㉛
「ど、道元……」
橋の向こうの人物を確認すると、椚田社長がつぶやくように言った。
あいつが道元か。
白い長髪を後ろで留めて、口には同じく白いひげを蓄えている。服装は和装で、陰陽師のようなものを想起させる。
事前情報による先入観もあるが、たしかに妖力を操って奪いそうだ。
「久しぶりだな、輪。元気そうでなによりだ」
道元が橋の向こう側から話しかけてくる。
「貴様もかわらんようじゃな」
警戒するように椚田社長は答えた。
「まあな」
道元がそう答えると同時に桐子姐さんから連絡が入った。
支給されたブルートゥースイヤホンで全員への連絡だ。
「囲まれてるぞ!」
桐子姉さんの発言を合図にしたかのように、後ろから俺らを囲うように何者かが現れた。
落ち武者のような者、鬼のような者、とにかく悪い感じがする。すぐに道元軍だということがわかった。
「よう。ってなんだ、桐子はいねえのか?」
その中には劾の姿もあった。
廉次郎さんが刀を握って劾を睨んでいる。
「桐子、聞こえるか。凛の方はどうじゃ」
社長が桐子姐さんに聞く。
「万事オッケー。到着済み。隣にいるよ」
「ほ、他の、ゆ、幽玄会社、にも、れ、連絡したので、し、しばらくしたら、ご、合流できると、思います……」
ネットワークトラックに事務連絡を終えたばなりんさんも到着しているようだ。
打倒道元軍は幽玄会社不思議のメンバーしかいない。
ばなりんさんが連絡を取ってくれて入ると思うが、こんな人里離れたところまで到着するには時間がかかるだろう。
というより、ばなりんさんの業務として、連絡をしてここまで駆けつけるまですごいスピードと言える。
「ばなりんさん、仕事早すぎ……」
俺はぼそりとつぶやいてしまった。
「あ、逢夢知らなかった? ターボばあさんの都市伝説。高速道路を車で走行してると同じスピードで隣を足で走るばあさんの話。歪曲してばあさんになっちゃってるけど、あれ、ばなりんだぞ?」
「ちょ、ちょっと、き、桐子さん、や、やめてください……。は、はずかしい……」
え? あれそうなの!?
ばなりんさんはいつも誰よりも早く出勤しているし、初めて会った時も、名刺を出すのがめちゃくちゃ早いと思った。それに普段の仕事も早い。
それは正体がターボばあさんだったからなのか。
いや、ばあさんではない。ターボばなりんさんだったということか。
他の幽玄会社に連絡を取った後、ネットワークトラックまで高速で走ってきたということか。
いやはや、人は見かけによらないとは言ったものだ。
「逢夢!」
俺が爆走するばなりさんを想像していると、涼が叫びながら飛んできた。
と同時に隣で「ぐはっ」という声が聞こえた。
目をやると、どうやら俺の後ろから敵が攻撃をしてきていたらしい。
いつの間にか両手にメリケンサックをつけた涼が機転を利かせて返り討ちにしてくれたようだ。
「あ、ありがとう……」
そうだった。今は道元軍に囲まれているところだった。
ネットワークトラックからの楽しそうな女子トークにつられてしまっていた。
「久しぶりの妖怪退治だから気合が入るよ」
涼がなんだか楽しそうにしている。
椚田社長、廉次郎さん、涼、と三人が三角になるように敵と対峙し、その真ん中に俺がいる。
戦闘要員ではなく守っていただいているというのが正確な表現だろう。
「雑魚はわしと涼で何とかする。廉次郎よ、劾の警戒を頼もう」
「御意」
廉次郎さんの返事をきくと、まずは涼が飛び出した。
素早い動きで相手の攻撃をよけながら、次々とパンチやらキックやらを食らわせる。
社長も妖力の塊みたいなのを打ち込んで、相手に当てる。当たった敵は数メートル吹っ飛んでいる。すごい威力だとわかる。
俺はただ見ているだけしかできない。戦い方なんて知らないから。
しかしそうも言ってられなかった。
隙をついた敵の一人が、俺のところに走ってきた。
見るからに落ち武者。頭に矢が刺さっていて気持ちが悪い。
落ち武者が刀を俺めがけて振り下ろした。
間一髪で左に避ける。
その勢いのまま右手の拳を落ち武者のみぞおちにカウンターパンチ。
涼の見よう見まねだ。
俺の拳を受けた落ち武者は、刀を手落とし苦しみながら膝をついた。
「痛ぇぇええ!」
俺の右手に痛みが走り、手をぶらぶらとさせる。
誰かを本気で殴るのなんて、小学校の子供の喧嘩の時以来だ。
だが相手は妖怪。痛がってばかりでも、相手に容赦もしていられない。
落ち武者が落とした刀を拾い上げると、がむしゃらに振る。
相手に当たったが、切れ味が悪かったのか、振り方が悪かったのか、刀は落ち武者の左肩に数十センチ食い込み、胸のあたりで抜けなくなった。
普通の相手――人間だったら、これで勝負あり、だろう。
しかし今回の相手は妖怪だ。
だいぶ負傷しているはずなのに、まだ反撃し来ようとしている。
刀は引っ張っても抜けない。
しょうがない。
廉次郎さんに邪道だと言われるかもしれないがこれしかない。
刀の柄を持ったまま、落ち武者に思いっきりキックを食らわせる。
おそらく武士道の精神、流儀には反するが、仕方がない。
落ち武者の身体が吹っ飛び、刀が抜けた。
良く言えば廉次郎さんと涼のハイブリッドな戦闘方法だ。
しかし落ち武者はまだ起き上がろうとしている。
急いで駆け寄りとどめを刺す。
倒れている落ち武者に垂直に刀を突き刺す。
相手が動かなくなった。
初めて妖怪を倒した。
しかし、嬉しさよりも、なんていうか、越えちゃいけない一線を越えたような気がした。
「逢夢すごいじゃん!」
余裕のある涼は敵の顎にアッパーパンチを食らわせながら称えてくれた。
涼にそう言われたら、なんだか実感がわいてきた。
ビビってばかりじゃいられない。
いつだかの廉次郎さんの言葉を思い出す。
――拙者は刀に妖力を集中させているでござる。逢夢殿の妖力はどこに向くのでござろう。
そんな話をしたことがあった。
涼は攻撃するときに妖力を意識しているらしい。
椚田社長は波動に妖力を集中させている。
誰にでもどこかに妖力を最大限使える方法があるらしい。
俺のはまだ見つかっていない。
俺もみんなのように妖力を使いたい。
それならこの戦いの中で見つければいい。
なんだか戦う気持ちが燃えてきた。




