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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇六、怪獣を見たのかな?
16/25

〇一



 家に戻ると、おばあさんがあわてた顔で飛び出してきた。


「さっき、何度も地震があって心配した」


 そんなことを早口で何度も言っていたようである。


 真澄がなだめながら話を聞くに、それほど大きな地震ではなかったようだ。

 ただ、規模は小さいがしばらくの間続いていたらしい。


(地震だったのかなあ……)


 ゲンやんはセーハチと顔を見合わせて、肩で息をする。


 先ほど、崖崩れの場所から出現した巨大な腕。


 あれは一体なんだったのか。

 おそらくだが、ゲンやんらの他に目撃者はいなかったはずだ。

 もしかすればいたのかもしれないが、現在のところそれを確かめるのは難しい。


「大丈夫だから。お茶でもいれよう?」


 そう真澄が手を広げて言う頃には、おばあさんも落ちついていた。


 ゲンやんは、もう一度荒女山を振り返る。 

 もう一度、崖崩れ現場に行ってみたいと思わないでもなかった。


 だが、今それをするほど無謀でもないし、そこまで強い欲求でもない。

 夢か幻か。あの怪獣みたいなものはどうなったのか。


(まさか、そのうち地下から出てくるんじゃあるまいな……)


 静まり返った神縛町を見ながら、ゲンやんは冷たい汗をかいた。

 と、ふいにセミの鳴き声があちこちから響き出す。


 途端に、


「ふにゃっ」


 おかしな声を出して、キロクがへたりこんでしまった。


「どうしたの、キーちゃん」


 おばあさんは驚いた顔をして、キロクを見た。


「休ませたほうがいいんじゃない?」


 キロクの顔をのぞきこんで、真澄はゲンやん、セーハチを振り返る。


 二人は真澄に先導されて、キロクに肩を貸しながら縁側のほうへと運んだ。

 キロクは魂でも抜けたような顔で、言葉もハッキリしない。


 すぐさま仏間に布団がしかれ、キロクは寝かされる。

 真澄が濡れタオルを持ってきて、その額に乗せた。


 それでもキロクはボーッとしていたが、やがて小さく寝息を立て始める。


「心配は、ないみたいだね」


 キロクの様子に、真澄は安心したように笑うとまた立ち上がって台所へ。


「こいつも、けっこう繊細というか脆いところがあるからな」


 セーハチは枕元で座ったまま、仏頂面でつぶやく。


 どうやら、セーハチもようやく安心したらしい。


「純粋っていうやつかな」


 ゲンやんは苦笑して、庭へと目を向けた。

 空は晴れていき、セミの声が飛び交い、いかにも平和な光景である。


 ほんのちょっと前に見た、あの光景が嘘のようだった。


(いや、嘘というか幻覚かもしれないし……?)


 セーハチは首を振ったが、目を閉じると崩れた岩場から出現した巨大な手が。


「ううっ」


 ゲンやんは目を開いて、かぶりを振った。

 寒くもないのに、震えが止まらない。気を抜けば歯がガチガチと鳴ってくる。


「ゲンやん、大丈夫?」


 そこへ、ちょうど戻ってきた真澄が声をかけてきた。


「これでも飲んで落ちつけば? それとも、君も休む?」


 真澄が持ってきたのは麦茶の入ったクールサーバーと、お盆に載せたコップ。

 お盆には複数のコップのほか、お茶請けらしきお菓子の入った容器も。


「ああ。ありがと。気がまわるなあ……」


 ゲンやんは震える腕をつかみながら、お礼を言う。

 セーハチは無言でコップに麦茶を入れると、真澄の前に置いた。


「いやあ、そうでもないよ?」


 真澄は麦茶の入ったコップを手に取り、一気に半分ほど飲むと、


「はあ……!」


 大きく息を吐き出して、次には麦茶を飲み干してしまう。

 二人分の麦茶を入れたセーハチは、また無言で真澄のコップへと麦茶を注ぐ。


「お、ありがと」


「べつに」


 礼を言う真澄にセーハチはそっけなく返すと、ケータイを弄り始める。


 その後は、誰も何も言わなかった。


「アレって、なんだったのかな」


 沈黙の後で、ゲンやんは口火を切った。


「アレって?」


 真澄はお菓子を口に放り込みな、また麦茶を飲み干す。


「……そりゃあ」


 言いかけて、ゲンやんは次の言葉が出せなくなった。


 怖かったからだ。

 あそこで見たものについて、まだ誰もまともに語ってはいない。


 もしかすれば、自分は幻覚を見ただけではないのか。

 いや、幻覚とか白昼夢であるのなら、それでかまわなかった。


 実際の崖崩れや自身に遭遇したショックで、おかしな錯覚をしただけ。


(……それだったら、馬鹿だなあですむけど)


 もしも、みんなが同じものを見ていたとしたら。

 あの巨大な手が、不気味なうなり声が、怪獣の存在が現実だとしたら。


 ゾッと腹の底から背筋へと震えが走り、ゲンやんは動けなくなる。

 今こうして普通にしているけれど、それすらも一分後、いや一秒後には全てムチャクチャになってしまうのではないか、という恐怖。


「……なに笑ってんの?」


 真澄の声に、ゲンやんは心臓が跳ね上がり、そのまま止まるかと思った。



「わ、笑って……?」


 ゲンやんは自分の頬へ手を当てて、真澄を振り返る。


「なんか、変な笑い顔になってるよ。お化けみたい」


「そ、そうなのか? 僕、笑ってた?」


 ゲンやんは驚いてセーハチにも問いかけた。


「ああ。ものすごい気持ち悪い顔だった」


 セーハチは顔をしかめながら、肯定する。


「……そんなはずは。いや、そうかも」


 顔面を両手で何度も揉んでから、ゲンやんは麦茶を飲んだ。


「げほっ……!」


 あせって飲んだために、むせて吐き出しそうになってしまう。


「……なにやってんだか」


 真澄は困った顔をしながら、いつの間にか手にしていたタオルを差し出す。


「ああ、ごめん、ごめん」


 ゲンやんは飛び散った麦茶をふきながら、肩の力が抜けるのを感じていた。


「なんか、僕は変な幻覚を見たかもしれない」


 ふと、自然にそんな言葉が口から出てしまった。


「なにを、見たって?」


 セーハチがひどく怖い目つきで、そう尋ねてくる。


「崖崩れの場所でさ……。怪獣、みたいな? そんなのを見ちゃったんだよね」


 ゲンやんは最初後悔したが、すぐに開き直り自分が見たものを話した。


「……それって、おっきな手だった?」


 真澄が、異様な速さでお菓子を食べながら言った。

 ただし視線をゲンやんと合わせようとはしない。


「うん。でっかい鋭い爪の手が出てきて、それが引っ込んだ後、奥のほうでうなり声がして、目みたいなのがギラギラ光ってた……」


「あたしだけじゃなかったかあ」


 お菓子を全部食べてしまった真澄は、麦茶を飲んで人ごとみたいに言った。


「ってことは……」


 ゲンやんはゆっくりとセーハチを見る。


「俺も、同じようなものを見た」


 セーハチは頭をかきながら、眠っているキロクを見る。


「たぶん、キロクのやつもな。でも、こんなバカバカしいこと、人には言えん。熊が出たとかそんなならともかく、いきなり山から怪獣が出ましたって……」


 セーハチは唇をゆがめて、ヤケクソみたいに笑う。


「冗談じゃない。幼稚園ならともかく……下手したら正気を疑われる」


「だよなあ」


 ゲンやんはセーハチに同調してうなずいた後、コップに手をやる。



 だけど、コップは空。クールサーバーも同じく空だった。





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