〇一
深夜、ゲンやんは何度になるかわからない寝返りを打つ。
うっすらと開いた瞳には、天井が古い絵巻物みたいに見えた。
(なんだかなあ……)
昨日と違い、布団に入ってもなかなか寝付くことができないでいた。
目を閉じると、またあの崖崩れ現場が幻のように現れる。
意識しないようにすればするほど、それはハッキリとした像になっていくのだ。
それだけではない。
ゲンやんの頭の中で、崖崩れ現場はぐらぐらと揺れ始める。
空想のことだから、音はない。
無音の世界で、むき出しになった岩肌や積み重なった土くれや岩が蠢く。
ギョロリと人の顔みたいな、崖の斜面が目を開いた。
ゲンやんは思わず声を上げそうになって、目を開く。
(まいったよ、これ……)
少しでもウトウトしかけると、おかしな夢ばかり見てしまうのだ。
耳をすますと、キロク、セーハチの呼吸音が聞こえてくる。
(ひょっとして起きてるのか?)
二人とも、同じように眠れないのかもしれない。
だけど、話しかける気になれなかった。
ゲンやんはおなかの上で両手を組み、小さく音のしないような呼吸をする。
いくらか心臓の鼓動が静かになったところで、また目を閉じた。
外から聞こえる雨音が、するするとゲンやんの耳に入ってくる。
意識することもなくそれを聞きながら、ゲンやんは意識を沈めようとした。
今度は、崖崩れ現場は見えない。代わりに、水の音が広がってく。
暗く、濃い水面が視界に広がっていくような。
草木に囲まれた、どこかの山中と思われる大きな池があった。
木の枝に覆われるようにして、池には直射日光が当たりにくいようである。
水面下を、影が揺らめいて、大きくなっていった。
独特の動きをしながら、それは水面へと上がってくる。
ぬるり、水草のかたまりみたいにものが池から顔を見せたのだった。
いや、どちらかというと、その姿はまるでタコのようであり……。
やがて、その生き物はひょんっと水面に沈んだ。
(ぬるり、ひょん……)
心の中でつぶやくと同時に、ゲンやんは眠りからさめた。
でも体はすぐにでも眠りたがっているようで、どんどん意識が遠ざかる。
冷たい風が頬に当たるような気がしたが、どうでも良かった。
どこかで、音がするような気もする。ごく小規模な地震かもしれない。
(小さいし、大丈夫だろ)
ほとんど眠りかかった頭で、ゲンやんはぼんやりと考える。
そして、また夢を見たようだった。
何か二階建家屋ほどもある、大きな生き物が歩いて行く夢。
生き物の全容はわからなかったが、大きな尻尾は映画で見たティラノサウルス・レックスを思わせるものだった。
生き物は、日本の大きな足で力強く山道を踏みしめて進んでいく。
その先には、大きな池が見えた。
さらに視線を高く広くすると、形の良い山が空の下に見えていた。
荒女山だ。
山のふもとには、小さな集落のようなものがある。
そこから、なにか楽しそうな音楽が聞こえてくるようだった
聞こえてくる歌声は、馴染みがないはずなのにひどく懐かしい。
やがてゲンやんは気づいた。
そのメロディが、どうやら潮の音を真似しているらしいことに。
これは昔の風景なんだと、ゲンやんは思う。
押しては引き、引いては返すそのメロディは、楽しくもなるけど同時に気持ちが落ちついてくるというのか、眠気を誘うようだった
生き物は、どんどん集落に近づいていく。
集落には、大勢の人間は集まっていた。
でも、みんな生き物を恐れる様子はない。それどころか、生き物を囲んでさらに歌と演奏を続けていくようである。
顔は、なんだかもやがかかっているようで、よくは見えない。
ただ生き物の前に立って、木の枝を振っている女の子がいる。
彼女の顔は、目が驚くほど大きくって、口も大きいようだった。
やがて、周りの人間の顔もはっきりとしたものになっていく。
みんな女の子と同じような顔をしていた。
図鑑や教科書で見た、縄文人や弥生人とはぜんぜん違っていて――




