㉙
「な、何じゃと!? なぜそれを早く言わなかったんじゃ!?」
俺と涼が、ゆがみに巻き込まれたときに見たトカゲの妖怪の話をすると、椚田社長が驚いたように言った。
殺人事件の濡れ衣を着させられそうになったという話はしていたが、その時に見た犯人の姿については話していなかった。
「これは劾の企みでござるか……」
廉次郎さんが名前に“殿”という敬称をつけていない。それほど憎い相手なのだろう。
「ゆ、ゆがみを解決する、つ、壺があるの、ですから……。そ、その逆に、ゆ、ゆがみを発生、さ、させる原理も、あ、ありえるのだと、お、思います……」
それは言えている。原理についてはよくわからないけれど、空間を安定させるものがあるのであれば、不安定にさせるものもあってもおかしくはない。
「それはありえるな」
桐子姐さんも唸るように同意した。
「でもそうじゃな。二人が巻き込まれたからこそ知りえた、ということも言えるわけじゃな」
あのあたりから劾はゆがみを発生させて、道元軍を送り込んでいたのだ。
廉次郎さんの兄、清太郎の発言も重要なものだったけれど、たまたま俺たちがあの時ゆがみからの移動を食い止め、さらに巻き込まれてしまったことにより、今回のあらかたが露見したと言える。
そして劾の存在が見えてきたと言える。
「さっき話していただいた戦いでは、桐子姐さんがトラックではねた後、劾を糸で拘束していたようでしたが……」
俺が話を思い出しながら質問をする。
「そう、それな。道元を社長が強制転移させた後、戻ったらいなくなってたんだよ。あたしと劾は最初の社員だったしお互い手の内を知ってたから、たぶん意識が戻った後、拘束を解きやがったんだよ」
悔しそうに話す桐子姐さん。
つまり、劾も道元同様あの時に死んだわけではなく生きながらえ、姿を隠し生き続け、虎視眈々と復活の機会を伺っていたということだ。
そこから意見が飛び交った。
俺と涼はただ黙って聞いているだけだった。
だんだんと全貌が見えてくる。
強制転移されたが道元はどこに転移するかはランダムになる。ゆがみの発生と同じだからだ。
劾に関しては恐らく、甲州街道から山梨に逃げたか、俺が初出勤の時に使用した高尾の輪くぐりを抜けあっち側に行って関東から脱したのだろうということが予想された。
どちらも関東地方にいなかったため動向はつかめていなかった。むしろ能力を使えないから動向を把握する必要もなかった。
しかし能力の使えないエリアに身を置いていた道元と劾が、偶然なのか、策略なのかそれはわからないが、また再開し、今回の件を企てたと思われる。
前回の戦いからだいぶ時間が空いているのは、相手が力をつけていたからということも考えられるが、道元と劾の再開が困難で時間がかかったとも考えられた。
あるいは、再開したことでこの復活のシナリオが出来上がったということだろう。
どちらにせよ、道元と劾はまたも手を組んだということは明らかだ。
それに白無橋の再建の工作員を送っているということを鑑みると、それなりの組織になっているということもわかる。
さらに言うなら、道元たちが清太郎にも働きかけている時点で、狙いは前回と同様に幽玄会社不思議、ひいては椚田社長ということも明白だ。
清太郎自身は弟の廉次郎さんとの対決が目的だったとはいえ、道元軍の思惑としては、幽玄会社不思議の現状の把握、戦力の消耗なんかが狙いだったと想像できる。
桐子姐さんの情報によると、橋は完成している。となると、道元軍の準備はほぼ完了していると考えて間違いない。
かなり切羽詰まった状況だと言える。
「不意打ちを狙われるより、だいぶマシでござろう」
「たしかにな。迎え撃つ準備もできなくもない」
桐子姐さんが言った。
「打倒道元軍の復活じゃな」
椚田社長の発言に全員の目つきが変わった。
「今度こそ、劾を討つでござる。この清廉で……」
廉次郎さんが刀を強く握りながら言った。
「サーチや戦術ならあたしに任せておきな」
「わ、私は、か、関係各所に、れ、連絡調整、します……」
桐子姐さんもばなりんさんも自分の役割、できることを言う。
「俺もできることがあったら言ってください」
何ができるかわからない。でも力になりたい。
幽玄会社不思議のために動きたい。
入社してまだ日は浅いけれど、幽玄会社不思議が、ここで働くみんなが好きだ。
守りたいと思った。
「私も戦いたいっす。この世界を守りたいっす」
拳を握る涼が言う。
涼も俺と同じように思っているのだろう。
ただ涼の場合は俺と違う。他のみんな同様、道元に妖力を奪われたら死ぬことになる。
そういった意味では俺だけは、覚悟というか、決意というか、そういう重みが違うと思う。
だからいざというときは俺が……。
たぶんこんなことを口に出したら、優しいみんなは止めるだろう。だから言うつもりはない。
だけどいざというときは、そうするつもりだ。
そもそも戦力にすらならない、ただ妖力を持つだけの俺に、できることなんて限られているだろうけれど
でも妖力を奪われたって死ぬわけではない。だったらだったでできることがあるはずだ。
それに道元だって俺の存在はよく知らないはず。
少しくらいは油断させることはできるのではないだろうか。
役割が一通り決まったところで、会議は終了した。




