⑬
「おっちゃん!」
涼が叫んだ。
邏卒たちが後ろを向く。
俺も同じように確認する。
萬屋の主のおっちゃんだった。
「い、いやあ、ここにいたのか。さ、探したぞ。だめだろうが、勝手に出歩いたら」
たぶんおっちゃんは状況を全くもってつかめていないのだろう。
野次馬の一人として何事かと見てみたら、渦中の人物が知った顔で何かを察知してくれたのだろう。
それでいて俺たちを救おうとしている。そんな感じがした。
一つ目のガタイの大きなおっちゃんだけれど、状況が状況なだけに、まるで天使のように見えた。
妖怪なのに天使というのもおかしなと思えるほど、気持ちが前向きになれた。
「す、すみません。初めての場所なので、つい楽しくなっちゃって出歩いてしまいました」
適当に話を合わせておく。
「き、貴様、邪魔をするな!」
後輩邏卒が怒鳴るが、先輩邏卒がまたも制する。
「若いのが申し訳ない。さて、あなたはこの二人とどういう関係ですか?」
「そ、それは、その、し、仕事のついでに観光に連れてきたんだ。そうそう、二人は俺んとこのお得意さんでね。社外研修っちゅうことで俺がこっち側を案内してたわけだ」
うまい。アドリブだとしたら、これはうますぎる。
もしかしたらこれはいけるかもしれない。乗り切れるかもしれない。
おっちゃんサンキュー。活路が見えてきた。
「ほほう。それじゃああなたはどういう方でしょうか?」
どこまでも高圧的な態度の邏卒。SNSがあったらこんなやつすぐに拡散されて問題になるだろう。
「俺はこういうもんだ」
そう言ってがさがさと鞄から名刺を取り出すおっちゃん。
邏卒たちは奪い取るように受け取ると名刺に視線を落とす。
ついでに、みたいな感じで俺たちにもおっちゃんは名刺をくれた。
「はッ! 関東商工会議所会頭の雁田様でしたか!」
先輩邏卒の態度が変わった。後輩の方は何が何だかわからないようだけれど、先輩から「頭を下げろ」と言われ二人してお辞儀をしている。
「いかにも」
邏卒のお辞儀を見たおっちゃんは満足そうに答えている。
あっという間に形勢逆転。
しかしどういうことかは全然わからない。
ただ何となくおっちゃんの身分がそれなりに高いということはわかった。
それと雁田許登という変な名前であることもわかった。
「明日、全国商工会議所の集会があるからはるばるここまで来たんだ。前入りするってことで、そのついでに今日、社外研修を請け負っているって話だ。わかったか?」
「な、なるほど。そ、そう言うことでしたか。し、しかし、いろいろとこちらも情報がありましたので、このまま帰すわけには……」
いくらおっちゃんが身分が高いといっても、邏卒にとっても仕事は仕事。態度の悪い邏卒だが、そこらへんはしっかりしているようだ。
「ああ? 信用できないってのかい?」
ガタイの大きいおっちゃんが凄む。一つ目だからなのか、かなり怖い。
「い、いえ。信用はしております。しかし、その、あの、そうですね、彼らの身分だけは明かしてもらわないと……」
「ふんっ。あの二人はあっち側の幽玄会社不思議の社員だよ」
おっちゃんが俺らを親指で指しながら言う。
「え、あ、あの幽玄会社不思議ですか!?」
「そうだよ」
どうやら幽玄会社不思議は思いの外、有名のようだ。
ここはきっと関東ではない。それでいて名の知られた会社なのだとしたら、それなりに功績というか、実績というか、そういうものがあるのだろう。小さいからといって馬鹿にできない。いいところに就職したのかもしれないなと誇らしくなった。
「で、でも、あの会社は過去にいろいろあったと思いますが……」
後輩邏卒がそう言うと、おっちゃんが「ああ? なんか言ったか?」と威嚇した。
「す、すみません」
先輩が謝ると「余計なことを言うんじゃない」と後輩を叱っている。
「あ、あの、これ……」
涼が胸の間から何かを取り出して、邏卒に渡した。
「ほ、本当だ」
どうやら渡したのは名刺だったようで、幽玄会社不思議の社員であることが証明されたようだ。
紙切れだけれど、これで証明できるなら、話が早い。
でも俺はまだ作ってもらっていない。
「あ、俺は昨日入社したばかりなので、名刺はありません」
「いえ、もう結構です」
急に態度が変わってむかつくけれど、これ以上問題は起こせない。
「でも、それじゃあ俺らを見たという証言はどうするのですか?」
この疑いを晴らさないことにはこの場を離れられない。
幽玄会社不思議の社員であるということを明かした以上、簡単にコンタクトを取られる。
ここで終わりにしたい。
「それは、証言をした者に再度聞いてみます」
「それじゃあ、俺たちはもう帰っても大丈夫ですね?」
「ええ、もちろん。ご協力ありがとうございました」
先輩邏卒は俺らにぺこりとお辞儀をした後、後輩に「おい、お前、あいつの連絡先聞いたか?」と聞いていた。
しかし後輩邏卒は「え、聞いてないです」と答えていた。
「それじゃあ、二人とも、宿に戻ろうか」
おっちゃんがニコッと笑って言った。
「「はい」」
俺たちは希望に満ちた声で答えた。




