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今から行っても意味があるかはわからない。
それでもできることがあるかもしれないということで、白無橋に向かって車を走らせている。
白無橋の場所は知らないので、今回は俺はハンドルを握らずに涼と二人、桐子姐さんの運転するトラックに乗せてもらっている。
後続するダイハツミライースは廉次郎さんが運転し社長が乗っている。
ばなりんさんは、他の幽玄会社や公安に連絡を取り、現状を知らせるため会社に残った。
「ああ見えて社長はモテるからな」
大きなハンドルを軽々と操る桐子姐さんが言った。
「そうなんですか?」
「ああ。道元も妖力が多いから社長を狙ってっけど、結局は小さい頃の恋心がそうさせてんだよ」
社長と道元は幼馴染と言っていた。そういう過去があったのだろうか。
「だから言っただろ。人間と妖怪の恋愛はご法度だって。こうやって恨みを買ったり良くない結果を生むんだよ」
現状を考えるとその通りで、返す言葉がなかった。
隣に座る涼に目をやる。いつも通りの顔をしていてなんだか安心する。
それからしばらく会話はなくなった。
気まずい空気が漂う桐子姐さんのトラックは甲州街道を爆走する。とは言っても警察に捕まるようなスピードってことでもない。そこらへんはベテランドライバーだと感心する。
しかし八王子市に入りJR高尾駅前でスピードを緩めた。
「ほら見てみろ、アレが廿里橋だ」
高尾駅前第二交差点の右手にある和菓子屋の細い路地の先を指して桐子姐さんが言った。
見たところで名前は確認はできなかったが、たしかに歩行者専用の橋があった。
「あれが廉次郎さんの選ばれし者としての橋ですか」
「そうだ」
それから甲州街道を走りながら橋の名前を教えてくれた。
俺が入社一日目で輪くぐりをくぐったときにみた両界橋を通過すると、次は上椚田橋があった。しっかりとプレートにそう表示されていた。
他の橋も意識して見るとちゃんとどこにもプレートがあり、橋の名前が書いてある。普段気にも留めていなかったということだ。
そしてさらに進むと新込縄橋を通過する。しかしこの橋は新しいらしく、桐子姐さんの選ばれし者の橋ではないらしい。新のつかない込縄橋があり、そっちが桐子姐さんの橋らしい。
「新しく出来たってことは私の子供ももしかしたら選ばれし者になるかもしれねぇよな」
桐子姐さんはうれしそうに話していた。
さらに進むと狭霧橋があった。
「これが涼の……」
「そそ。いい橋でしょ?」
「うん、そうだね」
他の橋と何も変わらないけれど、同意しておいた。
甲州街道の橋の多くは、廿里橋のような川をまたぐように架かる橋ではなく、道路と一体化しているため、プレートの表示がないと橋なのかすら意識しないとわからないくらいのものが多い。
しかしそれでも結局は橋には変わりはなく、こうやって意味も力も持つものになっている。
次は本尾花橋。今一人で会社に残り事務をこなしているばなりんさんの橋だ。
「さあ、そろそろだな」
桐子姐さんがそう言うと、東寒葉橋というプレートが見え、そこを通過するとすぐに次の西寒葉橋があった。
「逢夢のはどっちだろうね」
涼が言った。
「わからないのか?」
「わからねぇな。こういう場合の判別は出来ねぇ。壊せばわかるけどよ」
縁起でもないことを桐子姐さんは言いながら、西寒葉橋はそこを過すると怪しい小道に入った。
ここら辺の甲州街道は山道で、片側は山の切り立った斜面で、片側は谷になっていたり、ちょっとしたスペースになっていたりする。そういう山道の脇にたまにある、ここどこに続いているんだろう? この先に何があるんだろう? みたいな小道を進んだ。
少しわくわくする期待もあったが、特に何もなく、ちょっとしたスペースになっていてそこに車を停めた。
「さて、ここから歩きでござるな」
隣に車を停めた廉次郎さんが出てくるなり行った。
「一応あたしはここでネットワークで監視しとくわ」
桐子姐さんがトラックに乗り込むと、社長が「ほれ、とっとと行くぞ」と俺らを促した。
□◇■◆
甲州街道は西寒葉橋を最後に山梨に入るらしい。次の橋はもう中部地方の橋になるため、別エリアの選ばれし者の橋になる。
それが意味することは、今は県境、もっと言えば地方境、さらに言えば妖力の使用の有無の境の付近ということになる。
桐子姐さんがネットワークを使ったところで、道元も劾も県境の向こう側にいれば見つけることはできない。
白無橋が関東の真ん中にあればまた話が違ったのだろうけれど、残念ながら辺鄙なところにあるらし。
白無橋に向かう道はもはや登山と言ってよかった。
最近の俺はスーツではなくジーパンで出勤していた。まわりには妖力でつなぎに見えているはずだ。
ちなみに色は緑。涼が「逢夢って緑っぽくない?」と言ったからだ。別に俺は何色でも良かったので、その通りにした。
もし今がスーツでさらに革靴を履いていたらと思うと嫌な気持ちになる。ニューバランスを履いてきていてよかったと思った。
「さて、そろそろじゃな」
見た目に反して軽やかに歩く椚田社長が言った。
眺めの良い谷に出た。山の窪みみたいなところだった。
そこにロープと板で簡単に、そして雑に造られた、橋と呼ぶにはみすぼらしい、けれどそう呼ぶしかない、真新しい橋があった。
「せいッ!」
廉次郎さんが刀を振り下ろしてみる。
しかし脆そうな造りの見た目に反して、廉次郎さんの攻撃にびくともしなかった。
「やはり無理じゃの」
道元の妖力で橋を強化しているということか。
「だとしたら、道元は関東圏内にいるのではないですか?」
道元軍の者が白無橋に妖術をかけている可能性も十分に考えられるが、廉次郎さんの攻撃すら無効化するぐらいの妖力だ。
道元本人が妖力をかけている可能性は高い。
ここは山梨県寄りの東京都だ。俺らが来ることを予見して、あるいは桐子姐さんが道元を監視していたように、俺らが道元軍に監視されていて、ここに来ると同時に関東に道元が入ってきた、ということもあり得る。
俺がみんなにそう説明すると、どこからともなく声が聞こえた。
「見ない顔だが、ずいぶん賢いようだな」
橋の向こうに男が立っていた。




