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神縛町の荒女山  作者: 甫人 一車
〇〇五、雨降る夜に見たものと……
12/25

〇一



 深夜、ゲンやんは何度になるかわからない寝返りを打つ。

 うっすらと開いた瞳には、天井が古い絵巻物みたいに見えた。


(なんだかなあ……)


 昨日と違い、布団に入ってもなかなか寝付くことができないでいた。

 目を閉じると、またあの崖崩れ現場が幻のように現れる。


 意識しないようにすればするほど、それはハッキリとした像になっていくのだ。


 それだけではない。


 ゲンやんの頭の中で、崖崩れ現場はぐらぐらと揺れ始める。

 空想のことだから、音はない。


 無音の世界で、むき出しになった岩肌や積み重なった土くれや岩が蠢く。

 ギョロリと人の顔みたいな、崖の斜面が目を開いた。


 ゲンやんは思わず声を上げそうになって、目を開く。


(まいったよ、これ……)


 少しでもウトウトしかけると、おかしな夢ばかり見てしまうのだ。

 耳をすますと、キロク、セーハチの呼吸音が聞こえてくる。


(ひょっとして起きてるのか?)


 二人とも、同じように眠れないのかもしれない。

 だけど、話しかける気になれなかった。


 ゲンやんはおなかの上で両手を組み、小さく音のしないような呼吸をする。

 いくらか心臓の鼓動が静かになったところで、また目を閉じた。


 外から聞こえる雨音が、するするとゲンやんの耳に入ってくる。

 意識することもなくそれを聞きながら、ゲンやんは意識を沈めようとした。


 今度は、崖崩れ現場は見えない。代わりに、水の音が広がってく。


 暗く、濃い水面が視界に広がっていくような。

 草木に囲まれた、どこかの山中と思われる大きな池があった。


 木の枝に覆われるようにして、池には直射日光が当たりにくいようである。 

 水面下を、影が揺らめいて、大きくなっていった。


 独特の動きをしながら、それは水面へと上がってくる。

 ぬるり、水草のかたまりみたいにものが池から顔を見せたのだった。


 いや、どちらかというと、その姿はまるでタコのようであり……。

 やがて、その生き物はひょんっと水面に沈んだ。


(ぬるり、ひょん……)


 心の中でつぶやくと同時に、ゲンやんは眠りからさめた。

 でも体はすぐにでも眠りたがっているようで、どんどん意識が遠ざかる。


 冷たい風が頬に当たるような気がしたが、どうでも良かった。

 どこかで、音がするような気もする。ごく小規模な地震かもしれない。


(小さいし、大丈夫だろ)


 ほとんど眠りかかった頭で、ゲンやんはぼんやりと考える。


 そして、また夢を見たようだった。


 何か二階建家屋ほどもある、大きな生き物が歩いて行く夢。

 生き物の全容はわからなかったが、大きな尻尾は映画で見たティラノサウルス・レックスを思わせるものだった。


 生き物は、日本の大きな足で力強く山道を踏みしめて進んでいく。

 その先には、大きな池が見えた。


 さらに視線を高く広くすると、形の良い山が空の下に見えていた。


 荒女山だ。


 山のふもとには、小さな集落のようなものがある。

 そこから、なにか楽しそうな音楽が聞こえてくるようだった


 聞こえてくる歌声は、馴染みがないはずなのにひどく懐かしい。


 やがてゲンやんは気づいた。

 そのメロディが、どうやら潮の音を真似しているらしいことに。


 これは昔の風景なんだと、ゲンやんは思う。

 押しては引き、引いては返すそのメロディは、楽しくもなるけど同時に気持ちが落ちついてくるというのか、眠気を誘うようだった


 生き物は、どんどん集落に近づいていく。

 集落には、大勢の人間は集まっていた。


 でも、みんな生き物を恐れる様子はない。それどころか、生き物を囲んでさらに歌と演奏を続けていくようである。


 顔は、なんだかもやがかかっているようで、よくは見えない。

 ただ生き物の前に立って、木の枝を振っている女の子がいる。


 彼女の顔は、目が驚くほど大きくって、口も大きいようだった。

 やがて、周りの人間の顔もはっきりとしたものになっていく。


 みんな女の子と同じような顔をしていた。

 図鑑や教科書で見た、縄文人や弥生人とはぜんぜん違っていて――




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