⑳
「廉ちゃんの兄貴!? ありえないだろう」
桐子姐さんが言った。
「た、たしかに、あ、ありえません……」
ばなりんさんも同意する。
しかしどうしてありえないのか俺にはわからない。
「いや、ゆがみが頻出してると考えればあり得る話じゃな」
椚田社長が言い、あごに手を当て考え込んでいる。
「私どもの情報があやふやで申し訳ございません」
カワちゃんが頭を下げている。
「いや、構わん。しかしその程度の情報で大事な社員に疑惑をかけられては困る」
「おっしゃる通りです」
カワちゃんはハンカチを取り出し額の汗を拭っている。
「その代わりと言っちゃなんじゃが……。その件、幽玄会社不思議で調査させてもらえんかの」
椚田社長がにやりと笑みを含んで言った。
何と言うか、断れない雰囲気がすごい。
「え、ええ。もちろんです。ゆがみの件も含めて、現在人員不足です。こちらの案件も引き受けていただけると大変助かります」
案の定カワちゃんは同意していた。
「うむ。それじゃ事件の発生場所などの情報を頼もう」
「わかりました。この後すぐにメールにて送付させていただきます」
社長が「うむ」と答えると、話し合いはお開きとなった。
カワちゃんとひらっちは「お時間ありがとうございました。それでは失礼いたします」と言って会議室を出て言った。
お見送りに社長とばなりんさんが立ち上がったが、その際社長から「話があるから会議室に残っておれ」と全員に命令があった。
□◇■◆
ロの字型に配置された三人掛けの長机の上座に、戻ってきた椚田社長が腰を下ろした。
「さて、まずは逢夢に説明しよう」
社長はいつの間にか俺のことを涼や廉次郎さんと同じように下の名前を呼び捨てで呼んでくれていた。
なんだかうれしい。
「は、はい。お願いします」
「詳しい説明は省くが、基本的には選ばれし者は一族に一人と決まっておる」
椚田社長の言っている意味が分かった。
「なるほど。だから廉次郎さんのお兄様はこちら側には来られるはずがないということですね」
「そう言うことじゃ。それはあっち側もこっち側も同じじゃ」
「ご説明ありがとうございます」
これで廉次郎さんの兄、清太郎さんがこっち側で目撃されることのおかしさが把握できた。
「さて、それで目撃証言が廿里清太郎だとしてじゃ。廉次郎よ、兄の清太郎について話をしてくれんかの」
社長は黙って食いしばっている廉次郎さんに問いかけた。
廉次郎さんは「はい。かしこまりました」とうなずくと、思いをはせるように話し出した。
「廿里一族は古くから選ばれし者が排出される一族なのでござる。そしてその選ばれし者はそれを活かして、廿里一族の名に恥じぬ活動をしていたでござる」
誰もが真剣に廉次郎さんの話を聞いている。
「拙者がまだ若き頃、先代の選ばれし者が亡くなのでござる。その時、誰もがその後を継ぐのは兄上の清太郎だと思っておったのでござる。しかし今ここにいるのは拙者でござる」
「それが何だってんだよ」
桐子姐さんが机をばんと叩いて怒鳴るように言った。
廉次郎さんは落ち着いて続きを話し出す。
「拙者は幼き頃は病気がちであったり、剣術も得意ではなかったのでござる。その点、兄上は体も丈夫で、剣術もその地域ではだれにも負けない強さを誇っておったのでござる」
「で、でも、そ、それは、う、運の要素も、あ、ありますから、し、しかたないのでは、ないでしょうか……」
「凜殿の言う通り、誰かにどうこうできる問題ではないでござる。なので拙者も選ばれたからにはと、体力づくりや剣術に打ち込んだでござる」
「それで廉次郎さまには今の強さがあるのですね」
廉次郎さんは「涼殿、有難う」と頭を下げ、話をつづけた。
「そのおかげで周りの理解を得られ、こちら側に来る際には家族や地域の人たちに温かく見送っていただけたでござる。しかし兄上だけは最後まで納得がいかなかったようでござる」
そして「それからというもの、兄上とは一度も会っていないでござる」と付け加えた。
廉次郎さんの過去にそんなことがあったとは、俺はもちろんだが、他の人も知らなかったようだ。
「廉次郎よ、今写真が送られてきたとこじゃ。見てくれんかの」
椚田社長は持ってきていたノートパソコンを操作しながら言った。
席を立ち社長の隣に座り画面をのぞき込む廉次郎さん。
一瞬で表情が変わった。
「間違いないでござる。これは兄上の仕業でござる」
「なぜわかる?」
廉次郎さんの言葉に社長が問いかける。
「切創が体に対して縦に一本、上から下に入っているのがわかるでござる。これは兄上が得意とする上段の構えからの一撃で間違いないでござる」
俺は写真を見ていないが、話を聞くだけでむごいことがわかる。だから見たくない。
「そうか……。それじゃあ廉次郎よ、兄の清太郎の目的は何じゃと思う?」
「根拠がないので信憑性は低いかもしれぬが、兄弟だから感じるのでござる……」
廉次郎さんは一呼吸おいてから言葉をつづけた。
「きっと兄上の目的は、拙者を殺すことでござる」




