34 寒風荒ぶ頂で
『キュケアアァァァァァァァッ!!』
手痛い一撃を受けたアウロラドレイクは、悲鳴をあげながらもがき暴れまわる。
幻影は消えたが、なにせ相手がデカすぎる。
トドメにはまだ一押し足りなかったか……!
「ならもう一発――」
「「「ひゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」」」
ブンっ!
竜がひときわ大きく首をふった拍子に、サクヤたちが体勢を崩す。
拘束を外されるか、と思いきや。
「こんのぉ、大人しくしなさい!」
もう一度ピンと張るロープ。
サクヤと分身たちが、全員で力いっぱい踏ん張って立て直したんだ。
スピードだけだったあの子がここまでのパワーを身につけるなんて、二年間の修行は伊達じゃなかったんだな。
「今です、お姉さま! コイツにトドメを!」
「任せとけ、あとは決める!」
脳天に刃を突き立ててトドメを刺すため、まっすぐに突進。
ドスッ!!
『竜の牙』の刀身が、ヤツの頭がい骨を深々とつらぬいた。
『キュエアアアァァァァァァァァァァッ!!!』
アウロラドレイクの断末魔の叫びが、夜の山中に響きわたる。
刃を引き抜くと、その巨体は山間の闇に落ちていった。
「ふぅ、一丁上がりっと」
「やりましたね、お姉さま! さすがです、かっこよかったですよっ!」
「サクヤのおかげさ。アタシ一人じゃ、もうちょっと手こずってただろうね」
「えへへ、お姉さまにほめられるだなんて。二年間しっかり修行してきた甲斐がありま」
ズドオオオォォォォォォッ!!
その時、極太の魔力光が、十人いたサクヤたちを残らず飲み込んだ。
「……は?」
爆心地となった場所に、サクヤの姿は影も形もない。
敵はもう仕留めたはずなのに、どうして魔力砲が……。
『キキョエエエェェェェェェェッ!!!』
響きわたる甲高い咆哮。
見上げれば、翼をきらめかせながら降下してくるアウロラドレイクの姿。
今の攻撃、もう一匹いたアウロラドレイクがはるか成層圏から狙い撃ったのか……?
敵はもう一匹いた……、でもアウロラドレイクが群れるだなんて話、聞いたことがない。
まさか、繁殖期になるとつがいを作る未発見の生態があったのか……?
だとしたら、アタシのせいだ。
アタシの油断で、判断ミスで、サクヤが……、サクヤが……っ!
「あああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
……そこから先のことは、よく覚えていない。
気がついた時には、アウロラドレイクの脳天に『竜の牙』が突き刺さっていて、その巨体が山の合間へと落ちていった。
『竜の牙』に、その力を吸い取られながら。
けれど、今のアタシに過去最高の獲物を狩った達成感はどこにもない。
「サクヤ……っ! どこだ、サクヤ……っ!!」
深くえぐれた地面に降り立って、あの子の姿を探す。
けれど、どこにも見当たらない。
骨の一欠片すら残さず、あの子は消えてしまった。
「そんな……、サクヤ……っ」
見誤った。
敵を見誤ったせいで、サクヤを死なせてしまった。
足の力が抜けて、ひざからその場に崩れ落ちる。
胸の中に満ちる無力感。
やり場のない感情をどうしようもなくなって、思わず地面を強く殴りつける。
「クソ……、なにが『竜の牙』だ……。なにが……」
見通しが甘かった。
アタシの力じゃサクヤを守りきれなかった。
ネリィを頼っていれば、こんなことにならなかったのか……?
「サクヤ……、く……っ、うぅ……っ」
「せっかく倒せたのに喜ばないの? 『竜の牙』だって死骸に刺さったままだよ?」
「喜べるわけないだろ……。サクヤが……アタシの目の前で消し飛んで……。……ん?」
いや、ちょっと待て。
いったい誰と会話してんだ、アタシ。
この声はネリィ……?
顔をあげると、そこにはいるはずのない二人がいた。
どこにもキズがない無傷のサクヤと、寒い山頂で平然としてるネリィ。
「サクヤ? アンタ、生きて……」
「はい、なんとか生きてます」
「それにネリィ、どうしてアンタが……」
「ずいぶん探したよ。山頂でドンパチやり出したから、やっと見つけられた」
「ギリギリのところで、ネリィさんが時間を止めて助けてくれたみたいです」
ネリィが時間を……?
「アンタ、最後に温泉に入ったのは……」
「九時間くらい前かな。やっぱり心配になって日が沈んだころに宿を出たんだけど、二人がどこにいるかわかんなくってずっと探してた」
だったら、どうしてこんなに平然としていられるんだ?
とっくに温泉の効果、切れてていいはずなのに。
「不思議そうだね。実はさ、湯の花のカケラを持ってきてたんだ。戦いが始まったのを見て、急いで炎の魔石でお湯を沸かして足湯にしたの。温泉よりずっと効果時間短いけど、一応ポカポカだよ」
「そんな奥の手が……。いや、それはともかく……、よかった、サクヤが生きてて……」
ぎゅっ。
「っと、お、お姉さま……っ!!?」
「よかった……、本当によかった……」
赤く染まった頬、鎧越しにも伝わるほどの心音。
生きてる、この子は生きてるんだ……。
「え、と、その、い、生きてますよ~? あ、あうぅぅ……」
〇〇〇
森の木々をなぎ倒して重なるように横たわる、巨大な二体のアウロラドレイクの亡骸。
頭に突き刺さった『竜の牙』を引き抜くと、体に新たな力が宿るのを感じた。
「……コイツは、光をあやつる力か」
ためしに使ってみようか。
『竜の牙』を手に持って強く念じる。
すると、アタシのとなりに……。
「お、お、お姉さまが二人ッ!! あぁ、ここは天国ですかっ!!?」
「ただの幻影さ。サクヤの分身とはちがって、実体を持たないこけおどしだ」
ま、要は使いようだけどね。
「あとはミアのために、ドラゴンの死骸を持って帰ってお仕事完了だね。うぅ……、寒くなってきたし早く帰ろう……」
「そうですね、ところでお姉さま? この竜、宿より大きいですよね。しかも二匹も……。どうやって持ち帰るんですか?」
「簡単さ、コイツを持ち運べるようになればいいだけだ」
『竜の牙』を両手でかかげて、刀身からみなぎる赤い魔力を全身に行きわたらせる。
「巨竜転身!」
カッ!
剣に宿った竜の力が、私の体を巨大なドラゴンへと変えた。
アウロラドレイクと互角の体格、背負って運ぶには十分さね。
『さて、帰るとするかい』
「はい、お姉さまっ」
『すっかり体も冷えちまったからね。戻ったらいっしょに温泉に入ってあたたまらないかい?』
「そ、それは告白ですか!? プロポーズの言葉と受け取ってよろしいのですか!!?」
『ははっ。……さぁて、どうだろうね』
サクヤが死んだと思った時、猛烈な喪失感に襲われた。
生きていると知った時、心の底から安心した。
……この子の熱烈なアタック、真剣に考えてやってもいいかもね。
『ネリィ、アンタも早く乗りな。……ネリィ?』
「こ、効果切れた……。もうダメ、凍死するるるるるる……」
「ちょ、ネリィさん!? 死なないでください、命の恩人なんですからぁ!」




