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68 退去要請




「ネリィさんがいると、グラスポートが滅ぶ……?」


「意味がわからないのだ! 詳しい説明を要求する!」


「待て! 邪竜イヴァラングってのはまさか、『破滅をもたらす竜』の名か!?」


 銀髪幼女の衝撃的な発言に、ミーティングルームは一気に色めきだす。

 私だって聞きたいことは山ほどあるけど……。


「みんな、ちょっと落ち着いて。エルコ、これから説明してくれるんだよね? ……あ、エルコルディホじゃ長いから、縮めてエルコね」


「肯定。退去の目的を果たすため、必要と思われる情報を開示する」


 プロムとちがって、名前を縮められても怒らないんだな。


「邪竜イヴァラング。先史文明末期、突如として現れた竜。製造元、型式番号不明。秩序を保たんとする神竜レガトゥースとの長きにわたる世界全域での戦闘にて文明は崩壊。以来、破滅をもたらす竜として伝承が語り継がれる」


「なんと……。文明崩壊はやはり邪竜が原因じゃったか……」


「続いて、イヴァラングの性質を開示。の竜は一定以上の規模の都市が一定以上の力を持った場合、大規模な破壊活動を行う」


「だから旧王都は……」


 サウザント王国の首都だったあそこは、なんらかの『とてつもないもの』の完成披露を目前にして、破滅の竜の襲撃を受けた。

 襲ってきたのは偶然じゃなくて、持ってはいけない力を持ってしまったからだったんだ。


「現在、グラスポートは二つの条件を満たしつつある。劇的な人口増加と、『純魔』の力を宿す最強の人間、ネリィ・ブランケット」


「なるほどね、ようやく意味がわかったよ。私がいたらグラスポートが滅びるってことの意味が」


 温泉の効果で冷え性改善した私の力は、かつて王国が作った『何か』と同等か、あるいはそれ以上。

 ただし今まではグラスポートが小さすぎて、竜の襲撃条件の片方しか満たしてなかった。

 ところが近ごろの急激な発展で、もう一つの条件が満たされてしまった。


 しばらくの沈黙の後、


「……いいじゃないか、上等だよ。なぁネリィ!」


 口火を切ったのはガルダ。

 勇ましい、というよりは自分を奮い立たせるような感じの声だ。


「ずっと探してた獲物が向こうから来てくださるってんだ。アタシとネリィが組めば負けるはずないってね。返り討ちにしてやろうじゃないか!」


「……待って、まだ聞きたいことがある。エルコ、私は邪竜に勝てる?」


 私の力で倒せる相手なのかどうかを確かめたい。

 結論を出すのはそれからだ。

 ただ、エルコがわざわざ来たってことは……。


「ネリィ・ブランケットの実力は未知数、故にシミュレーション困難。ただし、邪竜の戦闘能力をかんがみる限り勝利の可能性は五分と五分」


「……五分五分、ね」


 ゼロではない、と。

 だったら希望は――。


「ただし、戦闘の過程においてグラスポート地方が壊滅する可能性は100%と断言」


「……っ! ……断言、できるの?」


「断言。邪竜のブレスは一息で周囲数キロの通常生物を即死させることが可能。グラスポートに飛来した場合、住民の全滅は確実。たとえ時間を停止しても、防ぎきることは不可能」


「……そっか、そこまでのヤツなんだ」


 私一人なら、勝てる可能性はゼロじゃない。

 でも、みんなを――街を守り切れなかったら意味がない。


「故にネリィ・ブランケットに改めて通告する。ただちにこの街より退去を」


 街を出ていく、それが街のみんなのため……。

 だったら、だったら私は……。


「……ごめん、アイナ。私タマゴ貰い忘れてたからさ、ちょっとルミさんの牧場行ってくる」


「あ、ネリィ……!」



 〇〇〇



 話の途中で、ネリィが部屋を飛び出していっちゃった。

 無理もないよね、あんな話を聞かされたんだもん。

 あたしだって、どうしたらいいかわかんないよ……。


「……相も変わらず無機質なヤツじゃのう、エルコルディホ」


「事実を述べたまで」


「第一、どういう風の吹き回しじゃ? お主が生きておったことも驚きじゃが、わざわざ忠告にやってくるなど」


「そ、そうだよぉ! ボクスルートに竜が来たときは、警告とかしなかったんだよねっ!?」


 だって、その時の王様はとってもいい人だったって聞いたもん。

 この子がこんな風に来てくれたら、きっと『何か』を作るのをやめさせてたはずだよ。


「私は先史文明の生んだ情報観測装置。故に新文明では傍観、不干渉をつらぬいていた」


「ま、そんな感じじゃろうな。ボクスルートも見殺しにしたのじゃろ」


「否定はしない。『純魔』の力を用いた兵器の開発。ボクスルートへの邪竜襲来は予測できていた」


 純魔晶石を使った兵器……。

 そんなものを作ってたんだ……。

 けど、おじいちゃんは平和のために作ってたものだったって言ってた。

 きっと正しい目的のためだったんだよね?


「予測通り、竜は来た。その後に起きた事象も予測通り。……予測通り、だった」


 無表情で淡々と話してたエルコちゃんの表情が、わずかにゆらぐ。


「しかし、邪竜に蹂躙される王都の光景は、私の回路にかつて見た滅びの光景を想起させた。抗い難い不快感が私の回路をめぐった。故に、三度みたびあの光景を見ることは避けたい」


「……ほう、ほうほうほう? なーんじゃ、お主にも感情があるではないか」


「プロムさん、からかうのダメです」


 サクヤちゃんにたしなめられるプロムちゃん。

 ちなみにミアちゃんは、さっきから目を点にして黙ってる。

 たぶん、ついて来れてないんだと思う……。


「以来私は不干渉をやめ、観測施設たる浮遊城エピプレーオンから世界の監視を続けていた。邪竜襲来の危険がある場所を訪れ、忠告を届けるために」


「……ははぁ、わかったぞ。お主、ワシのダンジョンをハッキングした犯人じゃな?」


「……にゃ? なんと、それは本当なのだ!? コイツ悪いヤツなのか!?」


「ミアちゃん、もうちょっとだけ話聞いてよう?」


 あの件、根に持っちゃうのわかるけどね。


「バグが発生したのは、ネリィが訪れたタイミング。大方、あやつの力を試すためにベヒモスをネリィへけしかけた、というとこかの」


「肯定。魔力の安定したネリィ・ブランケットが、邪竜を誘引するに足る力か否か確かめるために」


 あ、そういえばあのベヒモス。

 ネリィが来たとたんに、タイミングを見計らったみたいに襲ってきてたよね。

 この子が仕組んだことだったんだ……。


「だったら用が済んだあと元に戻しておけ! まったく、そのせいでいらん苦労をするハメに……」


 やれやれ、って感じで頭をふるプロムちゃん。

 いろいろと衝撃的な事実が明らかになっちゃったけど、ネリィ大丈夫かな……。

 まさか、このままいなくなっちゃったりしないよね……?




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