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86 幼女とネコのディナータイム




 夜闇に浮かび上がるグラスポートの街明かり。

 ほほをなでる晩春のあたたかな風。

 そして何よりミアの料理の数々。


「はふぅ、思ったとおり最高じゃ……」


 最高の景色で食べる最高の料理。

 最高に最高を重ねて超最高なのじゃ……。


「むむ、ミアも新発見なのだ……! 風景というものが料理のスパイスになりうるとは……!」


「至高。あむあむ、うまし。むぐむぐ……」


 パイ生地でチーズと野菜、肉を包んだ料理を口に運び、いっぱいにほおばるエルコルディホ。

 ワシも同じように食ってみるが、むぅ、うまうま……!

 見慣れぬ料理、おそらく新たに編み出した新メニューなのじゃろう。


「もむもむ、ミアよ、ほれはなんほいうりょぉりなのじゃ?」


「ミア様ロールなのだ!」


 あ、頭の悪そうな名前じゃの……。


「ふっふん、自ら編み出した料理に自らの名をつける、これが料理人の特権……!」


「こっちは?」


 おそらくアウロラドレイクの肉じゃろうか。

 ミンチ状にして様々な具材とともに混ぜ合わせ、焼き上げたかしたのかの。

 味付けも濃く、これもまたうまし、なのじゃ。


「ミア様ーヌなのだ! パンに乗せるとさらにうまいぞ!」


「な、なるほどのぅ……」


 いちいち自己主張の激しいシェフじゃな……。

 食堂のメニュー名にはアイナの監修が入っとると、以前新メニューの開発につき合っているときにグチをこぼしておったが、なるほど納得なのじゃ。

 これでは客が困惑する、確実に。


 見慣れぬ料理があっても、名は聞かぬようにしようか。

 いつも食っておる見慣れた料理も山とあるでな。


「……しかしグラスポート。ようにぎわっておるの」


 浮遊城は今、グラスポート山の中腹に着地しておるのじゃが、街灯に照らされた道を歩く人々が、ここからでもよく見える。

 夜間に安心して出歩けるなど、治安がいい証拠じゃのう。


「私たちが、守った街……」


「うむ、それを思えば感慨かんがいもひとしおじゃて……」


「なのだ! ……本音を言うと、ミア様もホントはもっと活躍したかったのだが……!」


「あなたは活躍した」


「のだ?」


「あなたが落下していくネリィ・ブランケットを発見しなければ、彼女を温泉に入れなければ、邪竜を倒すことはできなかった」


「そうじゃぞ、おぬしがネリィを復活させてなかったら、今ごろワシもガルデラも生きておらんわ」


「お、おぉ……! ミア、大活躍してたのか……!」


 目を輝かせるミアに、なぜかのう、思わず笑みがこぼれる。


「さぁ、まだまだ料理はあるでな、冷めないうちに平らげようぞ」


「うむ! 料理は熱いうちに喰え、なのだ!」



 〇〇〇



 浮遊城のキッチンで洗い物をすませ、ミアはやることがなくなったのだ。

 さて、どうするべきか。

 宿に戻り、明日の仕込みのために早めに床につくが吉か……!


「むむ、しかし……」


 この浮遊城の中が気になるのも、また事実。

 ミアの知らないはるか昔の料理の情報、調理技術の資料が眠っているかもしれぬ……!


 プロムとエルコには、後片付けが終わったらすぐ戻るように言われているが……。

 ミアの探求心がどうしようもなくくすぐられるのだ……!


「ちょっとだけ、隠密行動でいくのだ……!」


 ひさびさにネコ形態へ……、変身!


 カッ……!


 変わる時に光るから、ちょっとまぶしいのだ。


「ミア、食器洗いはおわったか? まだなら手伝うのじゃ――おや?」


「にゃっ!?」


「おらぬの……。あやつもう帰ったのか? ……そしてなぜネコがいるのか」


「みゃ……」


 まずいのだ、プロムが来たのだ!

 このままでは隠密行動さっそくバレてしまうのだ!


「転送装置が誤作動でも起こしたかの。のう、お前、どこから来たのじゃ? 野良か、飼い猫か?」


「な、ナぁ……」


「……ふむ、なかなかにいのう。ほれ、こっちにくるのじゃ」


「にゃっ」


 抱き上げられてしまったのだ。

 これでは当初の目的を果たせぬまま。

 しかし暴れてプロムにケガを負わせる可能性を考慮すると、むむむ……!


「しかしおぬし、どこかミアのヤツに似とるの」


「!?」


 ま、まずいのだ、バレそうなのだ……!


「ほれ、目元の雰囲気や黒い毛並みなぞそっくりじゃ」


 バ、バレてないのだ……?

 セーフなのだ……!


「ま、あやつはこのように大人しく抱かれてはおらぬがの。もっと落ち着きがなく、自由気ままでアンポンタンじゃ」


「なぅ……」


 バレてはいないが、複雑な気分である……。

 ミア、そのように思われていたのか……。


「だが、その明るさに救われることもある。ミアとともにおると楽しくてな。長年一人であの空間にいた故、孤独には慣れておるはずなのじゃが、近頃どうにも寂しさを感じてしまう。ついつい宿に来てしまうのも、あながち温泉や料理だけが理由ではないのかもな」


「……」


 むむ……、落としたと思いきや今度は上げてくるとな?

 し、しかしなんなのだ、このむずがゆい気持ちは……!


「と、このようなことをネコに話しても詮無きことじゃな。しかしお利口じゃの、お前。身じろぎ一つせぬとは、人馴れしておるのか?」


 ぬおぉぉぉぉ、何をするのだ!

 やめろ、首筋に顔をうずめるな、思いっきり吸うなぁ!

 ネコを吸引するのはやめるのだぁ……!


「ーーーーっふはぁ、いいのぉ、ネコ吸いいいのぉ……」


 解放されたと思いきや、今度はむかい合う形に。

 両脇を手で支えられて、ぶらんと垂れ下がる下半身。

 逃げ場のない状況の中でじっと目を見つめられ、思わず視線を逸らしてしまう。


「む、やはり動物とは目を覗かれることを嫌うものか。しかしいのう、愛いのう……」


「なぅ……」


 いつまでこうしていればいいのだ……。

 ミアはいつ、自由の身になれるのだ……。


「愛らしすぎて、ちゅーしたくなったのじゃ……。なぁ、いいじゃろ?」


「にゃっ!?」


 いや、よくないのだ!

 ちっともこれっぽっちもよくないのだ!

 や、やめろ、顔を近づけるな、こ、このままでは……!


「にゃ、にゃーーーーーーー!!!」


 カッ!


 こうなっては、背に腹は代えられぬ。

 ネコ化を解除し、正体を明かして待ってもらえば――。


「わっ、むっ!?」


「……む?」


「んむ……??」


 ……遅かった、のだ。

 元の姿にもどった瞬間、しっかりキスしてしまったのだ。



 そのあとしばらくの間、ミアとプロムは少しだけ気まずくなってしまった。

 しかし、よくわからぬが、嫌だったわけではない、のである。

 またプロムのところにネコの姿で行ってみようか、などと考えてしまうのは、どうしたことなのか……。




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[一言] ここにも百合がもう1組! 百合が満ち溢れてみんな幸せ……!
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