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 距離はあったが、道元の元まではあっという間についた。

 駆け出した瞬間にはもう道元のすぐ近くまで移動していた。

「ん?」

 道元も俺の移動に気が付かなかったらしく驚いた表情をした。

 しかし俺はそんなことはお構いなしに、その勢いのまま刀を振り下ろした。

 道元の両腕が、肩と肘の間のところで切り離された。

 刀の刃はボロボロだったが、上手く切断できたようだ。

 一瞬だったが、道元の状況が上下左右、前後と複眼的に見え、その判断の基、一番隙のある部分を狙うことが出来たからだろう。

「なにッ!?」

 道元は何が起きたのか理解できていない顔をしている。

 涼はうまく着地できず、そのまま地面に倒れ込んだ。切断されてた道元の両手が首についたままだった。

 俺は腕を失い動揺している道元に対して、涼にしたことと同じことをする。

 右手には刀を持っているので、仕方がないので左手だけで道元の首を掴む。

「き、貴様……」

 道元の顔がゆがむ。

 腕のない腕で抵抗してくる。

 断面が服に当たり、血で汚れる。やめてほしい。

 道元の力が無くなっていくのがわかる。段々と弱っているのが感じられる。

 そのまま死んでしまえばいい。

「ほ、逢夢……」

 涼の声でハッとした。

 俺は無我夢中で道元に怒りをぶつけていた。

 怒りに任せて行動していた。

 冷静になり俺は自分の行動を恥じた。

 その時の感情で行動するなんて、まるで道元と同じじゃないか。

 もちろん道元は許せない。

 だけど一番にすることは涼を守ることだ。

 道元を蹴飛ばし、涼の元へ駆けよる。

 吹っ飛んだ道元は木に当たりその場に倒れた。

 しかしそんなものはどうでもいい。今は涼が心配だ。

「大丈夫か! 涼!」

 首についていた道元の腕を払うと、涼を抱きかかえる。

「逢夢ありがとう……」

「ううん。涼が頑張ったからだよ」

 俺がそう言うと、後ろで劾の声が聞こえた。

「道元様! こちらに!」

 いつの間にかゆがみを発生させており、道元を誘導している。

 追いかけようかと思ったが、涼を放っておけない。

 廉次郎さんも社長も反応が遅れ、道元が劾と共にゆがみに逃げ込んだ。

「これで終わりじゃないからな」

 道元はそう言い捨てると、ゆがみが消えた。

 道元たちを取り逃がしてしまった。やはりあの時とどめを刺しておけばよかったとも思った。

 しかしそれよりも涼だ。涼のことだけを考えよう。

「大丈夫か? 苦しくないか?」

「ありがとう……。うん、大丈夫」

 力のない声だが、しっかりと受け答えは出来ている。

「逢夢……。私、逢夢のつなぎ姿始めて見たよ。やっぱり逢夢は緑が似合うね」

 涼が作り笑顔で言った。

「え……? つなぎ……?」

 俺の服装ははジーパンにTシャツだ。

 しかし妖力で一般人にはつなぎを着ているように見せている。

 つまりそれは涼の妖力が道元によって奪われたことを意味する。

 妖怪を愛し、妖怪にあこがれ、妖怪のために戦った涼の妖力がなくなったということだ。

 俺は涼を強く抱きしめた。

「涼。どんな涼でも俺は好きだよ」

 なんて言ったらいいかわからなかったけれど、そう言うしかないと思った。

 涼がどこか遠くへいなくなってしまうような気がしたから。

 興正氏の話も聞いていたし、とにかく涼を失いたくない一心だった。

「ありがとう……」

 おそらく涼は泣いていた。

 俺の胸に涼は顔を当てていたので、確認はできていないけれど、声が震えていた。

 涼の髪を撫でる。

 今まで髪で隠れていた人間の耳がそこにはあった。

 ブルートゥースイヤホンをしていた。

 いつも職場のパソコンで、無音でユーチューブを観ていたけれど、そういうことだったのか。

 たった俺一人から猫娘であると思われるために、小さい努力をしていたと思うと健気で愛おしく思える。

 そんな涼の妖力がなくなるなんて信じられない。

 もう涼には妖力が戻らないのだろうか。もう二度とあっち側には涼は行けなくなってしまうのだろうか。

 そう思うとただただ悔しさが沸き上がる。

「そうだ……契約だ……。社長! 契約を! 涼と契約を結んでください!」

 俺は思い出した。

 契約を結べば多少なりとも無くなった妖力が戻ると言っていたことを。

「すまぬ。道元を強制転移できなかったのと同じじゃ。契約を結ぶほどの妖力は今はない……」

 社長が肩を落とすように言う。

 同じく廉次郎さんも桐子姐さんもばなりんさんも契約は難しいらしい。

「そんな……」

「逢夢、ありがとう」

 涼はそう言うが俺はあきらめられない。

 こんなにも妖怪のために力を尽くした涼に対して、この結末は俺が受け入れられない。

 そんな時、どこからともなく一匹の猫が近づいてきて、涼にすり寄り、足をぺろりと舐めた。

 と思ったら、次々と猫が現れ、涼に群がり、傷を癒すようにぺろぺろと舐め始めた。

 いつの間にか俺たちは猫に囲まれていた。

「ほっほっほ。ずいぶんと立派ににゃたもんじゃのう」

 そう言って最後に現れたのは、猫耳をつけた、椚田社長のような年配の妖怪だった。

 娘という時代をとうにこした、猫娘の娘じゃないバージョンの妖怪だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱ、良いのです。 泣く……。ほんと、 素敵だな。節句さんの作品は……。 こんな風に……僕も書けるようになりたい。 泣いた。感動……。
[良い点] 涼さん(ノ_<)本当に健気ですね……。 逢夢くんも踏み留まってくれて良かった。 猫娘じゃないバージョンの妖怪の正体が気になります!
2022/06/20 09:58 退会済み
管理
[一言] 逢夢くん……相手を殺す覚悟がちゃんとできてからじゃないと、一線を越えるのは……ね(゜Д゜;) もしあのまま踏み越えてたら、君は、君のまま変わる事はできなかったと思うよ。 そしてラスト……化…
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