〇四
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そして迎えた朝は平和なものだった。
朝食の席でも、三人が見た生き物の話は出てこない。
ゲンやんはあまり食欲がわかなかったが、キロクはいつもより多く食べている。
それにつられてか、ゲンやんは無理をしてどんどん朝食を食べていく。
やがて食事が終わった後、三人は自然と庭に並んでいた。
まだ曇天ではあるが、雨はすっかりやんだようだ。
正面から見える川越しの道路は、何も変わらないよう見える。
もしかすれば、全て夢だったのかと思えてしまう。
「行ってみるか」
ふいに、セーハチが言い出した。
「行くって、どこへ?」
「昨日見た崖崩れのところへ」
軽い屈伸運動をしながらセーハチはあっさりと言った。
「ど、どうして。危なくないか? その……」
外をうろつけば、あの生き物が現れるかもしれない。
ゲンやんはそんな気がしてどうしても及び腰になってしまう。
「気になる」
セーハチの答えは、シンプルなものだった。
「じゃあ、行こう」
キロクはセーハチに賛同して、うむと妙に張り切った顔でうなずいている。
「嫌なら、留守番してればいい」
「なんだかセーハチらしくないなあ……」
まるで勢いにまかせるような、衝動的なセーハチの言動にゲンやんは呆れる。
「かもな」
セーハチはゲンやんの意見を肯定して、小さく笑ったようだった。
ゲンやんもつられて笑ってしまう。
この時、ゲンやんの中では自然と行くことが決定していた。
「よし! 決まった」
キロクが拳を握り、それにゲンやんとセーハチも応えた。
なぜだろう? 妙に熱いものが、ゲンやんの中で噴き出して、止まらなくなる。
「どこへ?」
後ろから、真澄が声をかけるまで。
それから数十分後。
四人の中学生は、以前と同じ場所で再び崖崩れ現場を観察していた。
前にはけっこうたくさんの人間がいたが、今回は誰もいないようだ。
「なんでいっつも横から割り込んでくるかなあ……」
特に変わった様子のない現場を遠くから見つつ、ゲンやんはブツブツと言う。
「あんたらの行動わかりやすすぎるし? 大体、三人だけでここにこれる?」
双眼鏡をキロクに貸しながら、真澄はケラケラ笑う。
「下手に動かれて、迷子になったりケガでもされると困るし」
「ありがたい心づかいですこと」
「それ、嫌味?」
ゲンやんと真澄が軽い言い合いをしていると、いきなり――
「静かに!」
いきなりセーハチが大きな声を出した。
と、セーハチは下がれというような手振りをしながら、自分が後ろに下がる。
思わずにそれに従って、続く三人。
(なんだろう?)
ゲンやんはそう思った矢先に、足元がすくわれるような感覚をおぼえた。
ぺたんとカエルみたいな格好で地面に両手をついてしまうゲンやん。
でも、それを笑う者はいなかった。
みんな同じような格好で地面に伏せることになっていたからだ。
グラグラと地面が大きく振動している。
「地震か!」
「言われなくてもわかる!」
叫ぶキロクに、セーハチが怒鳴った。
「え!」
突然のことだった。
顔を上げていた真澄が、すっとんきょうな声をあげて動かなくなる。
崖崩れの場所がさらに大き崩れ始めた、思うや。
ゆっくりと何かが土中から突き出してくるのを、ゲンやんは、いや四人はしっかりその目で見てしまった。
無数の岩を押しのけるようにして、突き出たものは外気に触れるなりうねうねと動き出し、さらに土塊を崩していく。
「手?」
真澄のつぶやきどおり、それはとてつもなく巨大な手だった。
だけど、人間の手とは違う。
鱗で覆われて、巨大な鉤爪をそなえた四本指の手だ。
その手は何かを確かめるように動いた後、いきなり土中へと戻っていく。
巨大な手が引っ込んだ後には、ぽっかりと大きな空洞ができあがっていた。
「なに、あれ?」
「夜に見たやつとは違う。サイズが違うし」
救いを求めるようなゲンやんの声に、セーハチはひどく冷静にそう返す。
空洞の奥には、ギラリと赤く光る何かがあった。
同時に、海鳴りのような巨大な声がゆっくりと周辺に響き渡っていく。
(か、怪獣?)
手しか確認はできなかったけど、ゲンやんの認識ではその巨大なナニかは、そんな風にしか表現することができない。
でも、作りものの映像とは違う。
ただ巨大であるというだけで、姿かたちは関係なく、土中でうなる生き物は圧倒的なまでに怪物であり、怪獣なのだった。
それが見えていた時間は、ごくわずかだったかもしれない。
やがて、『怪獣』はその全容を現すこともなく、姿を消したのだった。
姿を見せなかったのだから、消したというのはおかしいかもしれないが。
ただ、断続的な振動はやむことはなく、ようやく止まった時には、神縛町は驚くほど静かになっていた。
セミの声も、カエルの声もまるで聞こえない。
「さっきの、怪獣か?」
地面にへたりこんだまま、ゲンやんはいつの間にか晴れていた空を見上げた。
「怪獣って……」
真澄は笑うが、その声には元気がなかった。
「……あんな生き物がいるわけないし」
「目の錯覚とか、幻聴とか……。どっちにしても、地震のせいか?」
セーハチはケータイで気象予報を確認していた。
「帰ったほうがよくないか」
ゲンやんは真澄を起こしながら、みんなを見回す。
「えらいもんを見た……」
セーハチはひどく頼りないため息をついている。
キロクはボケッとしたまま、何も言わなかった。




