㉕
白無道元。
彼は私の幼馴染の一人で、あっち側にいた頃はよく会っていた。
でももうそれは何百年も前の話。
私は若いうちに選ばれし者になり、すぐにこっち側に来たので、それからというもの疎遠になってしまっていた。
それに当時はスマホやケータイ、ましてやインターネットなんてものも普及していない時代。そういう理由もあって彼とは連絡は取っていなかった。
そんな環境であっても私の元にあるうわさが届いた。
彼が自分の能力を使って、裏で犯罪組織のようなものを作っているということを。
こっち側でいう暴力団とかヤクザとかそういう、反社会的勢力になったといううわさだ。
小さい頃の彼は物静かで優しい少年だった。だから信じられなかった。
しかし、色々と出回るうわさを耳にする中で、その信憑性が増していった。
道元の能力は相手の妖力を奪うこと。そして自分の力に変えていくこと。
相手の妖力を奪うというのは、それはつまりあっち側の住人にとっては命を奪うのと等しい。
強い能力ゆえに「困っている人のために使うんだ」なんて小さい頃は正義のヒーローみたいなことを言っていた彼が、あろうことかその能力を悪いように使ってしまったようだった。
だからといって、やたらむやみに妖力を奪うことはせずに、気にくわないこと、歯向かうものたちに、言うことをきかせるために見せしめのような使い方をしていた。
いわゆる自分の帝国を恐怖政治によって作っていたようなものだ。こっち側の反社会的勢力と同じような組織だ。
だから道元が捕まることもなく、かといって安心が守られるわけでもなく、あっち側では邏卒と道元一味とで何十年と対立が続いていた。
そんな事情もあったけれど、こっち側にいる私としては、申し訳ないが他人事だった。
あっち側の情勢はこっち側に大きく影響はしない。
それにそんなことを気にしていられるほど暇はなかった。
興正と始めた幽玄会社不思議が忙しかったから。
しかしそれが一変した。
忙しさの内容、意味が変わってしまった。
それは道元が選ばれし者になったせいだった。
このうわさもすぐに出回り、私の耳にも届き、こっち側で暮らす妖怪たちも戦々恐々としたものだった。
しかも選ばれし者になった理由として、一族を殺して周り、自分以外が選ばれし者になる他ない状況を作ったからだという。
しかし道元一味の工作によりその証拠はなく、のうのうと生きており、こっち側に何食わぬ顔でやって来たのだ。
そしてこっち側に来た道元は、すぐに私のもとに来た。
「久しぶりだな輪。元気にやってたか」
意味ありげな笑顔を作った道元に声をかけられても、私はちゃんと応えられなかったと記憶している。
道元自体が恐怖の対象であるということもその理由ではあるけれど、私は彼と会って話すことなんて何もないと思っていたから。
私のことを下の名前で呼ぶのは今は興正だけだった。でも思い出した。幼い頃は、道元は私のことを下の名前で呼んでいた。
でもそれに今は違和感があった。簡単に言えば、すごく嫌な気持ちになった。
「ええ、会社を立ち上げて楽しくやっているわ」
「ふん。そんなことより、俺とこの世界をものにしよう」
そんなことを言ってきたのを覚えている。
もちろん私は断った。
道元ならできるのかもしれない。でもそんな事は許されないし、させたくもない。
「ごめんなさい」
それだけ伝えて道元の元から帰ろうとした。
「あんな人間と一緒で楽しいのか? 彼らは俺らとは生きる時間が違う」
そんなことはわかっていた。
それでも興正と一緒に会社を経営することが楽しかった。
いいえ、正直に言おう。興正と過ごす時間の方が大切だと思ったし、限られた時間だからこそ一秒一秒を噛み締めるように過ごさなくてはいけないと思っていた。
「ええ、わかっているわ。それでもあなたの誘いには乗れない。ごめんなさい」
私がそう伝えると、道元は今まで見たこともない表情をした。
あの静かで優しかったあの頃の彼からは想像もできなかった怒りに満ちた顔を浮かべた。
「後悔させてやるよ」
それだけ言って私の元から去っていった。
この件はすぐに興正に伝えた。
もちろん社員全員にも公安にもこっち側に住む妖怪全体にも伝え、最悪の事態に備える準備をした。
妖力を奪う彼の能力は、妖怪にとっては死を意味する。
しかし興正のように妖力は持つけれど、人間である身にとっては死には至らない。
精神的ダメージや、多少なりとも肉体的損傷はあったとしても死にはしない。ただ妖力はなくなりただの一般人に成り下がってしまう。
それでも死ぬことはないという理由と、人一倍強い正義感を持つ興正がリーダーとなって幽玄会社不思議が中心となる、打倒白無道元軍が組まれた。
そこで出会ったのが、後に社員となる廉次郎と凛だった。
道元をどう攻略するか、どう対抗するか、連日会議が開かれ、攻撃に備えた。
そんな中、道元の動向のリークが私たちの元に入ってきた。
甲州街道を山梨方面から関東へ進軍してくるというものだった。
桐子のネットワークにも道元の同行が掴めないという現状から、関東県外に身をひそめ、そこから関東圏内に攻めてくるというのは十分に考えられた。
道元も強い妖力を持っているとはいえ、使用範囲は関東圏内に限る。
決戦を望むなら関東圏内であるというのは明白であり、現状と合わせるとそれ以外考えられなかった。
しかもそのリーク情報にはいつの何時ごろという細かい情報まであり、迎え撃つこちらとしては、かなり有利に事を運べると、軍して士気も上がっていた。
しかし物はうまくいかないものだった。
いざその時が来ると、状況は不利極まりないものだった。




