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第百四十四話 「結果」

「呪いが体に残る……。それで目や体温に異常があるのか」


 ハープの体の不調は、解呪の力を行使した際の影響。

 まさか呪いを食べて消化する方法だったとは思わなかったな。

 消化しきれなかった呪いは体に残留するようになっていて、盲目と低体温はそれが原因らしい。

 その話を聞いて痛ましい思いで全員が目を伏せていると、ハープだけはなんでもないように続けた。


「目もぼんやり見えてるし、寒いのももう苦しくないよ。呪いのせいで、感覚も鈍くなってるから。でも、体が小さいのは、ちょっと不便だけど」


「えっ? その見た目も、呪いのせいってこと?」


 ハープはごくんと食べ物を飲み込むと同時に、首を縦に振って肯定を示した。

 続けて衝撃の事実を突きつけてくる。


「私、もう三十歳だよ」


「「「えっ⁉」」」


「あらっ、私との方が近いのね」


 三十……?

 この七、八歳くらいにしか見えない少女が?

 見た目通りの年齢ではないと思っていたけど、まさか母さんとの方が年齢が近いだなんて。

 呪いの影響でこんなことにもなるんだな。

 見た目だけじゃなくて喋り方も幼児退行している気がするけど。


「も、もしかして、“さん”付けした方がいい……?」


「もういいよ、別に。それも慣れてるから」


 ずっとハープと呼び捨てにしていて、年上に失礼をはたらいていたことに冷や汗を滲ませる。

 しかし特に気に留める様子もなく許してくれて、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 続けて改めてハープの姿を見て思い知る。


「解呪の力……。とても便利な力だと思っていたけど、まさかそんなリスクを孕んでいたなんて」


 今一度魔族の呪いの恐ろしさを痛感させられる。

 やっぱり一朝一夕で治せるものではないようだ。

 そう思っていると、ヴィオラがおずおずと手を挙げてハープに尋ねた。


「あのぉ、解呪の仕方は『呪いを食べる』と仰っていましたけど、具体的にどのように食べるんですか?」


「呪いを受けた人に、手で触れて、私が呪いを取り込む。食べ物みたいに、もぐもぐ食べるわけじゃないよ」


「あっ、そんな感じなんですね」


 これは僕も気になっていたことなので得心したように頷く。

 実体のないものをこうやってご馳走を頬張るみたいにむしゃむしゃ食べるわけじゃないのか。

 あくまで『食べて消化する』と言ったのは、ハープなりの表現らしい。


「あの、わたくしからもひとつ質問よろしいですの?」


「いいよ」


 続いてミュゼットが手を挙げると、かなり触れづらい話題をハープに投げかけた。


「文句、というわけではないのですが、なぜ解呪費用が5000万なのでしょうか? あなたはあまりお金に頓着もしなさそうで、ますます不思議に思ってしまいまして」


 それもまた僕が気になっていたことでもあるので、前のめりになって耳を傾ける。

 ハープがごてごてと装飾品で身を固めていたり、豪邸に住んでいるなら5000万も納得だが、彼女はそこまで欲深い人間には見えない。

 母さんの手料理も美味しそうに食べているし、舌が特別に肥えているとも思えなかった。

 するとハープはその金額設定について、彼女らしい理由を語ってくれた。


「死んじゃったお父さんとお母さんの、言いつけだから」


「言いつけ……?」


「安い金額で、解呪の依頼を引き受けたら、色んな人がお願いに来る。そうなると、強い呪いを食べる機会も増えて、私の体はきっとボロボロになってくからって」


 言われて気が付く。

 呪いを食べて消化して、しきれなかった分はハープの体に残ってしまう。

 当然、解呪をたくさん行えば、それだけ体に呪いが残留する可能性も高まってしまう。

 だからむやみやたらに解呪の依頼を引き受けないようにするために、あらかじめ高めの依頼金額を設定しておいたみたいだ。

 そして5000万もの大金となると、話題性も充分。手を施さずとも噂は自ずと広がっていく。

 そうして依頼人を足切りすることで、ハープは自分の身を守っていたらしい。

 いや、正確には“ご両親”が、か。


「金額の線引きは、私を守るためのものだって。お父さんとお母さんが」


「……そういう、ことでしたの」


 娘思いで優しい理由を聞いて、ミュゼットはこの問いかけをしてしまったことを申し訳なく思って俯く。

 一方で僕は少し複雑な気持ちを抱いた。

 解呪師がまさかリスクを背負って解呪を行っていたなんて知らなかった。

 改めてそのことを知って、コルネットの解呪を頼むのを躊躇ってしまう。

 という気持ちが表情にあらわれていたのか、ハープがこちらを見て言った。


「モニカはちゃんと、お金貯めてきたんでしょ。遠慮はしなくていいよ。それだけ本気ってことも、伝わってきたから」


「……妹のこと、よろしく頼むよ。ハープ」


 彼女は躊躇う様子なく、確かな頷きを返してくれた。

 次いでハープは不意に席を立ち、軽く背中を伸ばして続ける。


「じゃあ、もうやっちゃおう。美味しいご飯も食べて、元気出たから」


「そ、そう? それじゃあ、お金の確認をしてもらってから、妹の解呪をお願いしようかな」


 そう言って僕は【アイテム】メニューから5000万ノイズを引き出す。

 袋に大量に詰められた金貨を一緒に確認してもらい、きちんと5000万があることをハープに見てもらった。

 とても懐には収めきれない金額なので、後で僕がハープの自宅に直接運ぶ約束をする。

 いつもは5000万をどうやって回収しているのだろうかと疑問に思うが、聞くより先にハープが『妹どこ?』と問いかけてきた。

 善は急げということで、僕はハープを連れてコルネットの部屋へ向かうことにする。


 解呪の様子を見てみたいということでヴィオラとミュゼットもついて来ることになり、四人で二階へ上がる。

 そして一番奥の部屋へ入ると、まず最初に穏やかな寝息が聞こえてきた。

 どうやらコルネットは眠っているらしい。

 先ほど僕たちと話して疲れてしまったからだろう。

 無理に起こす必要はないかなと思って、このまま解呪をしてほしいとハープに頼むと、彼女は小さく頷いてコルネットに歩み寄った。

 そして布団から覗いていたコルネットの骨張った左手を取り、僕の方を見る。


「それじゃあ、やるよ」


「……頼んだよ、ハープ」


 ハープはおもむろに目を閉じて、握ったコルネットの手に意識を集中し始める。

 その後ろ姿を見つめながら、僕は緊張の汗を握ると共に、感慨深い気持ちに浸った。

 ――いよいよだ。

 いよいよ、僕が冒険者を志した目的が達成される。


 六年前に突如としてクラシカルの村に魔人が現れて、その異質な力に当てられてコルネットは呪われてしまった。

 そんな妹を呪いから解放するべく、莫大な治療費を稼ごうと決意して僕は冒険者の道に進んだ。

 一度は幼馴染で組んだパーティーから追い出されて目標を諦めかけたが、コルネットがまた元気に外を駆け回る姿を見たくて自分を奮起させた。

 結果として、【メニュー画面】の真価を発揮し、仲間にも恵まれ、僕は無事に目標の金額を稼ぐことができた。

 これで、コルネットは救われる。

 達成感や嬉しさに満たされて、人知れず深い笑みを浮かべていると、やがてハープがコルネットの手をゆっくりと放した。


「コルネットの解呪、終わったの?」


 その様子を見た僕は、ハープに前のめりに問いかける。

 すると彼女は、おもむろにこちらを振り向くと……


 か細い声で、残酷な現実を告げてきた。


「ごめん、無理だった」


「えっ……」


「この子にかけられた呪い、ものすごく強くて大きい。私が呪いを食べようとしても、たぶん半分も食べきれなくて、私が死んじゃう」

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