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紅のアストメル  作者: 21。
魔法の国 メルクメース
8/8

不穏

半月が経った。


ーーーアムルイア旅団は町や村を回りながら旅をしていた。

目的地というものは特にないようで、気まぐれに国の外に出てみたり、しばらく同じ場所に留まったり。

私はジャグラーとして迎え入れられ、ロクシと2人でアリウェルに伴奏してもらいながら人前に立つようになった。



「キキ!リリ!お化粧するよー!」


一行はリーンハルトから遥かに南下した小さな村にいた。地図で見ればほんの小さな点で記されているような場所でも必ず立ち寄る方針のようだ。

村の中の小さな広場に現れた一行に、わずかにいる子ども達はもちろんのこと、大人達も物珍しさに寄ってくる。

各々準備に忙しいの中、キキとリリの道化化粧をするのはエレンの仕事になっていた。


「エレン、今日は星にして!」

「リリのお気に入りだね。キキもそれでいい?」

「いいよ!僕は左側ね!」



ーーー顔を真っ白に塗って、頬に赤で大きく星を描く。リリは右側、キキは左側。それが2人の・・・特にリリのお気に入りメイクで、よくリクエストされた。

私が来る前はリスティーがやってくれていたそうだけれどリリ曰く、リスティーが描いてくれる星は彼女の理想より少し小さいのだそうだ。



「さぁさぁお立会い!アムルイア旅団の芸をごらんあれ!!」



ーーー始まりはいつも団長の掛け声からだった。

団長は力持ちで、一度に何人も女の人や子どもを持ち上げて見せたり、大きな石を割ってみせたり。リリとキキは道化でお客さんを笑わせて、リスティーは2匹の蛇を飼っていて、笛で操ったり子どもに触らせたり。・・・怖がっている子どももいたかな。アリウェルはいつも私達の伴奏をしてくれていた。弦楽器しか持っていないからいつもそれだけれど、笛があればそれもできるのだそうだ。



初めの2、3回こそ緊張で顔が引きつっていたエレンもすっかり慣れたようだ。

決して多くは無いが、注目する観客達に笑顔で芸を披露する姿などは余裕すら感じられる。

いつもやることは隣にいるロクシと同じ。だがこの日は違った。


ロクシの動きなど真横にいたのではほとんど見えない。だが何かいつもとは違う動きをした気がして、エレンは一瞬そちらを見た。と同時に、子ども達から歓声が上がる。やはり何かしたようだ。

だが、エレンが見ることが出来たのはその“何か”をし終わった後。いつもと変わらない動きに戻ったロクシの姿だった。


「ロクシ!」


その日の公演が終わった後、キキとリリが使ったボールを片付けているロクシにエレンは声をかけた。

振り返った彼に自分が呼びかけたというのに、う、と言葉を詰まらせる。

この半月、ロクシとはろくに話したことがなかったのだ。同じくらいの年頃の異性などほとんど免疫がない上に、なぜかいつも睨まれているような気がしていた。

何も言わないエレンに苛立ったのかロクシは眉間に皺をわずかに寄せ、なんだよ、と急かす。


「えっと、さっき何したのかなと思って・・・」


それは純粋な興味からだった。自分には見えなかった技、できることなら見せて欲しいと思っていた。

しかしロクシは、スッと視線を逸らしてしまう。


「別に」


そんなそっけない言葉を残して、そしてそれを誤魔化すように、団長!と大きく声を上げて彼は立ち去ってしまった。

残されたエレンは、そんな取り付く島も無い様子に立ち尽くしていた。

なんとなくは感じていた、嫌われている感覚をしっかりと見せ付けられてしまったような気分だった。

その場で俯きかけた彼女の肩を誰かが後ろから叩いた。


「あまり気にしないで」


アリウェルだった。彼もまた戸惑っているようだ。

慰めに力なく微笑んでは見たものの、ため息は抑えられなかった。


「私、何かしたのかな・・・」

「いや、ちょっと気分にムラがあるんだよ。いつもはいい奴なんだけど・・・ごめんね」


アリウェルはそう言うが、他の面々とは上手くやっているようだというのに、自分にだけこれでは明らかにおかしい。


「僕から言ってみるよ」

「あ、いや、いいよ!気分にムラがあるだけなんでしょう?だったら大丈夫!」


そうは思っていても、やはり波風を立てたくは無かった。古くからの仲間が新入りの自分の肩を持つようなことはどれだけ彼の反感を買うだろう。

未だ心配そうなアリウェルに笑顔で礼を言い、エレンはその場から離れた。

ちくりちくりと痛む胸も時間が経てばなんともなくなると言い聞かせながら。


「忘れ物はねぇな!そろそろ行くぞ!」


翌朝、一行は早々に村を後にすることとなった。

大きな都市はもちろんのこと、リーンハルト程度の活気と観光要素がなければそう長居はしない。

今日はアリウェルが手綱を取るようだ。その隣にロクシが乗り、キキとリリが荷台に乗る。

全ての荷物を積み終え、馬が一歩前進したその時、エレンは騒がしい気配に気がついた。

村の出入り口の方からだ。他の面々も気づき始める中、馬車の向こうを覗き込んだエレンの鼻先を巨大な何かが掠めたのと、リスティーが、エレン!と叱るような声を上げたのはほぼ同時だった。


驚いて尻餅をついたエレンが見たのは、まるでウィリーをする車のように高く前足を上げて嘶く馬だった。

馬も驚いて急ブレーキをかけたのだろう。太陽の光を浴びて自分に影を落とす馬の横面は実際よりも大きく、エレンの目に映っていた。


「「エレン、大丈夫?!」」


双子の声に我に返った彼女の前に騎乗していた人間が降り立つ。

座り込んでいるエレンを心配する様子もなく、無表情で見下ろす男。背は高く、簡素ではあるが防具を身にまとったその容姿はなかなかに整っている。

だがそんなことよりも、その腰に携えられている物がエレンはもとより双子やリスティーの表情を強張らせた。

きちんと鞘に収められているそれは、誰がどう見ても剣の類だった。

危機感を覚えたエレンは慌てて立ち上がり、とっさにリスティーを庇うようにして立った。その後ろで彼女は双子を両脇にしっかりと抱き寄せている気配がする。


馬車の先頭ではゴルド達が別の男達と何やら話している気配がするが、目の前の男から目を離せるわけが無い。

だが、及び腰ながら目を逸らそうとしないエレンの勇気など男は興味が無いらしい。エレン、リスティー、双子と一通り視線を走らせると誰にとも無く低い声で問いかけた。


「お前達もこの旅団の一行の者か?」

「そうよ。その子は妹、この子達は私の子!」


噛み付くようにリスティーが答える。いつも冷静な彼女が声を荒げたことにエレンはたじろいだ。

無礼な彼の態度がそれだけ気に食わなかったのだろう。

だがそんな彼女の様子にも男はまったく動じる様子が無い。また一通り4人を見たかと思うと、すっかり興味を失った様子で馬を引き、ゴルド達の方へと向かった。

3人を振り返ってみれば、双子はこの場の空気に怯えた様子でリスティーにしがみついている。

エレンとリスティーが顔を見合わせ、ホッと息をついたその時、男性陣が彼女達の元へやってきた。


「おう、大丈夫か?」

「何なのあいつら・・・無愛想ね」


ゴルドの問いかけにリスティーが眉間に皺を寄せてため息をつく。

馬の蹄の音が遠ざかっていくのに気がついたエレンがそっと覗いた頃には、3頭と3人の後姿しか見えなくなっていた。


「人攫いが流行っているらしい。あいつら、領主様の使いだそうだ」

「やだ・・・物騒ね」

「まぁ俺たちみてぇな旅団は真っ先に疑われる。無愛想も許してやれ。それより、女子供が狙われやすいんだから、絶対に離れるなよ」

「そうね。キキ、リリ、絶対に離れちゃだめよ?」


双子はやはり不安げな顔で小さく頷く。だがエレンはそもそも、“人攫い”という事柄に戸惑っていた。


「あの・・・人攫いって・・・」

「最近はあまり聞かなかったがなぁ・・・どうしたって賊はいる。お前も気をつけろよ?」

「そんな、人攫いなんかしてどうするの?」


「お前、それ本気で聞いてんのか?」


ロクシのそっけない声にハッとした。

彼に目をやれば、腕を組み冷めた目でエレンを見ていた。軽蔑の眼差しにも見えて思わず顔をそらす。

エレンとて、授業で習った程度の知識はある。だが、知識として知っているということと、すぐ近くの現実として見せ付けられるのとではわけが違う。

ろくにこの世界を知らない自分が人攫いなどにあったらと思うと、恐怖で血の気が引いた。


「さ、行くぞ!できるだけ大通りをいかなきゃな」


重くなった空気を吹っ切るようなゴルドの掛け声で一行はやっと動き始めた。


「・・・普通に生きるなら平和だって言ったのに・・・」


ぽつりと呟いた神様への文句は誰にも受け止められぬまま空気に溶けて消えた。






「エレン、メルクメースには行った事があるか?」


ゴルドに問われたエレンは緩やかに首を振る。

この日は手綱を持つゴルドの隣にエレンが座っていた。後ろのほうでは双子とロクシ達が賑やかに話している声がする。

エレンの答えがわかっていたようにゴルドは笑ってすぐ脇にある山の斜面を顎で指した。


「この山はもうメルクメースの土地だ」

「え、じゃあこの辺が国境?」

「あぁ。街はこの向こうにある」


改めて斜面を見上げてみる。緩やかな斜面を描き、ずっと先まで伸びている峰。この向こうに国があるというのなら、この山々はさながら巨大な壁のようだ。


「そんなに急な斜面じゃないし、不法入国できそう」

「と、思うだろう?ところがそうもいかねぇ。正当な手続き無しに一歩でも踏み入れば、警備隊が飛んでくるぜ」


とゴルドは言うが、どんなに目を凝らしても見張りらしき人影は1つも見えない。

どこから?と問うエレンに、ゴルドは声を上げて笑った。


「本当に何も知らねぇんだな。まぁ教えがいがあるってもんだ!」

「メルクメースはね、魔法の国なんだよ」


アリウェルが2人のところへやってきた。え?と首を傾げるエレンにますます目を細める。

話を横取りされたゴルドが、話をとるなと抗議しても気にもしない様子だ。


「君はメルクメースのことをどのくらい知っている?」

「え、と・・・気位が高くて戦闘民族だってデレッグさんから聞いた。それくらい」

「メルクメースの民には、他のどの国の人にもない特徴がある。何かわかる?」


そう問われて、リーンハルトで見たあのメルクメースの民を思い出した。


「耳がちょっと尖ってる・・・」

「うん。他には?」

「・・・石?」

「そう。彼らは必ず体の一部に鉱石を持って生まれるんだ。その石には魔力があってね、だから彼らは不思議な力が使える」



ーーーそんな彼らの国だから、“魔法の国メルクメース”。御伽噺のような話だった。

どうして彼らだけがそうなのか、未だにわかっていない。けれど無理に理由を調べる必要はないんじゃないかと思う。

それが彼らにとっては当たり前だし、ユキだってそうだ。



「さっき、戦闘民族だと聞いたって言ったな。俺はそんな呼び方は気にいらねぇ」


生まれついての戦闘民族なんかいやしねぇよ、とゴルドは言う。


「俺達が生まれるよりずっと昔、メルクメースなんて国はまだ無くてな」



ーーーこの話をしてくれた時、団長はとても怖い顔をしていた。

はるか昔、まだメルクメースが無かった頃。突然変異か体に鉱石を持って生まれる人が現れた。

それを不吉なものと捉えた人々は彼らを迫害したが、いつしかその美しい鉱石が不思議な力を持っており、とても価値のある貴重な物だと気がついた。加えて彼らは見た目も美しい。

隠れて生きていた彼らを捕まえ、物のように売買し、一部の富裕層はペットのように彼らを飼った。

死ねば鉱石をはがされて亡骸は打ち捨てられる。酷いときは捕らえて早々に鉱石を引き剥がし、後は奴隷のような扱いだったらしい。

住む場所を追われた彼らはやがて山の中へ逃げ込み、協力し合い、国家を作り、武器を持って立ち上がった。



「戦わなけりゃどうしようもなかったんだ。それを戦闘民族だなんてよぉ・・・惨い話じゃねぇか」


悲しそうな顔で山を見上げるゴルドの横顔に、エレンはかける言葉も見つからなかった。

そんな中、エレンも他の誰も木々の間から見つめている瞳に気づくことは無かった。


「団長!リリが腹減ったってよ!!」

「リリそんなこと言ってない!ロクシでしょ!!」


ロクシと、彼に抗議するリリの声に馬車が止まった。今日はここで休憩のようだ。


隣国の巨大な壁のすぐ傍でピクニックをするというのは不思議な気持ちだった。

“魔法の国”、残念ながらその気配はこの山々からはまったく感じない。


「そんなに気になる?」


使い込まれたテーブルクロスを抱えたまま山を見上げているエレンにアリウェルが話しかける。

うーん、と曖昧に答えてまだ山を見ている彼女の隣でアリウェルもそれに倣った。


「今は他の人種とも混ざって、なんていうのかな・・・血が薄まったというか、魔力もだいぶ弱くなっているんだって」

「どんなことができるの?」

「不思議なことだよ。軽い怪我や病気なら治せるって聞いたなぁ。昔は竜を呼び出したりできたそうだよ」


噂だけどね、と肩をすくめて笑う。

彼の言うことが本当なら、一度見てみたかったなとエレンは思った。

ゲームや童話で見た召喚士のように地に巨大な魔方陣を描き、その中から巨大な竜が現れる。その時、彼らの持つ鉱石はきっと眩しいほどに輝くのだ。

そんな光景を想像してみると、鳥肌の立つような高揚感があった。


あまり近づいたらダメだよ。とエレンの肩を軽く叩いてアリウェルは仲間の元へ戻っていった。

ふと気づけば、エレン自身もテーブルクロスを抱えたままだ。自分も戻らなければと踵を返したその時、背後でガサリ、と不自然な音がして振り返った。


そして、“それ”と目が合った。


一見した印象としてはキツネを思わせた。

だが、くすんだ紫にも桃色にも見える毛色。アメジストを思わせるアーモンド型の大きな瞳。

手触りのよさそうな大きな尻尾は3つに分かれ、行儀よく座っている姿には気品すら感じる。

エレンの常識からは逸脱している生き物ではあったが、何せここは別世界。これが当たり前なのかもしれないと彼女は自然と受け入れた。

そして大人しく自分を見ているその獣を、触りたい。と思った。


「エレン?」


リスティーから見えていたのはそろりそろりと山へ近づいていくエレンの後ろ姿だけであった。

メルクメースの民に目をつけられてはやっかいだと声をかける。


「あ、リスティー、可愛いのが・・・」


振り返ったエレンとリスティーの目が合った瞬間、リスティーの顔色が変わった。

と同時に、エレンの体に黒い影が落とされる。


「エレン!危ない!!」


悲鳴のようなリスティーの声。それに気づいた他の面々が息を呑む気配。

それを背中に受けながら、再び山を振り返ったエレンは無意識に視線を上へと上げていた。

エレンの倍近くの大きさに巨大化した獣が彼女を見下ろし、グルル、と喉を鳴らしているような声を発したところであった。


「え・・・っ」


次の瞬間、エレンの視界はグルリと反転する。

ざわつく視界。リスティーやリリの悲鳴。ロクシ達の焦っているような声に、ゴルドが大声で自分を呼ぶ声。

そして一瞬、彼らの姿を捉えることができた後、腹の辺りに目をやってぞっとした。

わき腹に添えられるようにして見える牙。甘噛みなのか痛みはまったくないが、この獣が一瞬でも力加減を間違えればエレンの体はまっぷたつに裂かれてしまうだろう。

助けて、と声を上げることもできないエレンが見たのは顔面蒼白としたロクシの姿だった。


獣はエレンの姿を旅団に見せ付けるようにして尻尾を揺らすと、反転、山の中へと消えた。


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