第百四十六話 「もう少しだけ」
解呪師ハープにコルネットの容体を見てもらった後。
とりあえず状況を整理するために、僕たちはコルネットの部屋を後にした。
そして一階に下りて、まずは待っていた母さんに事情の説明をする。
コルネットの呪いが治せなかったことを。
治すためには、呪いをかけてきた魔人を倒して呪いを弱める必要があると。
母さんはその話を、残念そうでありながらどこか落ち着いた様子で聞いていた。
どうやら僕たちが暗い顔で二階から下りてきた時点で、良くない予想はしていたらしい。
母さんの表情を見て心苦しい気持ちで説明を終えた僕は、次いでこれからやろうとしていることを伝える。
「だから僕は、コルネットの呪いを治すために魔人を倒しに行ってくるよ。居場所の見当も大方ついてるからさ」
「魔人……。それって、前にこの村を襲った魔人のことよね? 本当に大丈夫なの?」
魔人がクラシカルの村に襲来した時のことは、母さんもよく覚えている。
だから魔人の強さを誰よりも鮮明に知っているし、自分の子供がまた同じ魔人の犠牲になる恐怖心はひとしおのはず。
不安げに眉を下げる母さんを安心させるように、僕は確かな頷きを返した。
「母さんに悲しい思いはさせないよ。それにこれしか方法がないみたいだし、危なくてもやるしかないんだ」
「……アルモニカ」
魔人を倒さない限り、コルネットの呪いは生涯消えることはない。
魔人の寿命は人間よりも遥かに長く、自然死を待つのも現実的ではないから、誰かが倒すしかないのだ。
そしてくだんの魔人は、『魔人集団カルテット』に所属している。
そこは魔人集団の掃討作戦の討伐対象となっているので、作戦に参加すれば自ずと魔人を倒せる機会は巡ってくるはず。
もしかしたら僕が出張らずとも誰かが倒してくれる可能性はあるけど、取り逃してしまった場合は行方が完全にわからなくなる危険がある。
何より掃討作戦は精鋭の冒険者たちが集められて入念に計画されたもので、他の猛者たちと協力してくだんの魔人を追えるのはまたとないチャンスだ。
もしかしたら最後で最大の好機かもしれない。
Sランク冒険者のフルート・フェルマータさんに勧誘もしてもらったし、作戦に貢献しつつ自分の目的を確実に果たしに行こう。
すると母さんを安心させるように、ヴィオラとミュゼットが続いてくれた。
「私たちもついて行きますからご安心ください」
「同じパーティーの仲間ですものね。何より妹さんのあの姿を見せられたら黙ってはいられませんから」
「……アルモニカのこと、よろしくお願い」
母さんはふたりに対して深く頭を下げた。
まだふたりにはお願いしていないというのに、すでに協力してくれる気満々の様子。
順番が逆になってしまったが、僕は遅ればせながらヴィオラとミュゼットに頭を下げた。
「僕からも改めてお願いするよ。ふたりとも、力を貸してほしい」
「はい、任せてください」
「わたくしなんてまだパーティーらしいことをひとつもしていないので、ちょうどいい晴れ舞台ですわ」
そういえばそうだったね。
ミュゼットとはパーティーを組んだばかりで、共に冒険者らしいことはまだしていないからくだんの掃討作戦が初の共同活動となる。
けれどすでにミュゼットの実力を知っている僕は、頼もしい気持ちで彼女に笑みを返した。
ただ、今回の作戦参加については完全に僕の個人的な目的のためなので、ふたりには迷惑をかける形になる。
甘えっぱなしになってしまわないように、無事に作戦が終わったらきちんとお礼をすることを忘れないようにしないと。
人知れずそのことを考えていると、不意に傍らでハープが口を開いた。
「ごめん、私が強い呪いも治せたら、よかったんだけど」
「ハープのせいじゃないよ。そもそもハープがいなきゃ、魔人を倒したところで解呪そのものができないわけだし、君の力をすごく頼りにしてるよ。だからもし僕たちが魔人を倒すことができたら、すぐにコルネットのことを治してやって」
「うん、それは任せて」
申し訳なさそうに目を伏せていたハープは、今度は芯の入った声で返事をしてきた。
とりあえずこれで、今後の方針は固まった。
コルネットに呪いをかけた魔人の討伐。そのための掃討作戦への参加。
やることが明確になったのなら、あとは行動あるのみ。
まずはハープを自宅に送り届けることにする。
解呪は改めて魔人を討伐した後にやってもらうことにして、彼女を元いたソルディーナの森に【ファストトラベル】で帰してあげた。
そして家に戻ってくると、ヴィオラとミュゼットと合流を果たしてまた【ファストトラベル】で飛ぶことにする。
目的地はドーム大陸。
まだ実家でゆっくりと過ごしていたかったけれど、早めに作戦の概要なども知っておきたいので早々に向かうことにした。
「慌ただしくてごめん母さん。もう少しだけ、コルネットと一緒にここで待ってて」
「無理だけはしないでね、アルモニカ」
僕は首を縦に振り、次いで【メニュー画面】を開く。
そして【マップ】メニューでドーム大陸を探しながら、あることを思い出して母さんに告げた。
「あっ、あとできればなんだけど、コルネットには解呪のことを黙っておいてあげてほしいんだ。治せないかもしれないって知って一番落ち込むのはコルネットのはずだから。気持ちに負担をかけるのも体に悪いだろうし」
「わかったわ。お母さんがなんとか上手く誤魔化しておくから」
母さんがそうしてくれている期間に、なんとしても魔人を倒して呪いを弱めてあげないと。
そう決意すると同時に、【マップ】メニューでドーム大陸を見つけて、【ファストトラベル】の準備を始める。
「じゃあ行くよ、ふたりとも」
「はい」
「いつでも構いませんわよ」
目指すは、掃討作戦の準備が進められているという『セレナーデ』の町。
目的の町をマップ上で見つけて長押しすると、画面が切り替わって問いかけが表示された。
【セレナーデの町に移動しますか?】
【Yes】【No】
ようやくゴールかと思ったけど、そのゴールが少し遠のいて正直気持ちが重たくなっている。
それでも道が完全に途絶えたわけではない。
再びコルネットの元気な姿をこの目で見るために、僕は【Yes】の文字を力強く押した。
(コルネット、もう少しだけ待っててくれ)
母さんが手を振って見送ってくれる光景を最後に、僕の短い帰省は終わりを告げたのだった。




