⑫
「君たち、聞きたいことがあるんだけれど」
左側に立つ邏卒が言った。
右側の邏卒の方が後輩なのだろう。そんな雰囲気がある。
「あ、いや、俺たちは忙しいので、できれば他をあたってもらえますか……」
「そそ、ちょっと急いでるんだよね」
涼も応戦してくれている。が焦りを感じる。
「いや、すぐに終わる。ご協力願いたい」
先輩邏卒の後ろで後輩邏卒が「こいつら怪しくないですか?」と耳打ちしている。
「そ、それじゃあ、はい、少しくらいなら……」
変に断っても怪しまれるだけだと判断した。
話を聞いてから答える答えないを決めてもいいだろう。
まだゆがみから来たとは思われていない可能性もある。
先輩邏卒は「感謝する」と心にもないことを言うと、話し始めた。
「ちょっとした事件があってね。ま、殺人事件なんだけどね。情報がほしいと思っている」
「はい……」
こっち側でも殺人というのかと変なことが気になった。
しかしそんなくだらないことを考えている時間はないと思いなおす。
「どうやら路地裏から走り去る二人組がいたという証言があってね、ちょうど君たちが二人組だったから声をかけさせてもらったんだよ」
「そ、そうですか……。でも俺たちは関係なさそうですね……」
なんともまずい状況だ。
ゆがみに巻き込まれてこっち側に来たということはばれていなさそうだけれど、殺人事件の犯人として疑われているということか。
どう乗り切ろうか。ゆがみの件を隠しながら、殺人事件の疑いも晴らさなくてはいけない。
「そうかな? 証言によると、あちら側のスーツという服を着た男と、涼しげな格好の女だったという話もあるんだがね」
にやりと笑う邏卒二人組。
これは俺らが犯人だと決めつけて話しかけてきたのだろう。そして今もそう思っていつ捕まえようかと遊んでいるに違いない。
「え、あ、でも、それは俺たちではないですね……。人違いだと思います……」
必死に抵抗するが、全然俺の言葉は相手に信用されていない。
涼は全然しゃべらない。緊張しているのかわからないけれど、こういう場合は、片方だけがしゃべっていた方が話に一貫性が出るからありがたい。
と思った時だった。
「怪しいトカゲの妖怪が路地から出てくるのを見ました!」
涼が余計なことを言った。
知らないの一点張りでよかったものを、なぜそんなことを言っちゃうのか。
「ほほう。怪しいトカゲの妖怪とは?」
ぼろを出したな、と言わんばかりに後輩邏卒がにやりと笑いながら言う。
涼には「俺から話すから静かにしていて」と小声で伝えると話し始めた。
「えっとですね……。あの、その、俺たちが、そうですね、あの、そう、焼き鳥を買おうと思って歩いてたんですよ。そしたらトカゲの妖怪ともう一人ちょっとわからないですけど、二人組が路地裏から出てくるところを見たんですよ。それで二人で、こんなところから出てくるのって変だねって話してたのを今思い出しました」
ちょっと言葉が多かったかもしれない。そして早口だったかもしれない。焦るとそうなってしまう。怪しまれないといいけれど。
後輩邏卒が「適当なことを……」と言ったところで先輩邏卒が制する。
「いやあ、すいません。そうでしたか。というのもね、君たちを見たと言っているのはその方たちなんだがね。これまた困った状況ですね」
困ったのは俺たちの方だ。
トカゲの妖怪め。俺たちに罪をなすり付けようという魂胆か。
となると、考えられることはたくさんある。
俺たちの顔はともかく、姿は見られていたということ。
そして、あの場所にあっち側の格好をしている者が現れたということから、ゆがみを抜けてこっち側に来たということも容易に考えられてしまう。
おそらくこの邏卒にもゆがみの件は話している可能性の方が高い。
つまり、ゆがみからこっち側に来た罪と、殺人の罪とでこの二人は俺らに話をしているということだ。
大ピンチ極まりない。
どう切り抜けよう。無理じゃない?
「どうしました? 急に黙ってしまったようですが」
この邏卒、俺たちを捕まえられると思って嫌味ったらしく言ってくる。
「いや、すみません。ちょっと考え事をしていまして……。でもそれは、全然心当たりがないですね。俺たちじゃないのでこれで失礼いたします」
俺はそう伝え、会釈をする。そして「さあ行こうか」と言って涼の手を取り歩き出した。
この場から去る。それしか手段はないだろう。
「待て! 話は終わっていない! 逃げるな!」
後ろから怒鳴り声が聞こえる。
聞こえないふりをして足早に歩く。
涼の手からかすかに震えを感じる。
俺の握る力が自然と強くなる。
肩を乱暴につかまれた。
日本家屋の壁に背中を押しつけられる。
邏卒の一人が俺を押さえつけ、警棒を構えている。
隣で涼にも同じようにしている。許せない。
「何をするんだ!」
俺は叫んだ。
「君たちが逃げるからだ」
「逃げてなんかいない。関係ないから話を聞くのをやめただけだ」
「いや、関係ないかは私たちが判断する。今のところ重要参考人のようだ。申し訳ないがこのまま、署に来てもらおう」
たぶん連れていかれたら最後だ。
いわゆる絶体絶命。
どう切り抜けられるというのだろうか。
涼に視線を送る。
不安そうな顔をしている。
周りを見ると、いつの間にか野次馬が集まっている。
まるで見世物だ。
さて、どうしたらいいものか……。
「こ、こんなところにいたのか、二人とも。探したぞ」
諦めそうになったとき、どこかで聞いたことのある声が聞こえた。




