


「……いったい、なにやってんの? 夏休みの宿題?」


 離れに入るなり、真澄はセーハチを見て呆れ顔になった。

 セーハチは、そんな真澄の声を完全に無視して作業に没頭している。


 しかし、一体なにを調べているのかはゲンやんにはよくわからない。

 真澄は遠慮もなくセーハチに近づくと、適当な本を取り上げてページをめくる。


「あれ。これって……」


 読み出してすぐに、真澄はなにか驚いたように目を見開いた。


「どうかした?」


「いや、これ」


 尋ねるゲンやんに、真澄は開いたページを見せてくる。

 小学生向きと思われるその本はかなり古くらしく、表紙もやや黄ばんでいた。


 この県内の昔ばなしや伝説を集めた本らしい。


『○県の伝説と昔ばなし』


 タイトルはいかにもありがちな、凡庸なもの。

 しかし、ゲンやんは軽く流し読みをするうちに気づいた。


 その内容は、最初の夜おばあさんから聞かされた荒女山の女神の話と同じもの。



 昔むかしのこと、荒女山の女神様はわるさ神だったそうな。

 女神様はよく山のてっぺんからはるか遠くの海をながめていた。


 ところが、海の上に船を見つけると邪魔に思って神通力でひっくり返す。

 これを不思議に思った猟師たちは、占い師に頼んでみた。


 すると、荒女山の女神の仕業だとわかった。 

 猟師たちはすぐに抗議するが、女神様はまるで耳を貸してくれない。


 仕方なく、猟師たちは荒女山近く村へと相談を持ちかける。

 村のものは相談して、女神様にてっぺんから降りていただくことにした。


 しかし、無理やりにやったのでは後の祟りが恐ろしい。

 そこで村のものは、まずたくさんのお神酒を用意した。


 次に若い娘の踊りと、それに合わせたにぎやかな笛や太鼓。

 もともと酒好きだった女神様は、フラフラとてっぺんから降りてきた。


 お酒と踊りで盛大にもてなされた結果、女神様はしたたかに酔っ払ってしまう。

 ついにいびきをかき始めた女神様を見て、村のものはホッとひと安心。


 今のうちに女神様を鎖で縛り、麓まで連れて行こうとなったが、そこで困った。

 相手は神様だから、普通の鎖では意味が無い。


 どんなにきつく縛ってみたところで、たちどころに引きちぎってしまうだろう。


 そこで村一番の年寄りがこう言った。


「神様を縛るのなら金の鎖が良かろう。金ならば神様も縛られて怒る出すこともない。だから後々に祟りをなす心配もない」


 村のものはそれに従い、眠っている女神様を金の鎖で縛り上げて、麓に連れて行った。


 麓に社を建ててそこに鎮座していただいたが、金の鎖のおかげで女神様は怒ることもなく、その後もお神酒を欠かさなかったので、いつもほろ酔いであったという。 



「……金の鎖?」 


 読み終えたゲンやんは首をひねっていた。


 お婆さんから聞いた話では、そんなものは出てこなかったはずである。

 ゲンやんが顔を上げると、真澄は小さく首を振っていた。


「黄金は神の金属」


 その時、いきなりセーハチの声が室内に響いた。

 小さいのに、まるで地鳴りみたいな迫力の声は、ゲンやんも真澄も硬直させる。

 しかし、当の本人は二人を脅かした後読書に没頭したまま見向きもしない。


「おーい、セーハチ。セーちゃん?」


 ゲンやんがおっかなびっくりに声をかけるが、やはり聞こえていないらしい。


「なんなの、こいつ?」


 真澄がおかしな生き物でも見るように、セーハチを見てからゲンやんを睨む。


「……マイペースなヤツなんだよ、いっつも」


「いいけどね、別にさ」


 真澄は脱力したように言うと、また別の一冊を取った。


 神縛町郷土史。

 セーハチが一番熱心に読んでいた本だが、本人は今別の本を熟読中である。


 真澄は少し表紙を見た後、すぐにセーハチのそばに戻した。


「……じゃあ、まあ。ごゆっくり?」


 パタパタと手を振り、真澄は離れから出て行こうとする。


「あ、ちょっと待って」


 そこでゲンやんは急いで声をかけると、自分の荷物からあるものを取り出す。

 病院の売店で買ってきたお菓子だった。


「昨日、バクバク食べちゃったから」


 そう言って、レジ袋に入ったままのお菓子を差し出すゲンやん。


「気にしなくってもいいのに。言ったじゃん、おごりだーって」


 真澄は驚いたような顔をしていたが、やがて笑顔でお菓子を受け取る。


「せっかくだし、いただいたお菓子で三時のおやつにでもしようかね」


「え。まだ二時にもなってないけど」


 ゲンやんは、時計を確認して律儀に答えた。


「そっか。じゃあ、三時になったらお茶持ってあげよう。セーハチも、ちょっとひと息入れたほうが良いと思うしさ」


 真澄は病的なまでに集中しているセーハチを見て、片手を上げて言った。


「なんか、手伝う?」


「お茶持ってくれるだけもん。手伝ってもらうほどのことはないなあ、さすがに」


 尋ねるゲンやんに、真澄はカラカラと笑う。


「そいじゃあ、三時ごろにね」 


「うん」


 真澄が去った後、ゲンやんはなんだかひどく気恥ずかしくなって頭をかいた。

 顔を合わせて話しているうちは普通だったのに、本人が目の前からいなくなってしまうと、妙に照れくさくってしょうがない。


 幸いというのか、セーハチは微塵も興味を示さず、キロクは高いびきで熟睡中。

 自分の感覚をごまかすように、ゲンやんはさっき真澄が手にしていた本を手に取る。


 手にしてみると、その電話帳みたいな分厚さと重さにギョッとさせられた。

 ページを適当にめくると、いくつも栞のはさまれたうちの一つに行き当たる。


 『迷信・俗信について』


 そんな文がまず目に入り、



 神縛において、黄金は神聖な金属であるという俗信があった。

 黄金は神から賜るものであり、日常で触れることは禁忌とされるものであった。


 そのため紙幣が流通する以前も村内では使われる貨幣は銅貨や銀貨のみであり、どれほどの富貴の人間であっても、金貨を所有することはなかった。

 それは神社仏閣にも及び、金細工や金に似た真鍮も忌避されたという。



 この文章を読んで、ゲンやんは先ほどセーハチが言った言葉を思い出す。


 黄金は神の金属。セーハチはそう言っていたのだ。


(ということは……)


 荒女山の伝説も、こういった独特な考えが根っこにあるのかもしれない。

 しかし、黄金をありがたがるのではなく、タブー視するというのは珍しい。


 ゲンやんは面白いな、と感じながらまた別の栞がはされまれた箇所をめくる。



 ・カワズづら(あるいはカエルづらとも)


 神縛の人間に対する蔑称である。

 その独特の大きな目と口が、カエルを連想させることから。

 現在ではほとんど使われることはない。



 ゲンやんはこの一文に、真澄やおじさん、さらには母親の顔を思い出していた。


 母は目の大きさ以外はごく普通だが、真澄たちは確かに、


(カエルっぽいよなあ……)


 そういう顔立ちをしている。


 郷土史には、最初のあたりに本が書かれた当時の町長の写真が掲載されていた。

 その人物も、やはり大きな目と口である。


「はてね……」


 なんとなく、ゲンやんは意味のないつぶやきを漏らす。

 よくわからないはずなのに、妙に納得しているような気がしたのだ。


 だけど、なんに対して納得しているのかちっともわからない。


「なあ、セーハチ。お前、一体なにを調べて……」


 そんなモヤモヤをどうにかしたいと、ゲンやんは意を決してセーハチに尋ねる。

 ドタドタと騒々しい足音が駆け込んできたのは、ゲンやんが、


「……るんだ」


 と、言い切ろうとした直前のことだった。

 あまりの騒々しさに、セーハチも読書を中断して顔を上げる。


 ゲンやんも、話の腰を折られたという腹立たしさと共に振り返った。


「ちょ、ちょとちょと、ちょっと……!」


 真澄は小脇になにかを抱えな、ものすごくあわてて部屋へ上がりこんでくる。

 両目を血走らせ、話す言葉も曖昧で聞き取りづらかった。


「な、なんだよ、一体……? まず、落ちつけって」


 普通ではない真澄の状態に、ゲンやんも驚きながら腰を浮かす。


「……これ、見てよ」


 真澄は持っていたものを畳の上に置いて、ゲンやんに見せた。

 それは、よくあるタイプのノートパソコンである。


 パソコンの画面には、何かのニュース記事らしいものが映っている。


 『瀬戸内海に新種のクジラ?』


 よく見れば、それは一般的なニュース記事ではなくって、インターネット掲示板に集まった情報や書き込みなどをまとめたサイトらしい。


 瀬戸内海のどこかであろう海と、その海面に見える大きな影。

 写真写りのせいか、形状はなんだかわかりにくい。


 だが、ゲンやんにはそれにどこか見覚えがあるのだった。


(なんだこれ。クジラっていうよりも、タコ?)


 記事を見てみると、今朝の本州から四国へ向かう船上で撮影されたものらしい。

 また、これと同じようなものが、淡路島付近でも目撃されたという。


 撮影されたらしい写真も載っている。

 その写真は、他のものよりいっそう形が明確で、


(やっぱり……タコみたいだ)


 と、いうゲンやんの感想がピタリとくるものだった。


 クジラではなく、ダイオウイカのような大型の頭足類では?

 そんな意見も多かったが、いや、イカにしてはおかしい。やはりクジラだ。


 こういった論争が掲示板でされていたようである。

 書き込みの中には、明らかにふざけているものが多かったが、中にはおかしな呪文や奇妙な単語の書き込みが多い。


(なんだ、これ?)


 ゲンやんは記事自体も気になったが、その単語がどうも引っかかっていた。


「ねえ、これってやっぱり……」


 画面を指しながら、真澄はすがるようにゲンやんを見た。


「ああ。もしかすると」


「だよね。あの崖から出てきた……」


 そこまで言って真澄は黙り込み、首を二度三度振って、あくびのようなため息。


「……いや、でも、アレは土の中に潜り込んだんだろ?」


「あ、そうか」


 ゲンやんの意見に、真澄はまた黙り込んでしまう。

 地中を深くもぐって移動したというのは、納得できる。


 しかし、地中の生物がどうして海中を移動したりするのだ。


 オケラやモグラが水の中を泳ぐか? まず、ありえない


「それに、クジラみたいなでっかいのが地面を掘り進んだから、相当に揺れない?」


「あ、そうか……!」


 その震度や場所によるが、場合によっては下手な地震以上の災害が起こりうる。

 真澄はキーボードを叩いて、ここ近辺の地震情報を確認し始めた。


 田舎であるためか、大した情報は出てこない。

 良くも悪くも、話題になるような出来事は確認されていないようだ。


「偶然か。それとも、やっぱり見間違いだったのかなあ」


 真澄の言葉はガッカリしたような、でもホッとしているような微妙なものだった。


「おい。ちょっとパソコン貸してくれ」


 その時、今までほぼ無言でほぼ無反応だったセーハチがすっくと立ち上がる。


「え、うん」


 という真澄の返事が終わるか終わらないうちに、セーハチはノートパソコンの前に座ると、テキパキとした動作でキーボードを叩く。

 セーハチは検索したのは、県内の歴史や伝説に関する情報のようだった。


「プリンターとかあったら、後で貸してくれるか」


 セーハチは画面を睨んだまま、ひどく怖い声で言った。


「いいけど……。ここじゃなくって、居間のほうに」


「わかった。ありがとう」


 礼を言うセーハチだったが、その目はずっとパソコン画面から離れない。


「昨日のキーちゃんといい、どうなってるの。君たち?」


 真澄は、軽く非難するようにゲンやんに言うのだった。


「あはは……。まあ、変わり者って言われるかなあ」


 ゲンやんは返事に窮して、適当なことを言うしかなかった。

 セーハチはというと、今度はものすごい勢いでタイピングを行い、なにか文章を書いている様子である。


 時に本やメモ用紙を見ながら、作業に没頭して周りのことなど目に入らない様子だ。

 つまり、さっきの読書している時と同じ状態になってしまったわけである。


「ちょっと。どーすんの、あれ……」


「ほっとくしかないなあ」


 ちょっと気持ち悪そうな真澄に、ゲンやんは力なくそう言った。

 キロクは相変わらず熟睡中で、こちらなかなか起きそうにはない。


 外では次第に雨足が強くなっていっているようだ。

 と、外で猫の鳴き声が聞こえたようだった。


「はーいはい」


 真澄は軽く背伸びをして、外へと出ていく。

 どうやら、あのトラ猫に餌をやるためらしい。



 小雨の中で見える荒女山は、なぜか寂しそうに見えた。




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