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幽玄会社不思議は土日も営業しており、休みはシフト制になっている。
俺も入社してから一度、平日に休みがあった。前の会社は土日休みだったので新鮮だった。
他の社員ももちろん順繰りに休みを取っている。
涼が休みの時はなんだか物足りない感じがしなくもない。
だけど不思議とよく全員が出勤する日が多い
今日は全員がそろう日だ。
育児短時間勤務制度を使っている桐子姐さんが出勤する十時までには社員が全員そろう。
昨日帰りがけに、今日は朝から会議だと椚田社長から言われていた。
清太郎の言っていた件が議題に上がるのだと思う。
しかしそれまでは暇だから他の幽玄会社について調べてみようと思う。
調べると意外に出てきた。
おそらく一般の人には“有限会社”と表記されて見えるのだろう。
一つホームページを開いてみる。
何やら涼の好きそうな“幽玄会社お助けにゃー助”という会社があった。
やってることは幽玄会社不思議と大差ないけれど、どうやら迷子の猫を探すのに自信と実績を持っていることが分かった。
「逢夢、にゃー助見てんの?」
俺のパソコンを覗き込んできた涼が言った。
「知ってんの?」
「当たり前じゃん。にゃー助、私が就活してたときはまだ会社がなかったんだよね」
いや、当たり前かどうかは知らん。
でもこのツッコミは心の中だけにしておく。
「へー。そうなんだ」
「そそ。それに幽玄会社自体の求人も少なかったんだよ。妖怪は長生きだしね。定年が全然ないし」
「あーなるほど」
たしかに、椚田社長の年齢を考えるとそれは言えている。
「そそ。てか幽玄会社が増えたのもここ数十年らしいし。幽玄会社不思議に入れてよかったよ」
やっぱり涼は先輩なんだなと改めて思った。俺の知らないことを知っている。
それにしても涼は幽玄会社に絞って就活をしていたのか。
でもよかった。にゃー助じゃなくて不思議に就職してくれて。
そうじゃなかったらこうして楽しくデスクを並べて仕事をできなかった。
そんなことを考えていたら「ちーっす」と言って桐子姐さんが出勤してきた。
□◇■◆
十時になると会議室に社員全員が集まった。
「今日の会議は何かわかるじゃろ?」
「昨日、兄上の言っていた、道元の件でござるか?」
社長の問いに答える廉次郎さん。
「そうじゃ。道元についての件じゃ」
清太郎が死ぬ間際に言ったことだ。俺にはさっぱり何のことかわからない。
「どーげんってなんすか?」
涼が質問した。
俺だけでなく、涼も知らなかったようだ。
「うむ。逢夢もわからんじゃろ。説明が必要じゃな。しかし道元を語るとなると、この幽玄会社不思議の過去も説明しなくてはならない。長くなるがしっかりと聞くように」
「「はい」」
そして椚田社長は昔を思い出すように話を始めた。
□◇■◆
最初は二人だった。
私と興正の二人だけ。
こちら側に来てから初めて会った、妖力を持つ人間。それが梅郷興正だった。
妖力を使って一般人に溶け込んでいたはずなのに、興正だけは違った。
「素敵なお着物ですね」
都内で着物は目立つと思い、周りにはごく一般的な服を着ているよう妖力で見せていた。しかし興正にはそれが通用しなかった。
つまり妖力のある人間だとわかった。
「ありがとうございます」
「お時間があれば、お茶でもどうですか?」
私はこっち側に来てから少し孤独を感じていたので、話のできる相手と出会えて嬉しい気持ちになった。
「はい。ぜひとも」
特に会話は特に覚えていない。覚えているのはとにかく楽しかったということだけ。
いや、一つ覚えていることといえば、興正が「他の人と見えるものが違って不便を感じていた」と言っていたこと。だから「私と出会えて嬉しかった」と言ってくれたこと。
それから私達は頻繁に会うようになった。
興正はまだ若く活気にあふれていた。
それに私と出会ったことで、世界が開けたようで、夢や面白いアイデアをたくさん話してくれた。
私も興正にいろいろと話をした。
「なあ、輪。大事な話がある」
私を下の名前で呼ぶのはこの頃は興正だけだった。
「俺と一緒に会社を立ち上げよう」
他愛もない話の中、興正が思いついたように言った。
私は二つ返事で引き受けた。
それから具体的にどうやって事業を進めていくかなんかを話し合った。
表向きは便利屋として、そして裏ではあっち側とこっち側を支える役割として、会社を運営していくことになった。
立ち上げるまでは苦労した。
役所にうまく説明ができないし、法務局への登記も難しかった。
救いだったのは公安も協力してくれたことだ。
公安としてもゆがみの対策や、悪い妖怪への対応など、官公庁だけではカバーしきれない部分を民間に下ろしたいと考えていたところだったらしい。
しかしそういった仕事ができる会社は今までなかったため、渡りに船で立ち上げに協力してくれたのだ。
「なあ、輪。会社名は“幽玄会社不思議”でどうかな?」
この会社の名前は興正がつけた。私も一度聞いて気に入った。
そしていざ開業すると仕事は順調に進んだ。
お家の困りごとのお手伝いから、ゆがみの解決、悪い妖怪退治と幅広く手広く展開していった。
まだ他に幽玄会社が全然なかったというのも順調に進んでいた要因でもある。
行政からの依頼は全て幽玄会社不思議が引き受ける形となった。独占禁止法に抵触するのではないかと思うくらい、幽玄会社不思議の専売特許のようなものだった。
そしてすぐに人手が足りなくなった。
桐子と劾といった優秀な社員が入社してくれて、ますます会社は好調だった。
決して大きくない会社だけれど、楽しくやれそうな気がしていた。
そんな時だった。
道元が選ばれし者になったと聞いたのは。




